活字遊戯 ~BL/黄昏シリーズ~ -1004ページ目

scene24

 山手通りに入り、しばらくして車は一軒のファミリーレストランの駐車場に入っていった。一階が駐車スペースになっていて階段をのぼり店内に入る、よくあるタイプのレストランだった。篠塚が、「行くぞ」と言って車を降りた。瞬は足元においた鞄を手にすると、後に続いた。
 予約をしているなど佐々木を断る口実にすぎない。わかりきった事であるはずなのに、瞬は落胆の色を隠せないでいた。
 なにを期待していたんだ、僕は……。
 佐々木に対する篠塚の冷やかな反応をみて、心のどこかで優越感に浸っている自分がいた。いつからこんな人間になってしまったのだろう。篠塚にとって特別な存在でありたいと願う自身の欲求を、瞬は浅ましいと思った。しかも篠塚は同性である。
 不条理だ……。



 ウェイトレスに案内されて座り心地の悪いソファーに腰をおろすと、瞬は両肘ついてメニューをひろげた。
「なにを、拗(す)ねているんだ」
 気がつくと、篠塚が上目遣いに瞬をうかがっていた。
「別に、拗ねてなんか……」
「予約の話を鵜呑みにしたのか?」
「してません」
「野郎二人で昼間っからレストランの予約もないだろう」
「だから、してません」
「おまえ、すぐに顔にでるな」
「ガキですから」
 篠塚の溜息が聞こえてきた。広げているメニュー越しに盗み見ると、篠塚は肩肘ついてメニューを睨んでいた。
 どうしてこんなに剥きになってしまうのだろう。瞬はこれまで、対人関係において波風たてることを極力さけてきた。感情という茫洋(ぼうよう)とした規則性の無い存在に振り回されるのが嫌だったのだ。愚痴をいいあったり励ましあったり、そんな傷を舐めあうような関係が煩(わずら)わしかった。なので学生時代もすべての関係において表面上の付き合いで通した。そんな可もなく不可もない関係だからこそ長く付き合っていけるのだと瞬は信じていた。
 注文をすませると、篠塚が瞬をまっすぐに見てきた。
「おまえのお母さん、明るそうな人だな」
 いきなり佳奈子の話題をふられ、瞬は口ごもるように、「ええ」と答えた。
「飲ませすぎたようで申し訳ないと言ったら、あの子、酒癖悪いんでしょうかと訊かれた」
 初耳だった。どうやら佳奈子は肝心な部分を言わなかったようだ。
「……なんて答えたんですか」
「楽しい酒だったようで、かなり暴れていましたよ」
「そ……」
「冗談だ」
 篠塚が笑いをこらえている。どうやら、からかわれているようだ。無性に腹がたってきた。
「篠塚さんのお母さんは、篠塚さんに似て、さぞ品がいい方なんでしょうね」
「俺の母親は、俺の出産と同時に亡くなった。もともと心臓が弱かったんだ」
 篠塚がべつだん表情を変えることなく、さらりと言った。瞬はかける言葉をさがしたが、結局見つからなかった。
 料理が運ばれてきた。
 無言で料理に手をつける。このところ感情の変化が激しい。篠塚のせいではなく、ひょっとして疲れているだけなのかも知れない。篠塚を見ると、和食膳の中の茶碗蒸しをつついていた。
「ずっと、お父さんと二人だったんですか?」
 篠塚が手を止め、水を一口のんだ。
「俺は中学校に上がるまで母方の祖父母の家にあずけられた。だから、ばあさんが俺の母親がわりだったんだ」
「今は別々に?」
「ばあさんは俺が高三の時に、じいさんも大学一年の時に、ばあさんの後を追うようにして亡くなった」
「……そうですか」
 篠塚は食事を残さずに食べると、割箸を丁寧にそろえて膳の上においた。
「柔道は小さい頃に、じいさんから習ったんだ」
「おじいさん、強かったんですか」
「小柄な人だったが、その頃の俺には手も足もでなかった。インターハイでの試合をみせてやりたかったんだが、間に合わなかった」
 言って、篠塚は寂しげに微笑んだ。これまで出会ったなかで、不自由なく生きてきた人間の「象徴」のような存在であった篠塚が、等身大の生身の人間として瞬の目に映った最初の瞬間だった。




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