フィッシャーキングの友人 -10ページ目

求められているのは、価値の転換だと思う。


フィッシャーキングの友人-チェ28歳の革命

チェ28歳の革命
監督:スティーブン・ソダーバーグ
脚本:ピーター・バックマン
出演:ベニチオ・デル・トロ、デミアン・ビチルチェ


正月休暇で実家に帰っているときに、この映画の新聞広告が目に止まった。もともと「デル・トロ」好きだし、闘士チェ・ゲバラの文字が気になったのもあったし、でも、最もひきつけられたのは、村上龍のこの映画に対するコメント的なコピーで、今年は仕事関係では年賀状や年賀メールを(個人的には)出すことはしなかったのだが、思わず新年を迎えて、というタイトルでこれを引用し、今年の抱負とさせてもらったほどだ。

そして今日が映画の公開だったのでさっそく観に行った。初日ということもあり三宮のOSシネマズミント神戸はなかなかの入り。圧倒的に団塊の世代前後のオジサマが多い。

作品の主題は「チェ・ゲバラの記録」だ。革命に成功する28歳までを描いた本作に続き、1月31日に公開となる続編では39歳で死ぬまでが描かれるが、1作目ではゲリラ戦や、山中での行軍の様子を淡々と写しながら、医師でもあったゲバラが農村で貧しい村人たちの診療にあたる姿や、銃を撃つ訓練と同じぐらいに文盲の農民出身の兵士たちに「読み書き」を教える姿が描かれている。武力による制圧を絶対とする革命闘士、「ゲリラ戦争」の著者としての印象と異なり興味が沸いた。また、マルクス主義者ということで若干敬遠していたところもあったが、龍のテキストにもあった「イデオロギーはツールに過ぎない。」ということの意味も実感した。そうだ、イデオロギーは観念的に過ぎるし、右か左かといったことによる区別やそれを用いた議論に私はもう飽きてきているということが、この映画を観てわかった。

「求められているのは景気回復などではなく、価値の転換であると思う。」と龍は書いている。この部分に、私は特に共感している。チェ・ゲバラの戦いもうそうであったと思う。権力の座に自分たちが取って代わるのではなく、まったく違う価値観ですべての国民が祖国で幸せに暮らす世の中をつくることだった。しかし「それは理想だ」という者は仲間の中にもいたという。

映画のラストは、革命成功の翌日、16歳で入隊した若い兵士が、政府軍(敵)の狙撃兵が乗っていたスポーツカーを奪い、乗り回してはしゃいでいるのを厳しく叱り付けるシーンで終わった。チェは、その若い兵士がはしゃぐ姿を「信じられない」と言い、街へ引き返して車を置いてくるように命じ、「オレのことを気安く呼ぶな」と突き放した。価値の転換を内包して戦ったチェ。搾取する側を倒した瞬間に自らが搾取する側にとって変わってしまう兵士。それを象徴するシーンであったと思う。


(年賀メール)
■新年を迎えて

昨年は、不景気な話が多く聞こえるようになってきましたが、周りの様子や報道を見ていて、「不景気で困った」とか、「景気が回復してほしい」など、なんとなく他人任せなコメントが多く、何か違和感を持っていました。

正月、偶然目にした「チェ/28歳の革命」という映画の新聞広告に、村上龍が書いているコピーを見つけ、違和感の理由が分かりました。まったく新しい価値観の元で物事をとらえていくべき時が来たんだなと思いました。

こんなことを考えながらの2009スタートですが、今年もどうぞ宜しくお願いします。お互い、精力的に頑張りましょう。

(龍のテキストです。ちょっと長いですが引用します)
「08年9月のいわゆるリーマン・ショックで始まった世界的経済危機だが、循環的なものではなく、歴史の転換点だとわたしは考えている。

