三國屋物語 第43話
「もう一度きく。浪人をどこにかくまった」
「かくまうなど。滅相(めっそう)もございません」
藤木が新選組の秘密を握っている以上、認めたら最後、命を奪われるのが関の山だ。瞬だけならまだしも関係のない奉公人たちまで巻き込んでしまう。ここは白を切り通すしかなかった。
刀の刃が指に向けられた。夢中で足を投げだし男の脛(すね)を蹴(け)りあげる。しりもちついた男がすばやく起きあがってきて嫌というほど頬をなぐられた。口の中に血の味がひろがり頭の中が白くなる。すると、三人の男たちがすばやく障子の左右にわかれた。
突然、ひとりの男が低くうめき腕をおさえた。したたりおちる血が畳を赤く染めていく。
男がその場に、崩れるように、しゃがみこんだ。すばやく引かれた障子のむこうに視線を投げる。篠塚が刀を構え立っていた。
篠塚さん……。
篠塚が滑り込むようにして男たちと瞬の間に割ってはいってきた。
「怪我はないか」
「はい」
土方が音もなく抜刀し、平晴眼(ひらせいがん)からの突きをくりだしてきた。篠塚が短い気合を発し初太刀、ニ太刀と左右に払う。そのまま両者とも、激しくぶつかった。
狭さが篠塚に幸いした。土方と篠塚が鍔迫(つばぜ)りとなり背後の男が手をだせないでいる。下手をすれば味方を傷つけてしまう恐れがあるからだ。やがて、土方と篠塚がおおきく飛び退き距離をとった。その隙をつき、脇にしゃがみこんでいた男が瞬めがけ刀を振りおろしてきた。
「瞬」
篠塚の叫び声と、刃のぶつかりあう音が同時にあがった。
目をかたくつぶったまま身を強張(こわば)らせる。だが、いつまでたっても何もおこらない。恐々として目をあける。土方の冷めた双眸が瞬を見下ろしていた。
どうして……。
剣を止めたのは土方だった。
にわかに外が騒がしくなった。庭の塀むこうに視線をうつす。提灯(ちょうちん)の灯りが店表へと列をなしていた。
ほどなくして名乗りをあげる声が屋敷中に響き渡った。
「御用あらためである。賊が入ったとの通報により、まかりこした。ただちに戸を開けられい」
店のほうから、おなじように黒い頭巾をかぶった男たちが二人、挙措(きょそ)を失った体(てい)で駆け込んできた。
土方が顎をしゃくる。
五人の男が一斉に奥へと走りだした。
ほどなくして足音も賑やかに男たちが姿をあらわした。その人数に圧倒されてしまう。廊下は土足の同心や下っ引に占領され、その中に、あろうことか沖田の姿があった。
沖田は道着の上に胴をつけ隊服を羽織っている。後ろに控えている男たちも同様だ。新選組は十名ほどだろうか。
畳の血痕(けっこん)に気づいたようだ。沖田が障子についた刀傷と血痕とを交互に見て、これは賊(ぞく)の流した血か、ときいてきた。
「さようでございます」
「賊は」
「むこうに」
瞬が指さす。
沖田が号令を発した。
「つづけ」
沖田が先鋒(せんぽう)切って駆けだす。隊士たちが後につづいた。
「茶番(ちゃばん)だ……」
背に誠と染め抜かれた隊服を一瞥し、篠塚が吐き捨てるようにつぶやいた。
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