部屋の外から呼ぶ声に振り向くと、そっと襖が開き小汚い布切れが投げ込まれた。何かと思ってそれを拾い上げながら開いた襖を見ると信長が顔を覘かせる。
「それに着替えてついて来い」
と言って信長は笑う。私はその布切れを広げる。着た事はないがどうも百姓女の着物のように見える。かなり古びているようではある。
「これを私が着るのですか?」
「嫌か?」
「そうではありませぬが…」
帯がない、布切れを巻いてあった紐のようなものがあるがこれを帯び代わりにしろという事なのか、どうにも着方が分からない。
「ちょっと待っていて下され」
私は襖を占めて今着ている着物を脱ぎ棄て、それを身に着けてみるものの、何だか胸がはだける。これはちと恥ずかしい。どうしたものかと思って脱ぎ捨てた着物を見る。そうだ、今まで来ていた物の下布を肌着代わりに巻けば上手くいくのではと思ったら、予想以上に上手くいった。
「こんな感じでいかがでしょう?」
「上々!」
信長は私の姿を見て愉快そうに頷いた。
「して、これからどうなさいます?」
「城の外へ出るぞ!」
「良いのですか?」
「良い良い、とは言っても政秀に知られたらまた大目玉だ、だからコッソリ抜け出す。どうだ?」
そう言われた瞬間に私の目が輝いた事は言うまでもないだろう。お城を抜け出して外に出られるなんて胸が躍る。私、もしかしたらすごく楽しいところに嫁いできたのでは、なんて思ってしまった。
「バレませぬか?」
「その格好では誰も姫だとは思わぬだろう」
そんなに上手くいくのだろうかと思っていたが、信長はそのままどんどん先を行く、遅れてはならじとついて行ったら、城の塀をヒョイとよじ登ってさっさと外に出てしまった。
(え~~~!?)
私にもこの塀を超えろと言うのか。でも待てよ、確かにいつもの重い着物を羽織っていては難しいがこの身軽な着物ならできるかもしれぬ。そう思って周りを見回すと手頃な木があった。木登りなら得意だ。私はその木を掴んで登り始める。もう少しで塀の上に飛び移れる、というところに来たときだった。
「おい、そこの女!そこで何をしている?」
と、庭番に声を掛けられてしまった。塀の外でこちらをニヤついて見ている信長の姿も見える。一体どうすればいいのだ。
「さては城に忍び込んだ間者か?」
と庭番は私を威嚇して刀に手を掛ける、万事休す!
※こちらのお話しは史実に沿ってはいますが、不明な部分、定かでないところは多分に作者の創作(フィクション)が含まれますので、ご留意の上ご拝読いただけますようお願いします。
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