自分軸や他人軸という言葉を最近よく聞きます。

 

 

「自分軸で生きましょう」と言われても、どうすればいいのか分からない人も多いのではないでしょうか?

 

 

そもそも、自分の軸(中心)なんて意識してこなかった人の方が多いでしょうし・・・

 

 

 

 

 

自分軸って、表現や行動の中心が自分にある、意識が自分に向いているということだと私は解釈しています。

 

 

大きく捉えると、自己中やKYも自分軸の側に入るのかもしれませんね。

 

 

 

自分軸でいる、自分軸で生きるって、

 

・自分の本当の心の声に従った発言や行動をする

 

・他人の目や言葉よりも自分の気持ちを優先する

 

・意識がきちんと自分に向いている

 

ということ

 

 

 

 

他人の目を全く気にしないなんて、難しいと思うし、今の私には無理かな?

 

だって良い人と思われたいし、嫌われるよりは好かれたいし・・・

 

 

 

だけど、それでも

自分の軸を他人に渡してはいけない

って思っている。

 

 

 

なぜなら、私を本当に幸せにできるのは、私を本当に認めてあげられるのは、私を本当に・・・のは私しかいないということに気づいてしまったからです。

 

 

 

 

【本日の人体実験】

 

ソウルプラン再受講の2日目。

 

頭がパンクしそうな位の情報量でした。

 

来週もソウルプラン上級の再受講があるので、知識の確認とともにアウトプットをしっかりしていこうと思います。

 

 

昨日今日と一緒にランチをした参加者の方2名と連絡先を交換し、今後継続的にソウルプランだけでなくお互いの知識や技術をシェアしあうことになりました。

 

本当にアウトプットは大切!

腕組みをすると安心だけど、自分のハートが閉じてしまう。

 

 

自分のハートが閉じてしまうと、一緒にいる人のハートも閉じてしまう。

 

 

だから、腕組みをしていることに気づいた時には、腕をほどくことを意識してみるといいかもね。

 

 

 

だけど、腕組みをしないほうが良いとは言っていないからね。

 

腕組みしていると安心するし、自分を守りたい時もある。

 

 

 

だけど、お互いに腕組みしていてハートが閉じあっていることに気づいた場合、こちら側が意識して腕をほどいてみたら何かが変わるかもしれない。

 

 

相手が変わるのを待つのではなく、自分が変わるほんの少しの勇気をもつことで現実は必ず変わる!

 

 

 

 

 

【本日の人体実験】

 

今日はソウルプランの再受講1日目!

 

10:30~18:30までみっちりお勉強。

 

自分の知識の再確認ができて、とても有意義な時間だった。

 

 

 

 

今日の講義中に、無意識に腕組みをしている自分に気づき、意識して腕をほどいて机の上に広げることを心がけてみた。

 

 

これからは、自分が腕組みをしていることに気がついたら、自分のハートを開くことを意識的にイメージしながら腕をほどいたらどんな変化があるかに注目してみようと思う。

 

 

そして、腕組みしている時としていない時の自分のハートの感覚を感じてみようと思う。

 

 

 

 

最近イライラしたり、嫌な気分になることがなくなってきた気がする。

 

きっと、気分良く過ごすということを意識しているからに違いない。

何もできない自分

 

 

何も成していない自分

 

 

何も・・・・な自分

 

 

 

 

そんなこと気にすることないよ。

 

 

 

 

 

今は何もできないって思っているかもしれないけれど、それって何でもできる可能性があるということだよ。

 

 

 

今は何も成していないと思っているかもしれないけれど、それって何かを成し遂げる可能性があるということだよ。

 

 

 

 

 

何者でもないっていうことは、何者にでもなれるということ

 

 

 

それって、考えただけでワクワクするなぁ・・・

 

 

 

 

 

【本日の人体実験】

 

今日は、チャネリング講座のアシスタントをしました。

 

 

参加者8名の方は、前回の講義から1ヶ月経ち、習ったことを実践しチャネリングを取り入れた生活をすることで現実がどんどん変化しているようでした。

 

 

それなりの金額を払ってまで習うことを決め、実際に講座に申し込みをし、開催日に講義を受け、習ったことを実践し現実が変化する。

 

 

本当に皆すごいと思う。

誰もが可能性の塊なんだと心の底から思う。

気にするところが違っている人が多い。

 

 

 

他人の目・他人の評価・常識・当たり前などを気にしすぎて、本当に気にする必要がある自分の気持ちが置き去りにされている。

 

 

 

 

気にするところが違っていると、そしてそれに気づかないでいると、死ぬ時にきっと後悔する。

 

 

 

人生は思っているほど長くはない。

 

 
 
 
 
【本日の人体実験】

今日は、とても心穏やかに過ごすことができた。
 
 
最近、感情のブレがかなり少なくなってきたのを感じる。
 
 
自分の意識・思考を望む方向へ向けていることと、瞑想をしていることの影響だと思う。
 
 
今日の空と雲がとてもキレイだった。
頑張っているのに、いつまでたっても上手くいかない。

 

そんなことってありませんか?

