他人のせいにしない。を3週間
3週間続ければ一生が変わる
あなたを変える101の英知
ロビン・シャーマ/北澤和彦訳(海竜社)
仲間に借りて読んだ本。
こういった、自己啓発系の本は、「わかっとるわい」と思ってしまうととても読み進められないし、そもそも読んでいる意味がない。心を平静に落ち着かせて読む。
著者は、古くに多くをたずねている。だから、哲学者、発明者、政治家、作家など、さまざまな人々の残した言葉がちりばめられているのだが、私としては、バーナード・ショウが多く登場したことにとても懐かしさを感じた。バーナード・ショウは、アイルランドの劇作家で、大学のときに戯曲の授業で『聖女ジャンヌ・ダルク』をやったのだ。シニカルさが魅力の名言・警句の人で、本書にも多くとりあげられている。
さて、読後もっとも心に残ったのは「他人のせいにしない」という章。
ほぼ毎日、帰りの電車では、その日の仕事(仕事以外でも)を思い返し、言い過ぎたひと言や、配慮の足りなかった行動に後悔をしている。なぜ、毎日反省して直そうと思っているのに直せないだろうと思ってきたのだが、たぶん、心のどこかで、日々起こる思い通りに行かないことごとを、私はきっと自分以外の誰か・何かのせいにしたがっているのだろう。だからきっと、言葉が足りなかったり、多かったり、してしまう。
タイトルにもなっているが、本書のテーマは、小さな習慣を続けていくことによって人生をよりよいものに導こうというものである。
新しい習慣は、新しい靴に似ています。
最初の2、3日は、あまり履き心地がよくありません。
でも、3週間ぐらい経つと慣れてきて、第二の皮膚のようになるでしょう。
「他人のせいにしない」
これをまず、今日から3週間やってみようと思う。
なかなか届かない。
5月20日から、万歩計をつけて歩いているのだが、1日1万歩、というのは、なかなか到達できないもんだと実感している。そもそもデスクワークが基本なので、通勤以外に歩く機会がほとんどないのだが、それでも、「あとちょっと」という日が多いのがもどかしい。
書き出してみよう。
5/20 4663歩 午後からの数値
5/21 9776歩 惜しい!
5/22 12422歩 ロケで歩き回りました。
5/23 15519歩 ロケハンで歩き回りました。
5/24 13074歩 買い物で歩き回りました。
5/25 2183歩 二日酔いで寝てました。
5/26 12920歩
5/27 7303歩 惜しい!
5/28 9397歩 惜しい!
5/29 13120歩
5/30 9942歩 惜しい!
5/31 8832歩 惜しい!
6/1 11570歩 競馬場へ散歩に行きました
6/2 5523歩
6/3 842歩 つけ忘れました
6/4 9130歩 惜しい!
6/5 8421歩 惜しい!
1万超えをしている日は、ロケやなんやで出かけている日がほとんど。
普通のデスクワークの日だと、7000~9000で終わってる。
たぶん、通勤の行き帰りで8000ぐらい。
家 ⇒ 駅 ⇒ 事務所 ⇒ 駅 ⇒ 家
というルートだから、1回が2000ぐらいか。
ということは、あと1回、駅 ⇔ 事務所 ぐらいの距離を歩けばいいってこと。
それならなんとかなりそう。
ちなみに、写真にあるが、今日の数値がすでに6147になっているのは、今朝の通勤時、駅で西出口と東出口と間違えて出てしまって、遠い方から歩いてきたから。
どうして間違えるのか、情けない限りだが、でも、この方法もありかもしれない。
1点。
「クロスメディアエキスパート認証試験 」というものを、実は3月に受けていた。が、1月から3月は仕事もプライベートもめちゃくちゃに忙しく、とても「受験勉強」どころではなかった。あっという間に試験当日が来て、準備不足を悔やみながら受けたのだ。
ぜーったい不合格、とすでに試験直後に合格の可能性をあきらめていたので、結果を見て、おどろき。
いや、不合格は不合格なのだが、論述は合格ライン70のところ、75点で合格。
で、学科が合格ライン167のところ、166点で不合格。
そう、あと1点が足りなくて、不合格だったのだ。
きゃー。1点だよ。
ちょっと騒いでしまった。
試験はどんなものだったかというと、時間が長かった。13:00~17:00。
お昼食べずに行っちゃったから、つらかった。
学科試験は、膨大な数の問題を解いていく。マークシート方式とはいえ、1問を30秒ぐらいで解く感じだったと思う。
論述試験は、自分がある制作系企業のディレクターという設定で、クライアント企業の事業状態が提示され、予見整理を行い、課題を発見し、プロモーション企画を立案、実際の提案書のドラフトをまとめる、という、けっこう体力のいる内容だった。
後からわかったのだが、時間配分を間違えて最終設問までたどりつかないという人が頻出しているそうだ。そういえば、特に学科は半分ぐらいを解き終えた段階で時間はすでに2/3を超過していて、あわてて得意分野を先に解き、苦手は後回しにして、なんとか間に合わせた。だから、最後のカテゴリは苦手分野だし時間はないしで、マークシート方式をいいことに、ほとんどあてずっぽう(笑)。
このへんで、1点を取りこぼしたんだなぁ(涙)
●学科試験のカテゴリは、
・メディア概論
・経営概論
・IT概論
・クロスメディア
・ネットワークとDB
・デジタルコンテンツ
の6つ。
私は、経営概論とネットワークDBが低くて、IT概論、クロスメディア、デジタルコンテンツが比較的高得点。苦手分野を強化しなきゃかな・・・と反省していたところ、ちょうど撮影に来ていたカメラマンが通知を見て、「惜しかったね。得意な分野を伸ばせば、きっと次は合格だよ!!」と、まるで励ますのがうまい小学校の先生のような言葉。
あ、なんか元気でた。
得意分野を伸ばすほうが、きっとたのしいもんね。
次は合格めざして、がんばるよ!!
