山田洋次「馬鹿が戦車でやって来る(松竹1964)」観る 元軍国少年が戦争支配層への怒りと哀しみ
ランク Bの上山間の小さな村に住む 元少年戦車兵の主人公が 村人たちに馬鹿にされてるのに 堪忍袋の緒が切れて、 暴れまわるという 悲喜劇を描いた 寓話的な作品です。作曲家・團伊玖磨の「日向村物語」が 原作で、團自身が 映画音楽を担当しています。山田洋次監督の 「馬鹿シリーズ」の三作目です。 (「馬鹿まるだし」「いいかげん馬鹿」 どちらも観ていません・・・トホホ)なお、戦車(せんしゃ)と言わず 「タンク」と言うのが 正しい題名の読み方です。 (映画を観れば、分かります)荒唐無稽なストーリーともいえる作品ですが 反戦映画?の流れを汲む作品とも言えます。貧乏ゆえに、馬鹿にされ、村八分のような 扱いを受けている主人公が 隠し持っていた戦車を使って 古い因習のある村社会を 破壊します。15歳ころの主人公は、 神国日本を信じて、少年戦車兵になります。ところが、敗戦によって、信じていた国と そして、軍国主義を推し進め、 若者を戦場へ送り続けた 大人たちへの怒りが 主人公の苛立ちとなっています。敗戦後、過去をの言動を忘れ コロッと正反対に、 主義を変えた大人達の裏切りに 主人公には、許すことのできない 怒りと不信感が 満ち溢れていたのです。戦争忘れ、何もなかったように 旧態依然のまま 平和な生活をしている村人、支配層が 主人公には許せなかったのです。この映画は、軍国少年の怒りの映画です。 戦争指導者=村の有力者 軍国少年戦車兵=主人公この映画評に関して プロレタリアートの支配層への反攻だ というマルクス的な評価がありますが、 まったく違うと思います。 (山田洋次監督も、この評価には 同意をしていません) 軍国主義を信じて生きていた少年たちの 戦争指導したのに 敗戦後に正反対に褒貶した 大人達への怒りの映画です。ベテラン俳優、脇役陣の オールスター映画です。少し荒唐無稽なストーリーのために 現実離れになりそうな映画を 出演俳優陣が、真面目に 堅実な演技をしていることで 成立しています。下手な役者、目立ちたがりの役者が 出演していたら、この映画は 破綻していたはずです。ハナ肇の愚直な演技が この映画の魅力となっています。知的障碍者を演じる犬塚弘のキャラは 「戦後」が終わったことを 象徴しているように思いました。岩下志麻は、人の良心を 象徴していました。日本の村社会が崩壊している現代において この映画の皮肉を理解するのは 難しくなってくるでしょう。「馬鹿」が排除され、「馬鹿」を許容する 世の中で無くなりました。「馬鹿」の存在を認めない日本社会を 痛烈に批判している映画です。山田洋次監督は、この映画のように ハナ肇主演映画を数々作ります、 ヒットはあまりしませんでした。 (この映画の熱烈なファンは生まれました。 漫画家秋本治、赤塚不二夫です)この後に、渥美清主演の「寅さん」シリーズが 大ヒットし国民映画となります。この映画は、喜劇映画作りに苦労した 山田洋次監督の労作です。是非、ご覧下さい。悲劇より、喜劇を作るのが 難しいです。悲劇は、万人受けがし易いですが 喜劇は、好き嫌いが大きくんるからです。映画で使われた「愛国87号」は 廃棄されずに現存しているそうです。元は、大原鉄工所の雪上車「吹雪号」で 日本の97式中戦車に似せて 300万円をかけて、 改造されています。 (現在の金額で、1400万円くらい。 太っ腹な松竹です)丸い手摺のような無線アンテナ、鉄板、 リベットで、それらしく 頑張って似せて作っているのには 驚かされます。ミリオタ、時代考証好きのスタッフが いたのでしょう。何しろ、自衛隊が保管していた 本物の旧日本陸軍の本物の戦車を 借りて動かし、撮影しようとした エピソードがあったそうです。山田洋次監督が、ミリオタだったりして・・・。というより、架空な寓話的な作品に リアル感と存在感を 持たせたかったのでしょう たぶん・・・。この映画の撮影時の1964年、昭和39年は 多くの兵隊経験者、元軍国少年が 存命でした。