金銭的利益だけを優先する企業戦略が破綻したと見るべきで、求められているのは景気回復などではなく、価値の転換であると思う。

チェ・ゲバラが、生涯を賭して求めたのは、まさに金銭的利益以外の価値だった。人間の精神の自由と社会の公正さ。シンプルで、そして間違いなくもっとも重要なものだった。

社会主義イデオロギーを世界に広めるために戦ったわけではない。イデオロギーはツールに過ぎない。 どのような苦境にあっても向上心を忘れず、読み書きできる素晴らしさを仲間に教え、負傷した同志を決して見放すことなく、病気を患った住民を親身になって治療した。

喘息の発作を起こしながらもキューバとボリビアのジャングルを行軍するチェ・ゲバラを、この映画ははじめて現実化した。それは人類の希望そのものだ。わたしはその姿を、決して忘れることがないだろう。」

「うそでもいいから」


フィッシャーキングの友人-地頭力を鍛える

地頭力を鍛える
問題解決に活かす「フェルミ推定」
細谷功(東洋経済新報社)

一緒に仕事をする仲間が書いたレビューを読み興味を持って借りて読んだ本。たまたま今私がはまっている佐藤優さんが作ったという、コンサルティングなどの業界ではよく使われる「地頭(じあたま)」というキーワードを表題にして評判になっている本だ。話題になっている理由は、表紙にもあるユニークな設問のせいもあるだろう。

「シカゴにピアノ調律士は何人いるか?」
「日本全国に電柱は何本あるか?」

そんなの、わかるわけないじゃん!・・・という、一見とっつきにくい質問。
これに対して、大雑把でもいいからある仮説を立て、決められた時間内で答えを出していくという「フェルミ推定」という理論をトレーニング方法として紹介している本だ。

「フェルミ推定」というのは、イタリア人の物理学者エンリコ・フェルミさんが提唱している理論のことで、問題に対し、いろんな要素の中から「数値」化できるものを選び出して仮説を組み立て、いくつかの仮説を単純化して組み合わせて答えとなる「数」を大雑把に出してしまう方法。たとえば日本全国の電柱の数を出す場合に国土面積が必要だったら、日本を四角い長方形と捉えてしまって大雑把に面積を出してしまったり、電柱も、ある面積に1本あるとして計算してしまうとか、完ぺき主義者の人には驚きの大胆さでバンバン答えを出していく。

今の時代は、インターネットがあって検索エンジンがあるから、「日本の面積」と打ち込んでクリックすると、38万km2と、すぐに答えが出てきてしまう。あ、電柱の本数も出てくるかもしれないね。でも、そうやって何でもかんでも検索して、「答え(=数字)」だけを得て満足して終わってしまうから、私たちはどんどん「地頭」が悪くなっているんだそうだ。自分でモノを考えなくなっているのだろうね(そして検索エンジンで得た数字は労せず得たものなので、ありたがみなくスグに忘れる。また検索すれば出てくるから)。そうやって、すぐに何かで調べて出た答えだけで物事を解決した気になる人のことを「コピペ族」と言うのだそうだ。

それで、前述の問題に対し、「検索エンジンを使わず」、「自分の持つ知識を組み合わせて仮説を立て」、「決められた時間内に(5分)」、「必ず答えを出す」というのを鍛錬として行うことで、「地頭力」が鍛えられ、そうして鍛えられた「地頭」を使って、同じような方法でビジネスの問題解決に挑むことで、物事の本質を的確につかむことができ、仕事ができる人間になれる、というわけだ。

おもしろかったのは、「とにかく持てる知識の中で仮説を立てる」際に出てきた「うそでもいいから」という言葉だ。完ぺき主義者で、ある程度確信を持てるような情報がなければなかなか答えを出すことのできない相手に対して、「現時点でわかっていることから判断できることでいいから」と「仮説による答え」を導き出すときの殺し文句(?)が、「うそでもいいから」。でも、コレ、関西の人はよく使う(笑)。

