常世桜・地神盲僧、妖ヲ謡フ//加門七海 | みゅうず・すたいる/ とにかく本が好き!
常世桜―地神盲僧、妖ヲ謡フ/マガジンハウス

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 「常世桜・地神盲僧、妖ヲ謡フ」


 加門七海、著。 2002年

              ※

内容(「MARC」データベースより)
世界は物の怪に満ちている…。三宝荒神の力を頼み、姿無き神霊・精霊と交感する。時を超え、異界を行き来する青年琵琶法師十六夜清玄の怪奇幻想連作小説。

              ※

 人か神仙か地神盲僧・十六夜清玄。
三宝荒神を勧請する盲目の琵琶法師・清玄の幻想譚。

 加門七海さんのエッセーが好きだ。
『東京魔方陣』等の『魔方陣シリーズ』のオカルティックな面白さ、あるいは『うわさの神仏シリーズ』の敬虔にして軽妙な文章の面白さ。
全てオカルティックな怖さを含みつつも、そういうあれこれが好きで好きでたまらないという、いかにもミーハーな部分を垣間見せる、加門七海さんは可憐である。

 しかし、どうも、小説の方とは相性が悪いようで、今まで読んだものはどうもイマイチな感じで……。
しかし、しかし、だ。

 図書館で背表紙を見かけた本書は、私を呼んでいた。
『常世桜・地神盲僧、妖ヲ謡フ』というタイトル。
そして手にとってみたときの表紙の感じ。
これは……いける!
と予感した。

 そもそも琵琶は本来神に楽を捧げるものとして渡来した。
まあ、琵琶に限らない、楽器とはそもそも祀りのためのもの。
琵琶法師もまた法師。
仏に仕える者であり、神仏混合した我が国に於いては神仏に仕えるものであった。

 地神盲僧たる清玄の勧請するは三宝荒神。
荒神とは荒ぶる魂であり、災厄をもたらす神である。
阻の神であり、即ち境界を遮る神でもある。
道祖神もまた荒神の縁に連なるものである。
また牛頭天皇であり、即ちスサノオ尊である。
火の神であり、竈の守り神である。
その本性は地の神である。

 和魂(にぎみたま)の対極に座する荒魂(みたま)である。
力強く、扱いを誤れば祟る、怖い神様である。
怖い神ではあらせられるが、勧請奉れば人を安んずる神様でもある。

 十六夜清玄。
年齢不詳。
琵琶の力にて時をも超える。
どうも、ずっと生き続けているような感じがする。

 人、ではあるらしい。
が、妖とも親しく付き合っておる様子。
彼に懐く猫と暮らしておるのだが、どうも、こやつもちょっと怪しい。

 さらに、第一話で彼の力を借りに来た少年が実は狛犬であったようで、その後彼と共に生活を続けている様子を見ても、清玄、やはりただの人とも思えぬ部分がある。
しかし、その心根は優しく、人柄は穏やかなる清玄。
実に魅力ある人物だ。

 本来、清玄が生きている時代は昭和初期であるようなのだが、琵琶の持つ力を使って、彼は時空を越える。
江戸時代、南北朝時代……いずれの時代にも戦の影がある。

 激動の時代。
滅びゆくものの持つ悲哀。
切なさと滅びゆくもののみが持つ美。

 それは人であり、妖であり、時に神である。
全ては移ろい行くものたち。
消えゆくからこそ、全ては愛おしく美しい。

 この作品の持つ美は、そのようなものたちの哀切な美しさなのだろう。
失われゆくからこそ……。

 ひと時咲き誇り、潔く散って行く桜花を愛する日本人の持つ美学。
そういう意味では、日本人的美学に満ちた作品だと思う。

 『常世桜』。
連作短編に出来不出来はある。
狛犬の登場する『花守』。
狐命婦の守る武蔵野の話『武蔵野』。
最後の『さくら桜』。
この三作が心に強く残りました。
いいじゃないですか、加門七海♪
本当に面白かったです♪♪♪