活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -1007ページ目

scene21

 翌朝、目が覚めると、体の節々が痛かった。額に手を当ててみる。熱があった。どうやら風邪をひいたらしい。それとも疲れだろうか。この一週間、色々なことが立て続けに起こった。瞬自身はそれほど意識していないが、心の奥底では惑乱をきたしているのかもしれない。
 朝食をとったあと風邪薬を飲んだ。明日は朝から本社に出社するよう言われている。完治までいかなくとも、今日のうちに、ある程度回復しておかなければならなかった。
 やはり疲労の度合いは濃かったようだ。薬をのんだあとベッドに横になり、目が覚めた時には午後の四時をまわっていた。
 そろりと起きあがる。朝よりは熱がひいたように感じた。関節の痛みも和らいだようだ。ベランダにでて外を眺める。小雨が降っていたが涼しい風が熱(ほて)った身体に心地よかった。今頃、篠塚は稽古をしているのだろうか。道場まで歩いて十分の距離だった。
 顔がみたい……。
 素直にそう思う。否定する気にもなれなかった。自分はいったい篠塚に何を求めているのだろう。友情だろうか、それとも優しさだろうか。
 違う……。
 部屋に入ると、デスクの上の携帯電話に視線がいった。篠塚に電話を掛けてみようか。だが何を話せばいいのだ。瞬は自分と篠塚をつなぐものが武道以外に何もないのだと知った。篠塚と会っている時間は一日のうちのほんの数時間だ。それ以外の篠塚を瞬は知らない。
 気持ちがさだまらないまま携帯電話に手をのばす。着信履歴から篠塚の名をえらび通話ボタンをおした。幾度かのコールのあと、「瞬か?」と、聞きなれた声が響いてきた。
 胸が動悸(どうき)を打った。
「今、稽古中ですか?」
「いや、これから部屋を出るところだ。どうした?」
「あの……。母に連絡してくれたみたいで助かりました」
「ああ。俺は子供(ガキ)の面倒を見るのには慣れているんだ」
 こいつは……。
 瞬は一瞬目を細めたが、そのうち笑いがこみあげてきた。
 僕は、この人が好きだ……。
「電話してきたってことは、今日は稽古に出てくるんだろうな」
「熱、出しちゃって」
「大丈夫なのか」
「もう、ずいぶん下がったから」
「なら、いいが……」
「明日は稽古に出られますから」
「わかった。無理はするなよ」
 不通音が流れだした。瞬はしばらくのあいだ携帯電話を耳にあてたまま、形のない温もりの余韻に浸っていた。




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