試験を受けてよかったことは、日ごろ仕事をしていて「わかっている」と思っていることでも、「なんとなくこんな感じ」と、アバウトにとらえているだけ、というのが多いことを実感できたこと。自分の知識とかのレベルがどのぐらいか、客観的に見つめなおすことができたように思う。
で、やっぱり、ちゃんと他人に説明できるぐらい詳しくなっておきたいよな、と思いつつも、そのために勉強するのはちょっとつらい。そんなとき、このような資格認定のようなものがあると、「合格」というご褒美を目指してがんばれるんだと思う。もちろん、合格すれば一石二鳥だったけど。
次回、8月の試験も受けてみますか。
ちょっと、心うごいた。
とてつもない日本
麻生太郎(新潮新書)
この日は、本当に脈絡なくいろんな本を買ってしまったのだが、そのときに紛れこんでいた(?)のが麻生さんのこの本。2年ぐらい前にこの人に注目していたときがあって、そのときにWEBサイトに出ているさまざまなインタビューや評伝(評判やうわさ)は読んでいたので、人となりもだいたいわかっているし、本に書かれていることに新鮮な発見はなかった。
でも、最後のくだり、ちょっと、心うごいたんだよな~。
「心うごいた」ポイントを抜粋すると、
・「遥けくも来つるものかな」・・・世界のどこに、たったの三十年でこれだけの距離を、これほどの速度でかけぬk他国があるだろうか。
・その日本に追いつけ、追い越せとアジアのほかの国々も走り始めた。
・がんばって走れば、未来は明るい。
・アジア人とは、面を上げ、常に前を向いて歩む人々の別称である。
・「夢見る自由」。
・明日からできることは、これまでやってきたことと少しも違わない。
それはすなわち、懸命に働くこと。
知識や経験を分かち合うこと。
成功と失敗の体験を共有するため、機会をとらえて対話をかさねていくこと。
などなど。
本書の触れ込みは、「悲観的になることはない。日本はとてつもない国なのだ」という、日本人よ、もっと自信を持とう、というのがコンセプトなので、読後にちょっと心が動いて、ちょっとやる気を増しちゃった私は、見事に狙いどおりの反応をしたわけである。
でも、気持ちが立って行動が上向くことって、多いと思うから、麻生さんは、いい本を書いたと思う。
(すごく、わかりやすい言葉をつかって書いているところも、すごくいいと思った。)
迷子全開。
日曜日、実は近くに競馬場があるので、レース開催日ではないけれど、日本ダービーを見に、前日、宴で泊まっていた友人夫妻と4人で散歩がてらにでかけた。
開催日ではないので、人はまばら。
でも日本ダービーなので、来ている人はみんな真剣。
私は競馬(というか宝くじを含めたギャンブルすべて)に興味がまったくないので、新聞を食い入るように見る人々を、研究熱心ね~と見物。
と、そこに5歳ぐらいの男の子が泣きながら走っているのを発見。
お天気がよかったので、軽く炎天下を走ったらしい髪の毛は汗でぬれ、鼻水がたれ、シャツもちょっと汗ばんでいる、なにより、頭に手をやるとだいぶ熱くなっている。
ありゃりゃ大変、と4人で迷子救助を買って出た。
話しかけると答えてくれるけど、鼻を拭こうとすると走って逃げる。
追いかけること、30分。
最終的には係りのお兄さんに迷子センターに連れて行ってもらい、そこに探しに来ていたお母さんとちゃんと出会えたのでよかったが、2つのことが気になった。
ひとつは、けっこうな大声で泣いていたのに、周りの大人は新聞に夢中だったこと。
もうひとつは、迷子の男の子の受け答えが、すっごくおもしろかったこと。
名前を聞いても教えてくれなくて、「じゃぁ、当ててやる!」と、「ひろし!」とか「けんちゃん!」とか、あてずっぽうに呼んでみたのだが、ことごとく「ちがう」と言われ、でも、「かんちゃん!」と言ったときには「惜しい」と言ってくれた。でも、あとでお母さんに聞いたらぜんぜん違う名前だった。「惜しい?」
