安倍総理の靖国参拝についての反応をrealclearworldでチェックしていますが、思ったほどの反応はなかったです。

その中で一つだけ腑に落ちる記事を見つけました。著者はマイケル オースリンという人で保守系のAEI研究所に勤めている人です。タイトルはJapan Officially Enters Cold War with China and Korea(日本は公式に中韓と冷戦に入った)です。

最後の部分を訳してみます。

「安部総理の展望から見れば、東北アジアの情勢はますます悪化しているというものである。彼はこの一年間、中国の要人とは会談する韓国の大統領から妨害を受けてきた。そして先月、中国は問題の多い日本の尖閣諸島を含む防空識別圏を設定した。日本はアメリカの強い反応を期待するもバイデン副大統領は中国に対してそれを廃棄することを要求しなかった。中国の軍近代化と成長計画は弱まりそうもなく空母やステルス戦闘機などの洗練された攻撃的兵器を開発し始めている。」

オースリンのみるところ、安倍総理は同盟国アメリカの中国に対するやりかたに幻滅し、靖国参拝で日本が「独立」した行動をとることを促したのです。

私がこの記事でもっとも注目すべきだと思ったのは、日本は今回の靖国参拝で体制の違う中国だけでなく韓国とも「冷戦」に入ったという認識です。

安倍総理は以前から民主主義などの「価値観」外交を展開してきましたが、韓国と「冷戦」に入ったことでそれを一部修正することになります。そしてこのことは安倍総理の祖父である岸信介の韓国政策を修正するものであります。

日韓関係史で「久保田妄言」という有名なものがあります。1953年に第3次日韓会談が開かれ、その時に久保田代表が「日本が講和条約を締結する前に韓国が独立したのは不法である。日本の36年にわたる統治は韓国にとって有益であった」と発言し会議が紛糾して、以後4年間会議は開かれませんでした。

この「日韓断交」を救ったのが岸信介でした。ロー ダニエルの『竹島密約』という本には「結局、岸の決断で、日本政府は久保田発言の取り消しを認め、韓国に対する請求権を放棄するという前提で、両国が抑留していた漁師と密入国者を釈放するという合意にいたった」と書かれてあります。

これ以後、韓国に対して融和的な政策がとられていくことになります。

安倍総理の靖国参拝は岸の引いた路線に引導を渡す結果となったのです。

それにしても不思議なのは、明治維新から対韓国政策に密接に関わってきたのは長州出身者で安倍総理もその例外では無いということです。
アメリカの保守系評論家、パトリック・ブキャナンが「新孤立主義」について書いています。

それはウォルター・リップマンが指摘したように「馬鹿げたグローバリズム」の反動から起こったもので、1964年以来つまりベトナム戦争敗北から初めての現象だとして次のように続けています。

「新しいPewの世論調査によれば、52%のアメリカ人はアメリカは自分のことだけに専念すべきで、他の国は自分の力でやっていくべきだと信じている。これについては38%の反対しかない。

またアメリカはもっと自国の問題に集中し、国際問題に関わる比重を下げるべきかと問われ、5:1の割合でそう考えている人が多かった」

アメリカの世論はかなり内向きになっていることがわかります。オバマ大統領もこのような世論があるからシリアなどの問題でも躊躇せざるをえなかったわけです。

アメリカ国民の過半数が内向きになっているので、これから大きな戦争は起こらないのでしょうか。以前から私が指摘しているイランとの戦争は妄想だったのでしょうか。

実はそんなに簡単なことではありません。

つい最近、アメリカの上院でイランに対する追加制裁の法案が提出されました。このことについてピーター ベイナートがこう書いています。

「一体全体なぜマルコ・ルビオやテッド・クルーズ達は大胆に同じ党の大統領に反旗を翻したのだろうか。なぜそんなに著名な民主党の上院議員が民主党系の外交戦略家達があざける法案を支持したのだろうか。それは草の根の民主党員は中東の問題に興味をなくしたが、AIPACは全然そうではないからだ」

AIPACとはイスラエルを擁護するロビー団体のことです。

つまりブキャナン氏が指摘したように、「新孤立主義」の影響でアメリカ国民は中東の問題に興味を失ったのですが、その間隙をついてイスラエル擁護の団体が票と資金で議員達を差配しているというわけです。

