scene15
「俺の家に行くか……。店よりは落ち着くだろう」
「僕は、どこでも」
「夕飯(ゆうめし)は食べたのか?」
「はい」
「そうか」
それから目的地に着くまで、終始無言で篠塚はハンドルを握っていた。瞬に気をつかっているのだろうか、いつもの明瞭な感情の起伏が見えてこなかった。
車は、渋谷から数分の閑静な住宅街に入っていった。この辺りは大使館や高級マンションが多い。篠塚の家は、西洋の古い建築様式を採用した美しい二階建ての家屋だった。手入れのいきとどいた庭には青い芝生が一面に敷かれ、二階のバルコニーには主の心遣いがうかがわれる小さな鉢植えがきれいに並べられてある。バルコニーに届きそうな中世風の外灯が夜の底を照らし出していた。漆喰壁(しっくいかべ)の白に、くすんだ赤い屋根瓦のコントラストが、古い絵画をみるようだった。
車を降りて玄関へとむかうと、玄関ホールの奥にある女神のブロンズ像にむかえられた。
「俺の部屋は二階なんだ」
「ご両親と住んでいるんですか?」
「ああ。以前はマンション住まいだったんだが、海外赴任が決まったときに荷物を、ここに移したんだ」
「こんな時間に、いいんですか?」
「もう寝ているだろう。合気の乱取りでもしない限り起きてはこないさ」
聞くと、瞬は肩を揺らせて笑った。
篠塚の部屋は青を貴重とした内装で統一されていた。ぽつりぽつりと置かれたベッドや重厚なデスクが、広い部屋を、よりいっそう広く見せている。気持ちを落ち着かせる静けさを醸し出してるのは、篠塚の人柄を映しているのだろうか。大きな窓をさえぎる濃紺のカーテンを背にした篠塚は、道場で見る篠塚とは別人に見えた。
「好きなところに座っていいぞ。何が飲みたい?」
「咽喉(のど)が乾いてしまって」
「わかった」
しばらくして、篠塚がミネラル・ウォーターとロック氷を手に戻ってきた。「酒はそこだ」と、キャビネットを指差す。ブランデーやバーボンなど、洋酒の銘柄がずらりと並んでいた。
「つまみも入っているだろう。勝手に飲んでいいぞ。シャワーを浴びたいのなら、そっちだ」
普段なら、シャワーを借りようなどとは考えないのだが、マケインに触れられたところが汚れているようで、ひどく不快だった。
「すみません、お借りします」