「ジュース飲む?」と聞いたら「飲まない」というから、「ほんとにいらないの?」と聞いたら「ポカリ」と言った。
「お父さんと来たの?お母さんかな?」と聞いたら、「テンちゃんと来た」と言ってたけど、実際はお父さんとお母さんと来ていた。
なんというか、迎えに来たお母さんは私よりもおそらく年下なので、ありていに言っちゃうと、子供の受け答えがぶっ飛んでて、おもしろかったな、やっぱ若いお母さんだからかな、と。
まぁ、でも。
やっぱり気がかりは、迷子全開で泣きながら走っている子に、気づかない人が集まっている場所だってこと。
そんな人が多い、レジャーだってこと。
やっぱり、興味はもてないかな。
感謝。感謝。感謝。
今日は、父親の緑内障の手術の日だった。
緑内障は、視野がだんだん狭くなり、徐々に視力が失われていく病気。
完治はなく、進行を止めるための手術や、数時間置きの点眼やマッサージでやり過ごしていくしかない病気だ。
今日の手術は、成功率50パーセントという話だった。
当然、行うかどうするかは躊躇したが、病気の進行が進み、このままいくと寿命が尽きる前に視力が失われるかもしれないということもあり、残る人生を豊に過ごしたいという積極的な意思が働き、決心。
兄弟3人、昨日から、そわそわ。
全員が離れて暮らしているので、ケータイメールが飛び交う。
「明日だね」
「うまくいくよ、きっと」
「何時からだって?」
「10時に病院に入るって」
「いま、目のマッサージだって、お母さんが言ってた」
「12時から始まるって。でも、1時間で終わるってよ」
「もう14時だね、電源切ってるね」
あちゃちゃ。仕事にならない。
痺れを切らして母親に電話したところ、ちょうど手術を終えて出てきたところ。手術室の前で待っていた母も、前回よりも長くかかっていることに、不安な気持ちで先生に駆け寄ったらしい。
「いやぁ、よく見える方の目ですからね。視力がちゃんと維持できるよう、念入りに診てたんですよ」
ほっ。よかった。
まだか、まだか、まだか・・・と、母も私も弟妹も、ずいぶん気をもんだ1時間だった。
まさか、まさか、まさか・・・と、湧き上がってくる気持ちを追い払い続けた時間だった。
まぁ、それから約2時間後に母から届いたメールによると、手術をしたほうの目に山本勘助よろしく眼帯をはめ、母に手をとってもらって歩きながらも、「腹が減った」とラーメン店に入り、チャーシュー麺をたいらげたそうなので、まったく心配無用だったわけだが。
弟は、そのメールを見て思わず、
「もうラーメン食べられるほど元気なのかよ!」と、思わず突っ込みの電話を入れたそう。
なにはともあれ。
先生に、感謝。
世界中の神様にも、感謝。
友達になりましょう。
今日は、とある仕事で知り合った同い年の営業ウーマンと会食。
彼女は転勤でこちらに来たばかり。
では、私のダイスキなお店にご案内しましょうということで、行きつけのスペイン料理店へ。
スペイン料理 オリーバ
神戸市中央区下山手通1-1-12 ローヤルビル2F
078-333ー6716
私はお酒を飲むが彼女は飲まないので、いろいろとお店選びは悩んだが、でも、悩んだわりにはいつも行っているお店にしてしまった。やっぱり、案内するのに初めて行く店っていうのはちょっとね。
客先で少し顔を合わせただけだったので、じっくりと話をする機会はなかったが、今日は仕事のことを中心に、昔話もプライベートなことも話ができ、月並みな言葉だが、とても楽しかった。そう、私、本当に楽しかったのだ。
古くからの友人をのぞくと、私がふだん会食を共にする人はほとんどが仕事がらみの人。今日の彼女も仕事関係には違いないが、直接的な関係がないぶん、新鮮だったし、そもそも、同年代の女性の友人て、あいつとあいつと、あの子ぐらいしかいないもんね、だから、ホント、楽しかったのだ。
最後、彼女が楽しみにしていた「スイーツ」を注文することができず残念だったが、それは、またの機会に。代りにというわけではないが、二件目にまたしても行き着けのバーに行き、