 

 

 

たぶんそれ、やり方が間違っているのかもしれませんよ。

 

 

 

 

頑張っているのに、いつまでたっても上手くいかない時って、頑張っている成果を早く手に入れたくて、目先の利益を追いすぎている傾向にあります。

 

 

 

本当は、もっと大局的な見地から、余裕を持った客観的な目で見ることが大切なのに、目の前の美味しそうなお得そうな現実に目を奪われてしまっている。

 

 

 

 

頑張っているのに、いつまでたっても上手くいかない場合は、

 

・やり方をガラッと変える

・見るものを変える

 

ことが大切になってきます。

 

 

 

 

 

【本日の人体実験】

 

非公開で未来日記のブログを始めました。

 

 

2~3週間先の日付で、その時に叶っていてほしいことを過去完了形で書いてます。

 

 

すでに叶っている前提で、ワクワクの感情を乗せて書いているので楽しい。

 

 

実は、以前から紙ベースでも未来日記を書いているのですが、ワクワクの感情を乗せて書いたエネルギーをネット上に流したらどうなるのか試してみたくなったのです。

 

 

とりあえず続けて検証していきます。

身の丈に合うとは、衣服が背丈や体の大きさにぴったり合っている様子を意味する言葉であり、分相応の意味で使われることも多いです。
 
 
 
あまり背伸びせず、身の丈に合った生活をしましょう!という考えを、多くの人が当たり前のように受け入れて実践している。
 
 
 

だけど私は、身の丈にあった→どんどん可能性が狭まっていくって考えてしまう。

 

 

 

身の丈に合うことを当たり前のこととすることで、いったい誰が得をしているのかなぁと考えてしまう。

 

 

 

 

 

多くの人が身の丈に合った生き方をしているはずなのに、どうして豊かになれずにいるのか?悩みが増えるのか?

 

 

身の丈を気にしていたら、上を見ることができなくなるのではないだろうか?

 

 

 

 

 

身の丈に合った生き方をして、豊かになれず悩みが増えるのならば、いっそのこと身の丈を無視した生き方をすればいいのにと思う。

 

 

 
 
 
【本日の人体実験】
 
私は、のんびり・まったり・ゆったりと毎日を過ごしながら、安定的にお金が入ってくる生活をしたいと思っている。
 
そして、最近はそんな生活が実現している。
 
 
私が望みを明確にし、そこに意識を集中させることができているからだと思う。
 
 
毎日、自分のエネルギーや意識を整え、瞑想や自己との対話を繰り返し、ある物を使って脳に働きかけを行なっている。
 
 
ただそれだけで、はっきりと目の前の現実が変わっている。

変わりたいのに、変われない、何も変わらない。

 

 

 

何をやっても変わらない、きっとこれからもずーっとこのままに違いない。

 

 

 

なりたい理想はあるのに、いつまでたってもそこに近づけないし、色々やっているのに何も変わっていないと何年も何年も同じような所をグルグルしている。

 

 

 

私は、ずっと長いことそんな風に思っていたし、目の前の現実を見れば明らかなことでした。

 

 

 

 

変わりたいのに、変われない、何も変わらない。

何をやっても変わらない。

 

 

 

たぶんそれ、気づいていないからだと思う。

 

 

 

 

 

何に気づいていないのか?何に気づけばいいのか?

 

 

 

わかりやすく言語化するのに少し時間をください。

 

 

 

 

 

【本日の人体実験】

 

横浜駅のホームで椅子に座って電車を待っている時に、ボーっと周りにいる人たちを眺めていた。

 

なんだか、みーんな可能性の塊だなぁと思った。

 

多くの人は、他人を判断する時に足りていない部分に目がいきがちだけど、足りている部分に目を向けることを意識すると、見える景色が変わってくる。

 

誰もが可能性の塊であることに気づいたら、些細なことやどうでもいいこと、他人の言動が気にならなくなってきた。

やりたいことが分からない場合は、まずはやりたくないことをやめてみると良いとよく言われます。

 
 
 
最近の私は、やりたいか?やりたくないか?を意識して考えることが増えてきました。
 
 
 
だけど、本当はやりたくないけれどやらなければいけない(と思っている)こともあるよね。
 
 
 
本当はやりたくないけれどやる時、私は「最終的にやるを選択したのは私!」ということを自分で納得した上でやるようにしています。
 
 
 
そうすると、やらされている感が減少する。
 
 
 
 
 