たとえばビジネスの現場で。「これと同じモノ作ろうとしたら、どのぐらい予算かかる?」という質問。諸条件がわからないから、こちらとしてはあまり答えを限定したくないな~と言葉を濁していると、「だいたいでいいから。5万なのか100万なのか、ぐらいの感じでいいから」と聞かれる。すると「(笑)、5万てことはないですよ、でも100万もいきません、せいぜい50万ぐらいじゃないですか」と答えている自分がいる。でも、そうやって「50万」という枠をつくった段階で、頭の中ではいくつかの条件設定が終わっているから、いくつかの不要な情報は捨てることができているわけだ。ふむ。関西人は「地頭がいい」のかも(笑)。

・全体から
・結論から
・単純に

この3つが、「地頭力を鍛える」ための思考プロセスで重要。それと時間を決めること。
しばらく意識して生きてみようと思う。
あ、ブラウザのHOMEを「Google」以外にしなくちゃね。


どっちだろう、城山さん。


フィッシャーキングの友人-毎日が日曜日

毎日が日曜日
城山三郎(新潮文庫)

高度経済成長期、花形といわれた商社マンを主人公に据えた企業小説・・・の割りにこのタイトルは?

主人公の沖は、突然の異動で本社のオンラインシステムからも外れた京都支店の支店長へ左遷。そのポストは、本社の連中からは「毎日が日曜日」と言われるような閑職だった。さらに沖の仲人、笹上は、定年退職後の人生設計を早々と立て、賃貸店舗を4店も持つ身。再就職もせず、まさしく「毎日が日曜日」。前社長で相談役の金丸は、京都支店の主として君臨しながらも、実は若返りをはかる本社首脳陣から疎まれる存在、やがて京都支店は閉鎖に追い込まれ、「毎日が日曜日」に追いやられる・・・。

城山三郎が描く、フィクション・ノンフィクションに限らず共通する「高度経済成長期のビジネスマン」の颯爽とした、ギラギラとした、私たちの世代からすると、「時代がよかったのよね」とねたみたくもなるような華やかなエピソードは、この小説には出てこない。そういう意味では、以前「官僚たちの夏」を読んだ後のような憧れの気持もなかったが、焦燥感も生まれなかった。

むしろ、巨大な総合商社という機構の中にいても、さらに、ああした高度経済成長期の只中であっても、ひとりひとりの「私」は、ただただチンケだ。毎日、地道に、様々な小さな挫折と小さな失敗を繰り返し、戸惑い、悩み、酒を飲んだり、友人にいやみを言っては反省をしたりして、過ごしている。もちろんまた一方で、自分の進めているプロジェクトが好転し、勢い込んで本社へ報告を上げに息せききって向かったりすることもあるが。ちっぽけな意地など張らなきゃいいのに。ゴマをするなら、もっと徹底的にすればいいのに。すべてが中途半端だが、それがたぶん、現実の私たちの姿。だから、沖をはじめいろんな登場人物たちの「現実味を充分におびた悩み」に共感しながら物語はすすんでいき、彼らそれぞれが、「本当に大切なもの」が何かを選び取っていく姿に我を振り返ってみたりする。

そうした意味で唯一、「エリート」であり続けたのが本宮部長だ。
物語の後半には、異例の大抜擢で40代の取締役に昇進している。
毎朝5:00に起き、7:00に出社している。
京都支店長への左遷、支店の閉鎖、閉鎖業務の繰上げを命令したのも本宮。
遊軍として何の評価もされない戦後処理的業務を命じたのも本宮。

物語の主題の対抗軸として必要な存在だとも思えるし、本宮さんという人は、嫌な人ではまったくないので、彼のような「キビシサ」がなければ、やはりビジネスの成功者にはなれないのだよという叱咤にも捉えられる。どっちだろう、城山さん。


ますます佐藤優にはまる。


フィッシャーキングの友人-国家の罠

国家の罠
外務省のラスプーチンと呼ばれて
佐藤優(新潮社)

佐藤優は、仕事を一緒にするデザイナーさん事務所に打ち合わせに行ったとき、ふと本棚で見つけた「ナショナリズムという迷宮 」を読んではまった。そのことをさらに知り合いのデザイナーさんに話したら、だったら是非「国家の罠」を、と薦められて読んだ。実はもう1冊、「獄中記」も借りたままになっているのだが、この人が拘留された520日余りの期間の記録とうい形式なので、とにかく長くて中断中(おもしろいんだけど)。

