活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -1011ページ目

scene17

 翌朝、目を覚ますと、瞬は激しい頭痛に襲われた。
「痛っ……」といって頭を抱え込む。二日酔いだ。学生時代、一度だけ似たような経験がある。あの時も失恋による深酒が原因だった。
 頭を揺らさないようにして、そろりと上体をおこす。どうやら篠塚のベッドで寝ていたらしい。篠塚の姿はない。腕時計に目を遣り、瞬は目を丸くした。
「十一時?」
 いつの間に寝てしまったのだろう。センターテーブルにあった酒瓶やらグラスやらは綺麗に片付けられていた。昨夜飲んだ酒の銘柄すら憶えていない。おそろしく口当たりのいいブランデーだった。おそらく高級酒だろう。
 体から強いアルコール臭がただよってくる。顔だけでも洗おうと、瞬は重い足取りでバスルームへと向かった。
 バスルームのドアを開けると、ムスクの香りが流れだしてきた。正面の大理石のシンクにぽつりと置かれたガラスの小瓶が目にはいる。
 なんだろう、この感覚……。
 ドアのノブに手をかけたまま、茫洋とした記憶の断片をさがす。なにか大切なことを忘れているような気がした。昨夜のマケインとのこととは違う。もっと心を満たす何かだ。

 昨夜、夢をみたような気がした。どんな夢だったろうと考えながら、乱暴に顔を洗う。少し、頭痛が和らいだ気がした。
 バスルームから出てくると、香ばしい珈琲の香りが部屋を満たしていた。見ると、センターテーブルの上に篠塚がトレイを置くところだった。トレイから湯気がたちのぼっている。珈琲とトースト、彩りのよい野菜炒めもある。
「目が覚めたか?」
「はい」
 センターテーブルに並んだ朝食をのぞきこむ。すると、篠塚が何を思ったか近寄ってきて、瞬の首筋あたりに顔を寄せた。瞬が、ふらりとよろめく。
 篠塚が眉を寄せ、「おまえ、酒臭いぞ」と、言った。
「……はい」
「シャワー浴びてこい。その顔でアルコールの臭いプンプンさせて帰したら、俺が、おまえの親に悪く思われるだろうが」
 もっともな意見だった。瞬は、素直に従った。



 シャワーを浴びた後、遅い朝食をとって篠塚の部屋を出た。

 一階におりると、品のよい六十代後半に見える男が篠塚に声をかけてきた。

「めずらしいな、雅人(まさと)。おまえが友達をつれてくるなんて」

 どうやら篠塚の父親らしい。

 篠塚さん、雅人っていうんだ……。

 瞬は、篠塚の名前さえも知らなかったことに気がついた。道場で稽古をするだけなら「師範の篠塚」だけで、すべて事が足りるのだ。

 篠塚の父は、瞬に微笑みかけると、いくぶん抑えた声で篠塚に話しだした。

「例の件なんだが、来週早々、先方の海外事業部の人間も交えて会議をすることになった。おまえも出席してくれ」

「わかった」


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