scene19
篠塚と別れた後、瞬は自宅のドアを睨みつけ佳奈子への言いわけを考えていた。
すでに午後一時をまわっている。やはり朝のうちに連絡を入れておくべきだった。あのうるさい母親が、外泊した上この時間まで帰宅していないというのに、携帯電話に連絡すらよこさないというのは、どう考えてもおかしい。呆れているのであればいいが、怒り心頭に発して帰りを待っているとしたら厄介だ。
佳奈子は普段、明るく理解のある母親だが、いったん怒りだすと一週間は機嫌がなおらない。ようするに怖いのではなく、くどいのだ。一週間、顔を合わすたびに皮肉を言い愚痴をこぼし、無視していると最後には悲嘆にくれたように泣き崩れる。以前、無断で外泊したときなど三週間もの長期戦におよび、瞬はとうとう熱を出してしまった。
深呼吸をひとつして、ゆっくりと玄関のドアを開ける。瞬が上体を傾げてリビングのようすを覗きこもうとした時、佳奈子がひょっこりと顔をだした。瞬はドアにへばりつく格好で息を呑んだ。
「あら、瞬、お帰り」
「……ただいま」
「篠塚さん、一緒じゃないの?」
「え?」
「送ってくれたんでしょう?」
「なんで知ってるの?」
「朝七時頃だったかしら、電話があったのよ。昨日、飲ませすぎたみたいで申し訳ありませんって」
「篠塚さんが?」
「起きたら責任をもって、ご自宅まで送りとどけますから、お母様は心配なさらないでください……なんて言うのよ。育ちがいいって言うのかしらね、セレブって感じだったわ」
たしかにセレブには違いない。だが、佳奈子が言ったとおりのセリフを、あの篠塚がどんな声音をつかって言ったのか想像するのは難しい。
佳奈子がすすめる昼食を、やんわりと断り二階にあがる。自分の部屋に入るなり、瞬はベッドにごろりと仰むけになった。
篠塚さん、ずっとニューヨークに住むのかな……。
次は、いつ会えるかわからない。いや、次はないかも知れない。篠塚と出会って、まだ二週間だ。ニューヨークに帰るまでの一ヶ月間、毎日会ったところで一生のうちの一ヶ月など、どれほどの接点になるというのだ。篠塚にとって瞬の存在は、長期休暇の余韻にすぎない。ニューヨークに帰ったら、瞬との時間は、またたく間に過去へと追いやられてしまうだろう。
携帯電話が鳴った。瞬は気だるげに起き上がりながら携帯電話を開いた。同僚の佐々木からだった。
「聞いたか?」
「え?」
「キエネコーポレーション、うちの筆頭株主になったぜ」
「………」