活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -1006ページ目

scene22

 月曜日の朝、瞬は悪夢にうなされて目が覚めた。

 記憶にとどまった黄色い双眸が天井から睨んでいる。

 大きく息を吐きだし起きあがると、頬のあたりを汗が伝った。
「………」



 その日、本社に出社すると、同僚の佐々木が一階のロビーで、身なりのいい年配の男と立ち話をしていた。社員だろう、胸にポラソニックの社章が見える。
 佐々木は瞬に気づくと、男に、「じゃあね」と言って、大股に近づいてきた。
 じゃあね……?
「徳川、おはよう」
「おはよう」と返して、瞬は、佐々木と話していた相手の男に視線を投げた。すると、佐々木が、「人事部の佐々木課長殿」と言って、悪戯(いたずら)っぽい表情をつくってみせた。
「佐々木課長? それって……」
「おやじ」
「そうだったんだ」
 どうりで、新入社員である佐々木が情報通なわけである。
 佐々木は周囲を見渡し、「あるぜ、発表」と、囁(ささや)いた。
 ロビーには社員があふれていた。何らかの重要な発表があるだろうことは容易に想像できた。
「お父さん、なにか言ってた?」
「合併後、退職金一からスタートになるかもって戦々恐々としてる」
「じゃあ、もう……」
 佐々木は瞬を上目遣いにみると、抜からぬ顔で肯いた。



 発表の内容は、キエネコーポレーションとポラソニックが、吸収合併契約書の承認決議を今月末日付けで行うというものだった。合併は二段階にわけて行われ、まず、ポラソニックを完全子会社化し、その後、吸収合併となる。
 発表があった大会議室を出ると、佐々木が大きく伸びをして言った。
「なんかさ、一部上場企業どうしのM&Aって、もっとドラマチックなものかと思ってたんだけど、案外、淡々としてるよな」
「うん。でも、有名会社でも未上場企業はあるわけだし、東証一部上場だからって特別どうってことは無いのかも」
 佐々木が足を止め、まじまじと瞬の顔を見てきた。
「徳川ってさ、ほんと現実主義だよな」
「そんなことないよ」
「な、展望室行って珈琲のまない?」
「でもあそこ、重役しか利用できないんじゃなかった?」
 佐々木が吹き出した。
「展望室だぜ? あそこはおエライさんの溜まり場になってるから、平社員が近づかないだけだろ」
「だったら」
「かまうもんか。俺たちだって、あそこの珈琲をのむ権利があるんだ」



 展望室までくると、新宿の高層ビルが前面に広がった。緊張を強いられていた肩を落とす。珈琲の香りが好ましかった。フロアは人影がまばらで、典雅なバロック音楽が流れていた。
 珈琲を片手に新宿の街並みを見下ろす。どういうわけか、自分がここにいることが、ひどく場違いな気がした。まだ、学生気分が抜けきれていない。昨日、篠塚が、瞬をさして「ガキ」だと言っていたことを思い出した。
 たしかに、ガキかも知れないな……。
 佐々木が、「おい」と、声をかけてきた。振り向くと、佐々木が、「キエネ」と言って、顎をしゃくった。
 見ると、エレベーターに向かうのだろう、二十人ほどの集団がフロアーの脇を横切るところだった。五、六人ほどの先頭の集団に、ポラソニックの社長の顔が見える。他の顔ぶれを見て、瞬は目を見張った。
 するりと、瞬の手から紙カップがすべりおち、フロアの床に転がった。集団の幾人かが振り向く。その中に、瞬の見知った顔があった。
 篠塚さん……?
 篠塚は、瞬刻、無表情に瞬を一瞥(いちべつ)すると、歩調を変えることなく通りすぎていった。
「徳川、どうしたんだよ」
「………」



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