「彼女、お酒が苦手で、神戸のスイーツを楽しみしてたんだけど、私、苦手なジャンルだからふさわしいお店に案内できなくて、なんか、甘いのつくってあげてください」と無茶振り。
でも、ちゃんとリクエストどおり、
チョコレートとコーヒーとオレンジリキュールの、なんという名かは知らないけれど、スイーツみたいな甘い香りのカクテルをつくってくれた。感謝。
そしてやっぱり、このバーのカウンターには、私の片割れ的友人が、相方と一緒にシングルモルトをあおっているのだった。顔が見られてうれしい。抱き合って別れる。
いい1日だった。
今ぐらいの年齢から、新しい友人ができるって、なんか素敵だ。
頑なに守る「何か」。
五郎治殿御始末
浅田次郎(中央公論新社)
やっぱり、浅田次郎はセリフまわしがうまいなぁ。
この人の本は、声を出して読みたくなる。
特に、これのような武士、侍言葉を声に出して読むとしびれてくる。
思わず家に一人のとき、感情移入たっぷりに、侍気分でセリフを言い、講談気分で物語る。
効果音にぽぽんとテーブルをたたく勢い(笑)
さて、時代は明治維新の後の世。
主人公たちは、いずれも元は侍だった男たち。
ある者は車引きになり、ある者は軍人になり、役人になり、警察官になり。
死に場所を求めてさすらう者もある。
江戸が終わり、明治の時代に移り変わり、すべての価値観が一変したとは、もちろん知っている。
しかし、英雄でもなんでもない、普通の人々、それも武士たちが、どのようにこうした時代の変化に対応したのかを描いた物語は少ない。
西洋暦や時刻に慣れない、いや、それを受け入れることのできない人々の苦悩は、すでにそれらが常識となっている時代に生きる私たちからみれば、その狼狽振りはこっけいですらあるが、体に染み付いたものをはぎとり、新しい価値を組みつけられることは、たまらない経験だったのだろう。そうしてひとつひとつを受け入れていきながらも、「これだけは」と守るものが、それぞれにある。「これ」と具体化されてはいないが、登場人物たちの言葉、行動のひとつひとつに、それは表現されている。総称するとしたら、武士らしさ、になるだろうか。
これからの未来にも、こうした変化は起きるかもしれない。
価値観が一変するような、大きな何か。起きないとは限らない。
そのとき、私たちには、あるだろうか。
彼らのように、頑なに守るべき「何か」を、私たちは、持ち合わせているだろうか。
佐藤優という人。
ナショナリズムという迷宮
ラスプーチンかく語りき
佐藤優 魚住昭(朝日新聞社)
日曜日、仕事をお願いしているデザイナーさんの事務所にて、上がりを待つ間に読んだ本。
偶然手にした理由はわからないが、この本で、佐藤優と言う人に興味を持った。
すごい勢いで本を出している人のようなので、しばらく読んでみようと思う。
気になったフレーズ。
・2.26事件は、5.15事件と比べて軽い印象がある。
・官僚の使命は、現体制の維持(コントロールし続けること)
・出世からはずれたノンキャリ官僚ほど楽な仕事はない。やることはない、給与水準は高い。
・日本人は集団的に思考するであるとか、日本人は恥の文化であるとか、日本人は無節操であるとか、その類の物言いの「日本人は」を「人間は」と置き換えてもだいたい通用する話(一般論で括ることに無理がある)
・(国家とか思想とか主義とか民族とかに対して)誰もが納得する「すごくいいもの」があるのではなく、「ましなものがある」ぐらいで考える。
・ぜったいに正しいものはあるかもしれないが、それは、誰にとっても正しいものではなく、ある特定の集団にとって正しいものであるにすぎない。そうした正しいものは複数あるんだという想像力を我々がどれだけもてるか。
文中に登場する文献で気になったもの。
「民族とナショナリズム」(アーネスト・ゲルー)
「近代文学の終わり」(柄谷行人)
「蒲生邸事件」(宮部みゆき)
「蓑田胸喜全集」(竹内洋)
「コミンテルン日本に関するテーゼ集」(青木書店)







