三國屋物語 第42話
なぜ藤木が現れた翌日、しかも夜間の稽古に篠塚を誘ったのか。土方たちにとって篠塚が三國屋にいては都合が悪かったのだ。
騒動になれば事件の真相が明るみにでる危険性がある。秘密裏(ひみつり)に生き証人を葬ることが大前提である以上、まず成すべきことは三國屋に押しいり情報の有無を確かめることだ。だが篠塚と斬りあって隊士の遺体を残すことは許されない。新撰組にとり篠塚はどうしても避けたい鬼門なのだ。闇稽古を見た直後だからこそわかる。
連中は手段をえらばない……。
夜鷹が嘲笑(あざわら)うかのように鳴いている。
篠塚は土埃(つちぼこり)をあげながら暗い路地を駆けつづけた。
瞬は縁側に端居(はしい)して月を眺めていた。朧月(おぼろづき)が天高くあった。今頃、篠塚は稽古に汗を流しているのだろうか。
風の強い夜だった。ながく尾をひく隙間(すきま)風が物の怪(け)の咆哮(ほうこう)にきこえる。瞬は肩にかけた羽織のまえをたぐりよせると身震いをひとつした。
その時、店(たな)のほうで物音がした。やがて小さな悲鳴があがり静寂がもどってきた。瞬はすばやく部屋にもどると寝間の床の間にある短刀を両手で握りしめた。
母屋のほうから足音が響いてきた。襖(ふすま)をひとつひとつ開けているようだ。なにかを探しているのだろうか。誠衛門に知らせなければならない。廊下側の障子をすかし外の様子をうかがう。すると、数人の男たちが大股に向かってくるのが見えた。おしこみに違いない。よりによって篠塚がいない時にと自身の不運を嘆く。
誰かが外から障子を引いてきた。あっとなり短刀の鞘(さや)を払う。一人が抜刀して刀の切っ先を喉元にむけてきた。短刀と大刀では勝負にならない。瞬は震える手で短刀を投げだした。
行灯(あんどん)の灯りがけされ薄暗闇の中から手がのびてきた。そのまま肩をつかまれ柱を背に座らされる。瞬は心を落ち着かせながら目を凝らした。
男は三人。袴(はかま)の股立(ももだ)ちをとり黒い頭巾(ずきん)をかぶっていた。
「店の者を傷つけないで下さいませ」
最初に口をついてでた言葉がこれだった。自分でも驚いてしまう。自身の命乞(いのちご)いなら恐怖に声さえ出なかっただろう。だが幼い丁稚(でっち)や女中たちのことを考えると口にせずにはいられなかった。
「なら答えろ」
「なにを答えれば良ろしいのでございましょう」
「昨夜、浪人が屋敷に忍び込んできたはずだ」
「浪人……」
藤木のことに違いない。とすると、この男たちは新選組なのか。
それぞれの顔をあらためて見直す。少し離れて立っている男と一瞬目があった。顔のつくりは頭巾と闇に隠れ判断できない。だが醸しだす雰囲気と姿形に見覚えがあった。
土方さま……。
「どうなんだ」
「なにも存じません」
「隠すと為にならぬぞ」
「本当でございます。もし奉公人の誰かがその浪人を見たというのであれば、必ずわたくしの耳に入ってくるはずでございます。しかし、そのような話は、とんときいておりません。なにかのお間違えではございませんか」
土方とおぼしき男が無言で顎(あご)をしゃくる。一人が瞬の手首を乱暴につかみ畳に押しつけた。なにをする気なのだろうと見ていると、刀の切っ先を小指の脇にいきおいよく突きたてた。瞬の口から短い悲鳴がこぼれでた。
「指がなければ商売もできまい」
全身に汗がふきだした。まさか指を切り落とそうというのか。
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