意外というか「へ~」と思ったのは、よく私たちの業界(採用、教育、コンサル系)で使う、「地アタマがいい」の「地アタマ」という言葉は、佐藤優さんがつくった造語なのだそうだ(と本作に書かれている)。昔からよく聞く言葉ではあるけれど、昨年あたりから「地頭力を鍛える」なる本が売れていて、一般的にも広まってきたことを知ったところだった。

佐藤優さんの本を読むと、本当にこの人はすごい、頭がいい、と思う。それは、本がわかりやすいからだ。例えばこの本の主題の「国策捜査」のことや、「東京地検特捜部の検察官とのやりとり」とか、佐藤優さんが罪に問われた「偽計背任行為」とか、その背景にあった「日ソ平和条約」につなげていくための「テルアビブ大学のゴロデツキー教授を招聘しての学会」とか、一般的な我々には、まずなじみがない。新聞の、しかも政治面や経済面だけでなく国際面に精通している人じゃなくてはよくわからない事柄だろう。そういう専門的で難しいことを扱いながら、とてもわかりやすく書くことができる人なのだ。しかも、「この部分は今現在も外交交渉上重要な鍵を握る可能性が残っているので明かすことはできないが」と、一部を隠すことさえしている。普通なら、肝心の部分を隠されてしまうと興味を失ってしまったり、話の前後がよくつながらなくなってしまうものだが、佐藤優さんの場合、それがない。

「地頭力」という「言葉」に戻るが、それは具体的にはどんな「力」なのかというと、本の表紙にも刷ってあるが、「結論から 全体から 単純に」がキーワードなのだそうだ。おそらく、物事の全体を瞬時に見渡して最終的な結論(あるいは仮説)を持ち、対象者にそれを伝えるための一番シンプルな方法を選び、それを表現できる技術(文章、話法など)を持っているということなのだろう。もちろん、それを何のために行うのか、という目的意識も強く持っていて、どんな精神状態であっても誰が相手であっても、目的達成のためには情熱を持ってそれを実行できる意志と行動力も持っていて・・・と。

たぶん、佐藤優さんはそういう人だ。この人の本を読んでいると、その思考プロセスをたどることができるから、とても脳にいい気がする。難しい刺激を与えられる感覚じゃなくて、地アタマのいい人の思考プロセスを疑似体験して得られる快感なのかも。果たしてそれが「地頭を鍛える」ことになるのかどうかは、わからないけれど。

少し古い本だし、外交や政治がらみの本ではあるけれど、佐藤優という人を知るだけでも(外交や政治にとくに興味がなくっても)価値はあると思う。

同級会、無事に閉幕。

夏に高校の同級生と立て続けに会食したこと で思いついた、「高校2年のときのクラスの同級会を開催しよう」という変則的な企画。現住所がわからず高校時代のクラス名簿を探して送ってもらって、ハガキを送った のはいいものの、せっかく返信をもらったというのに、ひったくり事件 によってアドレスをなくしてしまったり、いろいろあったけれどなんとか人数も集まり、大盛り上がりの宴席となった。

高校卒業後に何度か会っていた仲のよかった連中とは、久しぶりに全員集合できた感じで、なつかしくてばかばかしい思い出話で盛り上がることができたし、今回、全員に案内のハガキを出せたおかげで、高校時代にはあまり話をしなかった人たちも何人か着てくれて、これは新しい出逢いのような感じで、これまたよかった。

今回は、ひったくり事件以降、もう一度みんなに連絡を取り直す元気が出なくて、連絡くれた人にだけしか案内ができなかったのが残念だったので、次回は再度、みんなに連絡をとるぞ、と小さく誓う(!)

