什陸 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

おもにミステリー小説を書いています。
完成しました作品は電子書籍及び製本化している物があります。
出版化されました本は販売元との契約によりやむを得ずこちらでの公開不可能になる場合がありますのでご了承ください。
小説紹介HP→https://mio-r.amebaownd.com/

(はあ?)

「ふざけたことをぬかすな!」

こんな小童(こわっぱ)が殿であるはずがない。大方盗みに入った小悪党か何かであろう。よりにもよって殿の名を語るとは不届き千万。私はそこにあった長槍を手にするとすぐ男の喉元に切りかかった。男は軽々と私の槍をかわす。想像よりはるかに身が軽い。この身のこなし、もしや百姓ではなく忍びの者か。

「面白れぇ!」

と言った男の声に聞き覚えがあった。こちらに来る道中で出会った、あの若い百姓だ。あの百姓、ただの百姓ではなかったのか。私はそのまま一太刀、二太刀と刀を振るが掠りもしない。なんという身の軽い男だ、この私の太刀をかわすとは。

「おのれ!」

男は自分の持っていた4尺もあろうかという長太刀を振りかざすが、私は槍でそれをはねのける。このような無頼漢にやられるほど私は柔(やわ)な乙女ではない。今までどれほどに剣の腕を磨いてきた事か、槍も刀も男に勝るとも劣らずと自負している。

「この盗人、成敗してくれるわ!」

と、私は尚も男に向かった。数分、いや、もっと長い時間だったろうか、男は私の槍を巧みにかわし続けるが、負ける気はしない。そう思った時に男の太刀が喉元に向かい、私の槍は男の頭上に落ちる、あと一寸、と思ったところで部屋の襖が開いた。

「何事でござりますか!」

飛び込んできたのは平手政秀だった。どうやら物音に気付いて駆け込んできたようだ。

「曲者じゃ!」

と、私は咄嗟に答えてそのまま腕に力を込めて槍を頭に振りかざす。

「若様!」

という政秀の言葉に動きが止まる。その時、私の槍は正に男の額の一分(いちぶ)手前、男の太刀は私の喉元に今にも触れんばかりのところにあった。

「こ、これは…いかがな有様で…」

(えっと…今、若様って…言った…?)

「おう、じぃ!今帰ったぞ!」

と、男は政秀に向かってにこやかに言った。と言う事はこの男が本当に、殿?つまり、尾張のウツケ、織田信長、なのか?

「今、帰ったじゃありませぬ、何をされていたのですか?何日も城を明けられて、しかもこの有様は…」

「この者に武芸の手ほどきをしてやっていた」

「はあ?」

「この者とは何を仰せですか?お方様ですぞ」

「なかなかに豪気な女子じゃ、全く美しくはないが気に入った!」

(この男…!)

男、いや、信長、いやいや殿か、にしてもなんだ、その言い草は。武芸の手ほどきをしてやった、だと、それはこっちの言葉だ。何が美しくはないが気に入った、だ。うん?美しくはないとな、まあ、それはその通りだから仕方あるまい。でも気に入った?そうか、気に入った…のか。それなら、まあ、暴言は許してやらないでもない。それにこのウツケ、想像以上に面白い男のようだ。

 

〈什漆へ続く〉

※こちらのお話しは史実に沿ってはいますが、不明な部分、定かでないところは多分に作者の創作(フィクション)が含まれますので、ご留意の上ご拝読いただけますようお願いします。