本田親雄 | 墓守たちが夢のあと

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墓所

 

側面に刻まれた碑文

 

 本田親雄は、幕末時の薩摩藩士で、京都留守居役兼横目を務めていた、文久2年(1862)に発生した寺田屋事件では負傷者の救護にあたっています。
 戊辰戦争では海・陸軍参謀を務め、維新後に元老院大書記官、元老院議官を歴任。明治20年(1887)に男爵となり明治23年(1890)から明治40年(1907)まで貴族院男爵議員として活動。
 その後、錦鶏間祗候等を経て、枢密顧問官に就任。明治42年(1909)3月1日に危篤となった際、正二位に叙し勲一等旭日大綬章を授与されますが、同日81歳の生涯を閉じています。


青山霊園1種イ1-4