それにしても。

20年も経っているというのに、遠慮がちにしゃべっていたのは始めの30分程度で、いざ始まってしまうと高校時代の力関係に戻ってしまうというおもしろさ。今は親父さんの会社をついで社長をやっている男子がいるんだけど、彼は高校時代はちょっとしたおちょくられキャラで。最初は、「すげー社長なんだー」と称え気味に接していた連中も、あっという間に当時のいじめっ子にはや代わり(笑)

実はこの日のお店では、地元だからか、今では希少価値の「磯自慢 」が、飲み放題メニューに含まれていて、かなり飲みすぎてしまったので、(お店は儲けがあったのだろうか??)、二件目の最後の方は記憶がぐだぐだ。次はそんなことのないように、ちゃんと記憶にとどめておかないと!!

次回は、ちゃんと先生も呼びますので!





はじめてのお正月。


フィッシャーキングの友人-おせち料理


新年あけましておめでとうございます。
年末からの大掃除やら忘年会やら、新年を迎える準備やら、親戚のみなさんとの小宴会やらを終え、いま、やっとひといき。落ち着きました。

新しいおウチを建てて、お義母さんと同居を始めて初のお正月。
これまでは、結婚した後も、ウチの人の実家も私たちが暮らす家も仮住まい的な賃貸マンションだったので、大晦日から静岡の実家に帰って新年を迎えていたのだけれど、今年はそうもいかず。よく考えたらウチの人長男だし。弟クンやお姉さん家族も集まっての年越しとなりました。

あらためて、新年を迎える"作業"を独立してやってみたんだけれど、けっこういろいろあって大変でした!

・しめ飾り(玄関、水周りはやったけど、それ以外は省略)
・鏡餅(仏さんようの小さいものだけ)
・門松(・・・はお義兄さんが植木職人なのでおまかせ。結局玄関棚の松竹梅に簡略化)
・おせち料理(静岡の実家でおばあちゃんが作ってくれた、煮物中心)
・お雑煮(関西と関東では味が違うので、これはお義母さんに一任)

毎年、実家に帰省して、ほとんど上げ膳据え膳で迎えていたお正月だったけれど、家を構えてもてなす側になってみて、かなり省略はしてしまったものの、やることが盛りだくさんで結構おどろいた。それと、「これって、どうするんだっけ?」と、たとえばしめ飾りを飾る日取りとか、なんとなく30日には飾らなきゃダメとか(正確には、28日までに飾る。29日は避ける。31日も一夜飾りといわれるので避ける)、記憶のひだが開くように、子供の頃から見聞きしていたことが思い出されてきて、今は亡きおじいちゃん、おばあちゃんとの思い出に包まれた正月だった。

よいしょっと、受け継いでもらって、そして私も、よいしょっと、つなげていくんだね。
写真は、はじめてひとりで作ったおせち料理です。よくよく見たら、煮物ばっかり。ウチの人は「ふだん食べているものと代わり映えがせん」と不満顔(笑)でしたが、私にはこのおせちしか作れないや。許せ許せ。

笑顔と挨拶

仕事で知り合った働くスタンスで共感することの多い女友達との久々の会食。
彼女が東京から転勤してきてから時々食事をともにするようになったのだが、昨日が4回目。1回目は、私の行き付けのスペイン料理「オリーバ」へ。2回目は、彼女はお酒を飲まないのと、「神戸のスイーツが楽しみで」と言っていたので、トアウェストのカフェへ。3回目は、またしても行きつけの寿司屋「一心太助」へ。

今度はどこへ行こうかな~と思いながら、ちょっと趣向を変えて「食べログ」なんかで調べたりして、ベトナム料理「タン・カフェ」へ。一応クリスマスなので、事前に電話で予約を入れたのだけれど、

「ハイハイ、ヨヤク、デスネ。ワカリマシタ。オマチシテマス。サンプラザ、チカデス」(がちゃん)と電話は切れた。あれあれ~、名前も人数も言ってないよ、大丈夫か?(笑)

