アメリカのフーバー元大統領の回顧録『裏切られた自由』に戦前の日本の政治体制について簡潔に書かれた部分があります。

Japan was a constitutional monarchy headed by the Emperor, who was also the religious head of the State. The government for the most part was carried on by a parliament (the Diet). The Prime Minister and his Cabinet, being nominally appointed by the Emperor (usually approved by the elder statesmen), were responsible to and subject to the confirmation of the Imperial Diet. The ministry, however, had one peculiarity hitherto unknown in constitutional governments. The army and navy appointed their own members of the ministry.

「日本は天皇を元首とする立憲君主国である。また天皇は日本の宗教の頂点でもある。政府はほとんどの場合国会において承認される。首相と閣僚は名目上天皇から任命される。(通常元老から指名を受ける。)そして首相と閣僚達は帝国議会の信認を受け、責任を負うことになる。しかし、大臣の職務にはこれまでの憲政では見られない特徴がある。それは陸軍と海軍がそれぞれの大臣を任命することである。」

さて次に見てもらいたいのはWikipediaに載っていた現在のイランの政治体制についてです。

「憲法は大統領を最高指導者に次ぐ権威と規定している。大統領は18才以上の普通選挙で選ばれ4年の任期がある。大統領の候補者は保護評議会(Council of Guardians)によって指名を受けなければならない。大統領に選ばれると最高指導者から指名を受ける。大統領は憲法を守ることと最高指導者に直接関係のあることを除いた行政権力を執行することになる。大統領は大臣を任命し監督する。また政府決定を調整し議会に対して政策を提出する。10人の副大統領と21人の閣僚は議会に信認を受けなければならない。しかし他の国と違って行政府は軍隊を指揮することができない。大統領は諜報と防衛の大臣を指名するが、これらを指名する前に最高指導者の賛意を得ることが慣習になっている。」

ほとんどそっくりです。

なぜ私が現在アメリカから経済制裁を受けているイランに対して同情的なのかがわかりました。

彼らの「政体」があまりにも大日本帝国に似ているからなのです。
アメリカを含む国々とイランとの協議が一応まとまったそうです。

先日安部総理との会談で総理から「人身売買」という言葉を引き出して話題となった『ワシントン・ポスト』のデーヴィッド・イグネーシャス氏のコラムから合意の内容を引用してみます。

これからの10年でイランが稼動できる遠心分離機は6000~6500と言われていたが実際は5060に決まった。

これから15年間フォルドーにある地下の要塞化された施設では核の濃縮は行われない。

ナタンツにおいてウランの濃縮は行われるがそれは3.67%レベルにとどまり、濃縮された核物質の総量はこれから15年間の間に300キログラム以下にすることが決まった。

イランの核の研究についても制限されることになった。IR-2という最新型の遠心分離機はナタンツから撤去させられ、これから10年の間最新式の機械はウランを濃縮するためには用いられない。

アラクにある重水炉の施設は核物質を排出しないものに転用される。

そして最も重要なことは査察に関するものだ。IAEAの職員がイランに常駐し、「特別査察」という権限も用いられることになった。これから25年もの間、ウランの採掘場などのサプライ・チェーンは監視されることになる。

このような結果をみて、イランがかなりの譲歩をしており、アメリカが必要としているものはほとんど手に入れることができたのではないかと思えるほどです。

なぜもっと早い時期にこのような話し合いができなかったという問題は置いといて、イラン側がなぜこのような譲歩を行ったかを考察してみましょう。

私は以前から現代のアメリカとイランの関係を最も有効に把握できるのが戦前の日米関係だと考えています。

そこで今回は近衞首相がルーズベルト大統領に会談を求めた理由を駐日大使のグルーが推測している文章がフーバー大統領の回顧録に出ていましたので、それを引用してみます。

「日本の政府がこのような前例のない提案(近衞ールーズベルト直接会談)を行った背景には経済的に日本の力が終わりに近づきつつあり、アメリカと戦える位置にはいないと思ったのかもしれない。

反対にもし日本が経済的な大惨事に直面したとしても外国からの圧力に屈するよりもいやいやながら自国でそれに立ち向かうことは疑う余地のないことである。」


グルーは日本に対する経済制裁で相手を屈服させることはできないが話し合いをする契機にはなると考えており、それが今回のイランとの協議で正しいことが証明されたわけです。

もちろん、グルーが望んだ日米首脳会談は決して行われませんでしたし、今回のイランとの合意についてもアメリカが反故にするという悪夢は私の中では依然として健在です。
中国の主催するAIIB(アジア投資銀行)にイギリスが加わったことで潮目が変わり、日本もそれに加わったほうがいいのではないかという議論があります。

アメリカの覇権体制が崩れ、実利を狙ったヨーロッパ諸国が雪崩を打ってAIIBに加わったというわけです。

おそらくこのような見解が現在の日本で代表的な意見じゃないかと私は思っています。

ところがこのような見解に異論を唱える記事を見つけました。著者はアメリカのマーシャル・ファンドのドイツ支店の研究者のようです。

「キャメロン首相の目的はアメリカを敵に回すことでもないし、新しいアジアの融資制度を作るものでもない。本当の目的はEUの中で最も中国との結びつきが強いドイツの地位を貶めようとするものなのである。」

EUと中国の貿易量の40%をドイツと中国の貿易が占めており、ヨーロッパの中でドイツだけが中国との間で毎年閣僚会議を開く間柄だったのです。この状態に焦ったイギリスが中国の主催するAIIBに飛び込んだのが真相だそうです。

第一次大戦の原因ともなった欧州のパワー・ポリティクスをアジアに輸出したというわけです。

イギリスがこのようなくだらない理由でAIIBに入ったことが本当なら、日本が焦る必要は全くないのです。

これから習近平政権は安定し、発展を続けることができるのでしょうか。以前に紹介したアメリカの中国学者のデーヴィッド・シャンボー教授が言うように不透明なのです。(彼の議論を詳しく書いていた記事があったので、ここに示しておきます。)

じつは戦前に日本は中国に多額のお金を貸して、それを焦げ付かせ国民の税金で埋め合わせるという大失態をした経験があります。

それは西原借款と呼ばれるもので、ちょうど中国で清朝が崩壊した時に日本は段祺瑞政権に当時のお金で一億5千万円を貸し付けたのですが、この政権は安定せずに崩壊し、日本の貸付金も返済不能となってしまったのです。

欧州がAIIBに入っても過大な資本金は取られないようですが、日本の場合は違います。

ここは慎重に対応したほうが賢明ではないでしょうか。