このようなアメリカ議会の構造が存在するのでイラン問題について私はなかなか楽観できません。

最後に保守系のパット・ブキャナンとオバマ大統領も、アメリカが新たな戦争を始めたくないことでは共通していますが、重大な違いがあります。

前に書いたように、オバマ大統領は日本を含めた世界各地の米軍基地を維持して「アメリカ帝国」を存続させたいというのが本音ですが、ブキャナンはそうではありません。彼は世界各地の米軍を引き揚げさせたいのです。

アメリカ国民がこれからも「新孤立主義」が示すようにどんどん「内向き」になっていくことは避けられません。そうなった時にアメリカは「帝国」を続けていくか「共和国」に戻るかの重大な岐路に立っています。

アメリカが「帝国」を続けるならば日米安全保障条約は続くと思われますが、「共和国」を選択すればそれは粉々に吹っ飛ぶことになるでしょう。
『共同通信』から。



米政府当局者は26日、安倍晋三首相の靖国神社参拝について、オバマ米政権が「中韓両国の反発を招き、大きな国際問題になる」として、外交ルートを通じて首相に参拝を控えるよう求めていたことを明らかにした。米側の意向が無視された格好で米政府声明も「遺憾」などではなく、より批判的なトーンの「失望」を選んだとしている。

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この報道が事実とすれば、なぜ安倍総理はオバマ政権の意向を無視しても大丈夫と思ったのでしょうか。少し後知恵になるかもしれませんが、この問題について考えてみます。



そもそもオバマ大統領の外交思想はどのようなものでしょうか。ハーバード大学のウォルト教授によれば現在のアメリカ外交を担っている思想はリベラル インターナショナリズムとネオコンの連合体だと書いています。ネオコンはイラク戦争の失敗でかなり評判を落としましたが、リベラル インターナショナリズム派は今も健在です。



そのリベラル インターナショナリズム派に属するイアン ブレマーという人が現在の日中関係について『日経ビジネスオンライン』で次のように語っています。



「日本はアジアにおける米国の最大の同盟国で、この点について疑いの余地はありません。しかし、中国を巡る日米の利害は実はかなり異なります。ですからバイデン副大統領は防空識別圏の撤回を求めなかったわけですし、米航空会社に中国に対し事前に飛行計画を提出すべきではない、とも言わなかった。」



このようにブレマーは尖閣を巡る日中の対立に巻き込まれたくないという感じがありありで、おそらくはオバマ大統領も同じように考えていると思われます。



ただ饒舌なブレマーがこの対談で語っていないことがあります。それは在日米軍基地のことです。



これまで日本が在日米軍基地を維持してきたのは、その代わりにアメリカが日本を守るということが日米安全保障条約の根幹でした。ところが尖閣問題で明らかになったことはアメリカが基地を置いているにも関わらず、戦うことを嫌がり始めたのです。



では、アメリカが日本の防衛は日本に任せるとしてその分米軍基地を減らしてくれるかというとそれも嫌なわけです。



つまりオバマ大統領の外交の本質は、「アメリカ帝国は維持したいが、戦うのは嫌だ」という誠に勝手なものなのです。



そこで今回の安倍総理の靖国参拝に戻ります。



安倍総理は靖国に参拝する直前に普天間基地の移設にめどをつけました。これによってアメリカ帝国を維持したいオバマ大統領の望みを安倍総理はかなえてあげたわけです。



オバマ大統領は普天間問題で迷走した鳩山総理に嫌悪感を抱いていたはずですから、それを手堅く達成した安倍政権をそんなに強く批判できるはずが無いとの予想があったかもしれません。



そして恐らくその予想は間違っていないでしょう。つまり今回の安倍総理は普天間移設と靖国参拝を交換したのです。

追伸

この文章を書いた後に『産経ニュース』に面白い記事が出ていました。重要部分を抜き出してみます。

「また、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で進展があり、『日米関係が底割れする懸念はなくなった』(同省幹部)。そうした情勢から、首相は関係各国との多少の緊張の高まりにも耐えられると判断し、国のリーダーとしての筋を通して参拝した。」

「同筋は嘆息する。沖縄県の仲井真弘多知事が普天間飛行場の移設先の辺野古埋め立てを承認したら、オバマ大統領から入る予定だったねぎらいの電話も吹っ飛ぶとみられる。」

本当に国際政治はマキャベリスティックですよね。