予約(というか予告)電話をして気づいたのだけど、お店の場所がさんプラザの地下。それって場所的にどうだろ?と思ってしまったのだけど、行ってみて、ここの地下エリアをナメてはいけない、ということを知った。なかなかディープなたたずまいのお店が多く、閉店時間は早いものの(だいたい21:00ぐらい)、狭小スペースで、いかにも常連さんが陣取って満席になってしまいそうなお店がたくさん。下手な路面店に行くよりも、こうした場所で長く続けている繁盛店の方がオイシイかも。

さて、その「タン・カフェ」さんだが、私は本場の味を知らないので、そうした観点での評価はできないけれど、味付けも盛り付けもとても素朴な感じがして、オイシかった。しっとりと香辛料が効いていて、香菜もちょうどいいバランスで、癖が少なく、でも、独特の味という感じ。2,500円のコースをオーダ。ボリュームもしっかりしていて満足。メニューのバリエーションも、生春巻き、牛肉炒め、揚げ春巻き、野菜の甘酢漬け、スープ、牛肉のフォー、お好み焼きのようなもの、デザート(この日はプリンでした)・・・といろいろあって(まだあった気がする)楽しく食事ができた。最後のコーヒーも独特な風味でおいしかった。

店員さんはみんなベトナムの若い青年たち。店長のお名前は「タンさん」(だから「タン・カフェ」なのね)。印象に残ったのは、挨拶の声が気持がいいことと、笑顔がとっても素敵なこと。それにサービスのスタンスも私の好み。こちらの食べている様子を見ながらさりげなく料理を出してくれたり、タイミングを見計らってデザートの注文を促してくれたりして心地いい。

かなり話しこんでいたので、私たちのテーブルにはあまり来なかったけれど、隣席のカップルは、クリスマスのディナーを楽しみながらタンさんや店員の方たちとのおしゃべりを楽しみ、最後は握手をしてお店を後にしていた。そんな臨機応変な距離感も素敵な感じ。

お店のことをもう少し調べようとネットで検索してみたら、こんな記事 があって、納得。やっぱりタンさんの笑顔と挨拶って評判なんだね。

で、思い出した。

私、ベトナム・ホイアンへ旅行がしたいと思っていたんだった!
次は、ベトナムつながりの後輩の女子をつれてきてあげよう!
そして、タンさんとベトナムのことについておしゃべりしてみよう!

ベトナム食堂 タン・カフェ
さんプラザ B1F
078-391-0335



ぎすぎす。

ランチタイムです。


フィッシャーキングの友人-きす

特に書きたいことがあるわけじゃないけど、ちょっと気分転換に記事をエントリー。

先日、「不機嫌な職場 」という本を読んだのだが、副題に「あなたの職場がギスギスしている本当の理由」とある。その、「ギスギス」の語源って何だろう?と、素朴がむっくり。

で、調べてみた 。同じようなこと考える人、いっぱいいるのね。

「モノとモノが引っ付きあっていて、ギシギシと音を立てるような様から、ギシギシ⇒ギスギスと変化した、というのを発見。知恵袋 なので、納得性は高いけど、書いている本人さんも、「ギスギスは擬態語なので、ギシギシという擬音が変化して、というのには違和感が」とおっしゃっている。なるほど。

調べてるついでに、「痩せぎす」という言葉を「日本語の語源辞典 」で発見。これによると、「痩せ」+「ぎす」の合体語で、「ぎす」は、「ギスギス」から来ているというのと、魚の「キス」からきているのと両説あるらしい。へー。

お。違うというのも発見。「歳時記語源辞典 」によると、「キス」とは、もともと「細い物」という意味の言葉で、魚のキスは、「細長い魚」だから「キス」って命名されたとあるぞ!ほー。

うわ。「キスは岸辺にいるので、岸が変化してキスになった」っつーの も発見。いろいろありまくりだなこりゃ。

気分転換終了。

午前中の仕事で、ちょっとした価値観の相違で「ギスギス」してしまった気分が晴れました。今夜は友人と食事の約束もあるし、午後からもがんばろっと。

タイムはオーバー。でもマラソン最高。


フィッシャーキングの友人-マラソン受付

第4回宝塚マラソンのクォーターの部(10キロ)に出場しました。
高校までの「強制」をのぞくと初マラソン。誘ってくれたクライアントT氏に大感謝です。

写真のとおりの晴天で、風もなく、気分もよく、ペースもほぼいつもどおり。
最後の3キロ地点で、二週間前にいためた右足首がまた痛くなってしまったので、ラストスパートができず、目標の60分切りのタイムは達成せず。65分でゴール。でもでも、すごい達成感!!!