やりたくないことばかりやっていて、やりたいことが分からないだけでなく、やりたくないことすら分からなくなっている人もいるかもしれません。
 
 
 
 
そんな時は、それをやって気分が良いかどうかで判断するといいかもしれないね。
 
 
 
我慢のし過ぎで感情が麻痺していたとしても、自分の気分が良いか悪いかなら少しは感じることができると思う。
 
 
 
 
そして、気分が良くないものを少しずつ取り除いていく。
 
 
 
 
少しずつ、少しずつ・・
 
 
 
 
 
最終的に、自分が気分良く過ごせないものを限りなくゼロに近づけていく。
 
 
 
 
そうしたら、本当にやりたいことばかりしている自分に気付くことになる。
 
 
 
 
【本日の人体実験】
 
電車の中で、非常識な人を見かけた。
 
ちょっと気になったけれど、あの人にはあの人の事情があるのかもしれないと思った。
 
 
そして、私は自分が嫌だからあんな風にはしないなぁと思った。
 
 
私とあの人は違う人だから、ただそう思って気にしないことにした。
 
 
 
 
 
また別の電車に乗った時に、隣の人が臭かった。
 
 
身なりは普通の30代ぐらいの男性だったけれど、何日もお風呂に入っていないような臭いがしていた。
 
 
発車したばかりで席を立つと、男性が自分のせい?と気にするかもしれない。車両を変えたら席が空いてないかもしれない。
 
 
思考がグルグルしていたけれど、臭いを我慢する自分が心地良くなかったし、洋服に臭いがつくのも嫌だった。
 
 
 
だから、さりげなく席を立ち隣の車両に移動した。
 
 
隣の車両は、たくさん席が空いていたし、臭いを気にすることもなくなった。
 
 
自分の感覚を優先して良かったと思った。
 
 
 
 
私が気分良く過ごせないものを取り除いていくことは、決して悪いことではない。

昨日のブログで、語彙力が高いほうがイメージを言語化しやすいと思うと書きました。

 
 
 
私は、語彙力がとても低いので、なんとなくこんな感じという曖昧なイメージをさらに言語化するなんて、脳みそをフル回転させても足りないぐらいです。
 
 
 
 
どうしたら、イメージを言語化しやすくなり、語彙力を高めることができるのか?
 
 
 
 
とりあえず考えてみました。
 
 
 
1.
まずイメージ自体が曖昧すぎると、それを言語化することの難易度が上がってしまうと思うので、イメージ自体を明瞭にする。
モノクロのイメージをカラーにバージョンアップさせてイメージ力を上げる
 
 
そのために、
ある物を見て、最低5つ程度のイメージが浮かぶようにする。
 
 
 
 
2.
明瞭になったイメージを、しっかりと言語化する。
 
 
そのために、
ある物を見て、最低5つ程度の言葉が浮かぶようにする。
 
 
例えば、「可愛い」とか「凄い」の一言で済ませるのではなく、具体的にどこがどんな風に可愛いのかを掘り下げていったり、擬態語や擬音語を付け足していったりする。
 
 
 
たぶん、この2を続けていくことで、語彙力が高くなると思う。
 
 
 
 
 
【本日の人体実験】
 
今日は、気分良く過ごすことを意識したので、自分の意識・感情のブレが少なかった気がする。
 
 
どの意識・感情を選ぶのも私の自由!
それなら、どの意識・感情を選ぶのか?
 
 
 
理想の現実を目の前に創造するために、一呼吸おいて意識・感情を選ぶようにしてみた。
 
 
 
これが習慣になるまで、続けてみます。

なんとなく、「こうなったらいいなぁ」 「あんなふうになりたいなぁ」などの理想のイメージを持つ人は多いと思います。

 

 

ただ、なんとなくのイメージしか持っていないと、実際に叶っているところを想像しにくく、また叶う可能性も低くなります。

 

 

 

 

では、どうすればいいのでしょうか?

 

 

 

 

なんとなくのイメージを具体化するためには、イメージを言語化すればいいのです。

 

 

 

 

例えば、なんとなくこんな家に住んでみたいというイメージがある場合、

 

リビングのソファーの色や形、座り心地、日の光が入ってくる感じなどを細かく書き留めていくのです。

 

 

 

どんどん細分化して言語化していくことで、理想のイメージを実際に想像しやすくなります。

 

 

 

 

たぶん、この作業って語彙力がある人の方が得意だと思います。

 

 

私、語彙力があまりないので、言語化することに時間がかかります。

 

 

そのため、イメージを言語化する・語彙力を高めることを日々意識しているところです。

 

 

 

 

【本日の人体実験】

 

今日は、「気分良く過ごすことを徹底する」ことを意識すると決めていましたが、これが全くできませんでした。

 

 

もうね、笑っちゃうぐらいできなかった。

 

 

ということで、仕切り直します。