中川右介「昭和20年8月15日 文化人は玉音放送をどう聞いたか」読む 負けてよかったのか?を問う
ランク Bの上~Aの下作家、映画人、演劇人、漫画家などの有名人が 玉音放送を、どこで、どのように聴き どのように思ったかを、調べた本です。玉音放送が放送された8月15日正午、 晴れ渡った熱い空に流れたとか・・・。終戦ではなく、全面降伏、敗戦の放送です。アメリカに負けたことを認めたくない方は 「敗戦」ではなく、「終戦」と表現します。この誤魔化しが、今も続いています。「敗戦」に「記念日」ではないのですが 軍国主義から解放?されたという意味では 「記念日」かもしれません。玉音放送を聴いた小学生から初老までの 軍人、政治家以外の庶民の有名人の 「敗戦記念日」の記録です。雑音だらけで、電波事情が悪い中での 玉音放送でした。アメリカに負けたことを 言葉を修辞して、威厳を持たせて 語られました。人それぞれの立場で、 敗戦を受け入れ方は様々です。この本の登場人物たちは 負けて悔しいというより 「やっぱり負けたんだ」という 印象を持った人が多いようでした。この本の有名人の何人かは 玉音放送がされる前に 敗戦を知っていました。敗戦情報が漏れるのはインサイダー取引と同じで 早く知った人間は、機先を制して 生き残る立場を有利にできるからです。庶民は、時代に抗することができず 流されるだけです。この本で知ったのですが 皇居前で首を垂れて額づく国民の 写真が有名ですが 「ヤラセ」写真だったことが 明らかになったそうです。この本にも、当日、皇居前には 誰もいなかったという証言が載っていました。歴史の改ざんは、 いつの世でも起こるようです。8月15日は、日本において 革命と言えるような 大変革の始まりの日でした。世の中がひっくり返った日です。この日の前と後では 個人の生き様が問われます。ゆえに、あっさりとした、 無責任と言えるような 感想が多く残されているように思いました。なぜかというと、私の父です。父は、敗戦時、四国の超山奥で 国民学校、青年学校の、校長をしていました。 (教員だったので、 軍隊には短期召集で行ったのですが 戦地に行くことはありませんでした)玉音放送があるというので 一日、山道、峠を越えて 電波がよく届く川下の別な国民学校へ 聴きに行きました。雑音で、よく聴こえなかったそうです。父は、戦前、戦中、戦後と教師をしました。2度ほど、父に、教師としての 戦争責任を尋ねたのですが 何も語りませんでした。 (私は戦後生まれです)もちろん、玉音放送を聴いた時の 気持ちも語ることはありませんでした。 (母には、聞かず仕舞でした)軍国少年だった叔父は、 金属供出で、実家の金物を ほとんど供出しました。 (母は、先祖伝来の金物が 無くなったことを嘆いていました)海軍へ行った叔父は、 肺を病んで除隊していました。敗戦についての感想は 「天皇陛下は、腹を切るべきだ」 と思ったそうです。なお、叔父は、戦後、山村の町長を 何期も務めたので、 皇居で勲章を貰っています。昭和天皇にも拝謁しています。時間というのは、 人間の心、思考を変えていくようです。人間の記憶や歴史は、 案外、連続ではなく 断片的な集まりかもしれません。この本に登場する有名人は 玉音放送を聴いて 次の第一歩に思いを馳せます。今日、明日の1日を、生きるのが 庶民の生活です。日本の歴史の大転換に 立場の違う庶民の日本人の 記録です。この本に登場する有名人だけでなく 多くの日本人はどう思っていたのか まだまだ解明される必要が あるように思いました。敗戦後80年、歴史に埋もれてしまう前の 貴重な記録がこの本です。とても読み易い本です。登場人物に関することを 調べたくなる本です。日本は、負けて良かったのか?このことを問うてる本です。是非、お読みください。