今回、本来の目的は
神倉神社参拝だけでしたが
前日にライトワーカーをしてい友人に
神倉神社へ参拝に行くと伝えたら
花窟神社の事は知らなかったので調べた所
ここも必要な場所だなと感じて
今回、参拝することになりました。
鬼ヶ城からは七里御浜(しちりみはま)海岸沿いを
車で3.7キロぐらい走るとあります。
道の駅 「熊野・花の窟」の駐車場に車を停めて向かいます。
(三重県熊野市有馬町137)
この日は平日でしたが道の駅には
観光バスも停まっていて駐車場も満車でした。
道の駅の「お綱茶屋」を通り抜け
神社へ向かいますが
神様が人払いをして下さったのか
2~3人ぐらいしか居ませんでした。
私達の参拝が終わってから
団体さんがたくさん神社へも参拝に来ました。
花窟神社は日本最古の神社と言われています。
神代の昔より花を供えて祭るので
花乃窟と言うそうです。
参道を過ぎると可愛い手水舎があります。
手水舎の横には注連縄が掛かった丸い岩があります。
この岩は御神体の一部で
御神体の岩から落ちてきたと言われています。
岩をなでてから痛いところをなでると
痛みが取れると言われています。
丸い岩の隣には大きな木があります。
大きく枝が広がって
とてもエネルギー溢れる木でした。
全体が写せないのが残念!
狛犬さん達
門をくぐると
大きな岩が
高さ45mあるそうです。
御祭神
伊弉諾尊(イザナミノミコト)
イザナミノミコトを鎮めている場所
イザナミノミコトのお墓だそうです。
古事記
日本の国土ができると
伊邪那岐命(イザナギノミコト)と
伊邪那美命(イザナミノミコト)は多くの神様を生みました。
ところが最後に火の神さまを生むと
伊邪那美命は大火傷を負って亡くなってしまいました。
悲しさのあまり伊邪那岐命は
死者の国である黄泉の国へ
伊邪那美命を連れもどしに出かけていきました。
しかし、黄泉の国の
食事をしてしまった伊邪那美命は、
もうもとの国には帰れません。
伊邪那岐命が迎えにきたことを知った
伊邪那美命は、くれぐれも自分の姿を見ないよう
伊邪那岐命にいい残し、黄泉の国の神さまのもとへ
相談に行きました。
もうどれくらいたったことでしょう。
待ちきれなくなった伊邪那岐命
髪にさしていた櫛をとって火をともし、辺りを見回しました。
何としたことでしょう。
妻の姿が見るも恐ろしい姿となって
そこに横たわっているではありませんか。
あまりの恐ろしさに、伊邪那岐命は逃げ出してしまいました。
自分の姿を見られた伊邪那美命は
髪を振り乱してその後を追いかけました。
黄泉の国の入口まで逃げてきた伊邪那岐命は
大きな岩でその入口をふさいでしまいました。
伊邪那美命は自分を見ないでという
約束が破られたことを悔しがり
「あなたの国の人を一日千人殺してしまおう」といいました。
これに対し伊邪那岐命は
「それならば、私は一日に千五百人の人を生もう」と告げました。
それ以来、一日に多数の人が死に
より多くの人が生まれるようになったということです。
(神社本庁ホームページより転載)
この場所は黄泉の国の入り口
古事記を読むと
今にも恨みを持ったイザナミノミコトが
出てきそうな、おどろおどろしい場所の様で
10年ぐらい前に参拝に来た友人は
その時のこの場所のエネルギーが
どんより暗い気がしたと言っていました。
でも今日はとても明るい良いエネルギーを感じました。
参拝した時に
マゼンタ色で縁取られた扉が開き
暗い奥から光が差してきて
ゲートが開いた感じがしました。
これは益救神社で受け取った
「海獣の子供」からのメッセージと
繋がったと思いました。
死んで肉体が無くなっても
魂は常に死と生の世界を行き来している。
死と生の境界線などは無くて
宇宙は一つ繋がっている。
魂は永遠
なので、死の世界(黄泉の国)は
おどろおどろしい場所ではなくて・・・
よみがえりの場所だと思いました。
今はみんなの意識がどんどんと
変わって来てるんだと思いました。
肉体が無くなるのは怖くない
魂は永遠だから


必要な人に届きますように


御祭神
軻遇突智尊(カグツチノミコト)
イザナミノミコトが火の神であるカグツチノミコトを
産むときに大火傷を負って亡くなりました。
その母と子が向かい合わせで祀られています。
正面に見える穴は
ほと穴と言われて、高さ約6m 幅は2.5mあります。
岩のくぼみは女陰に見立てられ
神倉神社の御神体ゴトビキ岩と体を成すとされています。
今回、写真をうまく撮れなくて
写真ではよくわからないと思いますが
ぶら下がっている縄は
7本の縄で束ねられていて
イザナミノミコトが生んだ7つの自然神
火 土 水 風 海 木 草と言う意味で
幾何学模様の様な綱は
三貴神を意味する旗縄だそうです。
アマテラスオオミカミ
ツクヨミノミコト
スサノオノミコト
を表しています。
お縄掛け神事
毎年2月2日と10月2日に行われます。
神々に舞を奉納し
日本一長いともいわれている
約170メートルの大綱を
岩窟上45メートル程の高さの御神体から
境内南隅の松の御神木にわたします。
この「御綱掛け神事」は
太古の昔から行われており「
三重県無形文化指定」されています。
参道の途中にある稲荷大明神社へは
帰り道に寄らせていただきました。
手水舎
稲荷大明神社の奥には
黄金竜神社が鎮座していました。
御朱印を頂きました。