土佐屋
土佐屋見取り図
藍染めを営む土佐屋は間口四間半(約8.1メートル)奥行きは約三十間(約54メートル)余りの細長い敷地に建っています。母屋は安永9年(1780年)頃の建物と推定され、ドマミセの商家形式の町屋です。 かつてはドマミセに染壷が据えられ職人が生糸や布を染めていました。奥に入ると右手に通りドマがあり奥にはかまどがあります
左側にナカノマ、仏間、座敷が連なっています。
その奥が庭になり、さらに奥には昭和初期に建てられた離れ座敷があり、その奥には土蔵、さらに奥には明治末から大正初期に建てられたと言われる染工場が建っています。
土佐屋内部
ナカノマ、仏間、座敷と連なっています。
かまど
通りドマ上部
京町家では通り庭の上部の吹き抜け空間を火袋と呼んでいます。下のかまどで火を出したとき、火を上に逃して延焼を防ぐ役割もありました。
母屋二階
岩村本通りがよく見えます。
離れ座敷
昭和初期に建てられました。
渡り廊下
壁がベンガラ色と雅な感じです。
離れ一階
機織り機が二台、置いてありました。
離れ二階
昭和初期に建てられました。以前はこちらの方が生活の場だったのでしょう。
染工場と土蔵
染工場一階
染工場は敷地の一番奥に建っています。明治の終わりから大正に初めにかけて建てられました。
一階は1メートル余り掘られ、十一の染壷と、その中に火壷があります。火壷のなかで火をたき、周りの染料を暖めていました。
藍は水に不溶解性のため、染料を発酵させた発酵染めを行いました。日本で発酵染めは奈良時代から行われてきました。
まず蓼(たで)などの藍草を自然発酵させ、蒅(すくも)を作ります。それを臼で挽き丸めた物を藍玉といいます。
そして藍をたてる工程に移ります。藍をたてるには蒅を泥状にして甕に入れ、それに石灰、麩、木灰、冷水などを入れてよく攪拌し、火壷に火を入れ加熱すると徐々に発酵が始まります。表面に泡が現れると藍染めが出来る状態です。
そして糸や布を藍液に浸けて藍染めを行います。糸や布は甕から引き上げると最初は黄緑色ですが、空気に触れると酸化して、一瞬のうちに藍色に変わります。
藍染めをした布は消臭効果、細菌の増殖を抑制する効果、防虫効果などがあります。
染工場二階
二階は染色した糸を乾燥させる場所でした。