フィッシャーキングの友人-完走証

一緒にエントリーした、京都のイラストレーターMさん、クライアントTさんも無事ゴールして、気持ちのよく1日を終えることができました。次は、2月8日の神戸バレンタインラブラン!10キロに挑戦することにしました!この日のご褒美はチョコレートだそうです。スポンサーさんありがとう!

大勢の人が応援してくれたので、まずは感謝。ほんとにほんとに、ありがとう。
けっこう頑張ったので(笑)、トレーニング用のシューズのカッコイイやつを、自分のクリスマスプレゼントに買ってあげようと思います!!

あー、マラソン最高!

ドラマの録画が始まっている。

今日もジョギングに。2日連続で走るのは、これまでなかったので、雨も降ってきたし5キロで切り上げ。タイムは31分なので、まぁペースどおり。

今日は、走る時間が短かったからか、いつものように「走りながら考えたこと」というのはあまりなくて。でも、いつも音楽を聴きながら走っているのだけれど、そのなかで、スガシカオの「sofa」という歌を聴いて、ふと浮かんだ顔があった。たぶん、シカオさんの意図とぜんっぜん違うんだけど。光市母子殺害事件の遺族、元村さんだ。

「sofa」という歌は、恋人と別れた男性が、一緒に暮らしていた部屋で一人過ごしながら、彼女が部屋に残した痕跡を眺めながら、静かに彼女のいない現実を見つめている情景を歌った歌。「sofa(ソファー)」は、彼女がそこにいた場所のこと。


フィッシャーキングの友人-Fankaholic

もちろん、恋人と別れたことと、いきなり殺されてしまうことって、ぜんぜん違うので、こんなふうに書いてしまうといろんな方面から怒られてしまいそうだけど、歌詞の中に、

My bay 振り返ったんだ 君がそこにいるような気がして
Baby 君が好きだったコーンフレークとスープが転がってる
My baby 君がいない夜 あたりまえに君がいたソファ
Bbaby 君がしたであろう ドラマの録画が始まってる

というところがあって、ここにくると、ふと元村さんの顔が浮かんでしまうのだ。もちろん、もっともっと大事で濃い思い出や痕跡ってたくさんたくさんあると思うんだけど、こういうのが一番堪えるような気がする。

自分は食べないけど、彼女が好きで買い置きしていたコーンフレーク。
自分は食べないから、いっこうに減らない。
ふとした瞬間に、棚から転げ落ちてくるコーンフレークとスープ。

大事な人がいなくなってしまって、でも、日常生活は進んでいく毎日。
ソファでテレビを見ながら過ごし、時には笑うこともある。
覚えのない予約録画が始まる。
未来を奪われた彼女が観たいと思っていたドラマの録画を、機械は淡々と行っている。

私はふだんテレビを見ないのと、HDDになってから予約録画をしたことがないので、見たい番組があればいつもウチの人にお願いしていて、彼も、たぶんこれは観たいだろうと予約しておいてくれたりするので、突然私がいなくなったりしたら、きっとこういうふうなことがいちばんくるだろうな、などと思いながら走っていた。といっても私はすこぶる元気なので、まったく脈絡のない話なんだけど。

でも、誰に何が起きるかわからない。
当たり前だと思っていることが、ある日突然、当たり前じゃなくなってしまう。
だからこそ、いっこいっこを大事にしていかなくちゃ、ということなんだろね。
自分のことも、彼のことも、いろいろな、周りの人たちのことも。