久しぶりです
すいません。
震災の恐ろしさや辛さを言葉で表すことは、ブログを書けば出来るのでしょうが、
やはり現地を、被災地そのものを見て、聞いて、自分の五感で感じてこなければ、
虚しい言葉の羅列になると思い、自分の中で整理ができるまではと、ブログの更新を
やめていました。
4月に初めて、宮城県を訪れて以来、幾度となく被災地でのボランティア活動に参加してきました。
最初の頃は、支援物資を積めるだけ積んで、知り合いの方に届けるだけしか出来ませんでした。
でも、被災地の状況や被災地の方々のお話をいろんな方々に伝えていくにつれ、多くの方と行動を
共に出来ました。
五月には、カレー学会のメンバーと私が所属している氷見ロータリーのメンバー総勢30人が、車中泊
の強行軍にもかかわらず、参加をいただき、被災地である宮城県亘理群山元町の避難所に、氷見カレー
の炊き出しをしていただきました。
4か所の避難所の300人の方々に、氷見カレーを届けることができ、多くの人に喜んでいただきました。
そして、牛勝さんから頂いた美味しい牛肉30キロを焼肉のトッピングとして、みなさんに食べて頂きました。
「震災以来の初めての肉の塊や」と、おかわり続出の大人気でした。
カレー学会の土居博会長をはじめメンバーのみなさん、氷見ロータリークラブに感謝いたします。
そして六月には、氷見ボランティア総合センターの山田所長、市民ボランティアのみなさんと一緒に、
岩手県陸前高田市での瓦礫の撤去などのボランティア活動に参加しました。
リアス式の海岸をもつ、陸前高田市はその被害も甚大であり、街そのものが壊滅している状況でした。
瓦礫の山々、重機が入れるところは重機に任せ、それ以外の場所は人力に頼るしかありません。
内陸まで押し流された船や網、漁具などが海岸周辺を埋め尽くしています。
畑を耕したくても、瓦礫に阻まれ断念していた農家の依頼で現地に入りました。
陸前高田市広田町御城林、ここが私たちの仕事場です。
警察が遺体捜索を続けている中作業をすすめます。みんなの力で漁船三隻を撤去し、三日間の作業で
多くの瓦礫撤去が出来ました。
横転していた小屋もみんなの力で元通りに 、 中に入っていた農器具も無事でした。
三日間の作業を通じて、地元の方から被災当時の様子や復興への期待、様々な感情を聞かせて頂き
ました。
御主人を津波でなくされたおばあちゃんに入れて頂いたお茶の味、カキの養殖の網が壊滅的な
被害を被り、向こう三年間全く生計の目処が立たないにも関わらず、明るく私たちと一緒に瓦礫を撤去して
くれた漁師のおじいちゃん。
どんなに困難でも、不可能でも、立ちあがって歩き出している。
そんなみなさんの優しさや力強さに、僕らが逆に勇気や元気をもらいました。
僕らのほうが「ありがとう」と言わなければ 本当にありがとうございました。
今まで見てきたこと、感じたことを、僕らより若い世代に伝えなければいけない。
テレビで見たり、活字で読むよりも、現地でより多くの事を自分の五感で感じて欲しい。
あのおばあちゃんやおじいちゃんから、人として大事ななにかを受け取ってほしい。
私が役員をしている氷見高校の生徒たちに、一緒に感じて欲しい。
そう思い、七月のある日、藤田校長に相談をしましたところ、藤田校長も同じ思いをお持ちでした。
いろいろありましたが、8月9日から11日まで、陸前高田市のボランティアセンターのお世話により
生徒たち21人が活動することになりました。
陸前高田市広田町大野海岸、ここに打ち上げられた流木や、家屋の残骸の撤去がこの日の作業となりました。
当日は全国的な猛暑の中、熱中症と怪我に注意をして4時間ほどの作業となりました。
同じ現場には、岩手県一関市中里中学の生徒たちもいて、一緒の活動となりました。
最後には、中学生から「サンキュー氷見高」のエールを頂き、氷見高校の生徒たちからも「がんばれ中里中」と
エールの交換をしました。
岩手では、高校生よりも若い中学生ですらボランティア活動をしていることに驚きと感動を覚えました。
作業終了後、避難所、兼仮設住宅がある広田小学校で、広田地区公民館の藤田さんから、当時の話を
聞かせて頂きました。
時折涙ぐむ藤田さんの話を聞き、生徒たちも目頭を熱くしていました。
「大したことは出来なかった」との生徒の言葉に、「君たちが来てくれたことだけで、嬉しいんだよ」と藤田さんが
おっしゃてくれました。
「復興までは遠い道のりだけれど、日本のみんなが私たち被災地を見ていてくれる、応援してくれる。それが一番の力なんです。」 藤田さんの言葉には計り知れない重さががあります。
「またきたい」「自分にできることをやらなければ」「氷見高校の一人でも多くの生徒に伝えたい」
生徒たちの言葉です。
一回だけではなく、継続して支援をしていくことが、復興に必要なことです。
ひとりでも多くの人たちに被災地での経験をしてもらいたいと思っています。
なぜなら一人の力は小さいけど、みんなの力を合わせればもっと大きなことができる。
わたしはそう信じて、これからもハンドルを握り東北に行きたいと思います。
長文にお付き合い頂きありがとうござうます。
みろくコンサート
2日26日の土曜日、氷見の民宿「こーざぶろー」で毎月行われている「ふぉーくコンサート」に飛び入り参加してきました。
私のHPにも書いてありますが、高校時代からフォークのバンド活動をしていました。
ひとつ氷見高校の後輩であるこーざぶろーさんから、一度見に来てとの話を頂いてお邪魔しました。
一月にも飛び入り参加したのですが、今回は当時のバンド仲間である新井君にも手伝ってもらい、二曲ほど披露しました。

| みろくの湯の宿 こーざぶろう | ||
| 〒935-0002 富山県氷見市阿尾6-1 | ||
TEL(0766)74-1144, FAX(0766)74-1480
|
また、今月も19日の土曜日にライブの予定ですので、お時間のある方は是非お立ち寄りください。
久しぶりのブログ更新です
ブログの更新を怠けていました。
インフルで体調を崩したのもありますが、子どもたちの進学やら受験やらでなかなか集中してパソコンの前に座る時間がなかったのも事実です。
娘の受験も終わり、東京の一人暮らしを始める準備を見ていると、うれしいような寂しいような気持ちになりますね。私の両親も、私が京都に行くときに同じ思いをしていたのでしょうね。親思う心に勝る親子心
とやらですね。
後は、下の息子の高校受験です。
私の母校である氷見高校を受験するのですが、なんと定員の160名にはるか及ばない受験志望者とは、複雑な気持ちです。
氷見市で唯一の高校を、受験志望者が溢れるくらいの魅力ある学校にしなくてはと、OBの一人として切実に思いました。
今年の4月で市P連の役員も、北部中学の役員も変わり直接PTA活動に係わる機会は少なくなりますが、新役員の方々と一緒に、氷見高校を盛り上げる事を考えていきます。
今度の6日、市市民会館で開かれる「よーしもっとクラシック」に市内の小中学生150人を市P連として引率します。本物の音楽に触れることで、子 どもたちの心に何か大事なものが残ることを祈っています。















