活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -1019ページ目

scene9

「おまえ……」
 篠塚が何かいいかけたとき道着をつけた二十代後半の女性が姿を現した。女子大生トリオが通っている大学の合気道部顧問、滝川沙織(たきがわさおり)だ。沙織が女子大生トリオをちらと見て、つぎに篠塚を見る。女子大生トリオが揃って背筋をのばし「お願いします!」と頭をさげた。
 ちゃんと挨拶できるんだ……。
 瞬が妙なところで感心していると沙織が早足に近寄ってきた。篠塚が、「ご無沙汰」と声をかける。
 沙織は、「ほんとにね」と言うと、門弟を見渡し、「十分休憩!」と叫んだ。そのまま窓のほうへと歩いていく。篠塚が後につづいた。
「最近あの娘たちが、いやに本部通いに熱心だと思ったら原因はあなただったのね」
「俺は子供(ガキ)には好かれるんだ」
「帰って来ているのなら連絡ぐらいくれたらいいのに」
「今日あたり連絡しょうと思ってた」
「うそばっかり」
 篠塚が瞬をちらと見て苦笑する。沙織が始めて瞬に気づいたように興味ありげな視線をむけてきた。
「徳川くん、だったっけ?」
「はい」
「徳川?」
 篠塚が頓狂(とんきょう)な声をあげた。
「そうですけど」
「なんだ、その偉そうな名前は」
「僕がつけたわけじゃ、ありませんから」
「……下の名前は」
「瞬です」
「じゃあ、瞬だ」
「………」
 沙織が「相変わらずね」と、笑い声をあげた。
「あの子、似ていない? 小山くんに」
「そうか?」
「あれから会えた?」
「会う気はないさ」
「どっちが?」
「取り戻せないことだってある」
「単なる喧嘩(けんか)別れじゃないんでしょう? 隠したって駄目よ」
「……そろそろ忘れないか?」
「言いたくないってわけ。もう三年も経っているのよ。道場で何か問題があったのなら私だって師範として……」
「道場は関係ない。前もそう話したろう」
「……そう」
 窓から黄昏時(たそがれどき)の淡い光が射し込んでいた。瞬は盗み見るようにして篠塚の端整な横顔を見た。
 なんだろう。かなり込み入った話みたいだ……。
 篠塚の本当の顔をみた気がした。その時の篠塚は伏目(ふせめ)がちに視線を彷徨(さまよ)わせ、やりきれないと言ったようすで唇を噛んでいた。


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