麦わら太鼓団 -2ページ目

明日の朝…。

明日は、ラジオの神様に会いにいってきます!
毎日放送ラジオ[ありがとう浜村淳です]に9:30~出演しますので、聞いておくれやす! そして、夜中はテレビ出てます。

人と云うもの…

10月7日に15周年のコンサートをやらせて頂きます。

やりだした頃は、自分の出来の悪さに加えて、思うように動かないメンバーに、途轍もないストレスを抱えていた頃もあった。

それが、今や先の先まで考え、行動してくれる…。

もちろん若さゆえの失敗や、勘違いなんかも時にはある。

でも、アタシがやってきた大失敗の数々に比べたら、何てことない…。

困った顔をつきあわせて、良いモノを創ろうとしている若いメンバーを眺めているのが、

途轍も無く楽しいのである。

OTAIKO響け2012・・・。

福井県織田町で行われている「OTAIKO響け21012」に出演させていただいた。

長年、町の人たちの手作りで、町を上げて行われているイベントである。

そこには、シンボルともいえる直径5尺(約1m50Cm)の大太鼓が有る。

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アタシも打たせて貰ったが、やはり、その大きさになると、たかだか人間が挑めるモノでは無いのだ

が、その存在は、その場にいる人全てを包み込むような大らかさを感じた。

開演中、雨に見舞われたりしたのだが、ここでも、アタシは力を発揮し、出番前には雨を上がらせてしまった・・・。

冗談で言っていたのだが、ホントに上がってしまって、一番驚いているのはアタシである・・・。

祭りは無事に終わり、皆で片付け・・・といっても、人力では無理である。

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本番もそうだが、設営や片付けを一緒にやることで、一気に距離感は縮まる。

そして、いつもの打ち上げ場面。

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翌朝起きると、OTAIKO座明神のメンバーさんは、早々と「全然寝てません・・・」と、最後の片付けをされていた・・・。


そして、皆で見送ってくれた。

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地域や、抱えるテーマ。 プロやアマなど関係無く、一生懸命やってる人たちとは息が合う。

また、必ず戻ってきます・・・この場所に。

ありがとう。


御挨拶・・・。

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謹啓
猛暑の候、皆様ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素はひとかたならぬ御贔屓を賜り、厚く御礼申し上げます。
 さて、皆様の御蔭を持ちまして倭太鼓飛龍は15周年を迎えます。
振り返れば、楽器も、仕事も人脈も、何も無い所からのスタートでした。
これまでに頂いた、一つ一つの御縁を重ねて参り、こうして15年を前に改めて、感謝の言葉しか出てまいりません。
たくさんのお客様、スタッフの皆さん、お弟子さん、そして倭太鼓飛龍のメンバーに囲まれ、今、心より幸せを噛み締めています。
そして、この節目に結成時より、私のもとで修行を重ねてまいりました堀江秀幸を倭太鼓飛龍の初代座長に就かせたく御報告申し上げます。10月7日シアターBRAVA!にて「一打祭」を開催いたし、その日を、皆様にお披露目の日と致しますので、ぜひ御来場賜りたくお願い申し上げます。

私のもとへ来た折は、若干中学三年生だった彼が、今や倭太鼓飛龍の看板プレイヤーに育ちました。私が引退するわけでは有りませんが、倭太鼓飛龍の更なる飛躍に伴い、やはり若く荒々しいまでのエネルギーが要求されます。
私共々、まだまだ若輩ではございますが、今後、倭太鼓飛龍の座長として更なる修行の道を歩ませ、共に精進して参りたく思っております。どうぞ御理解賜り、私同様、堀江秀幸をお引き立て賜りますよう伏してお願い申し上げます。

                                       謹白

倭太鼓飛龍 主宰 飛鳥峯英   




2012年10月7日の一打祭にて、倭太鼓飛龍の座長を勤めさせて頂く運びとなりました。
和太鼓と共に、舞台と共に、応援して頂ける全ての方々や、メンバー、そして、私の師匠である峯英と共に、本当に何も無いところから歩んできました倭太鼓飛龍の15年。
それは私にとって青春であり戦場であり、全てでした。
実は最初に師匠からこの話を頂いた時、私の返事は今とは真逆の答えでした。
この15年間、師匠を想い、師匠に憧れ、そして師匠に認められたいと思う一心で、誰より近くで峯英を見てきました。そんな中、峯英の舞台だけでなく生き様、師匠を尊敬するがあまり「この人と共にありたい」という想いが、次第に「自分の全てをもって、この人に挑みたい」と強く想うようになり、だからこそ用意された座布団に座るようで納得できず、そんな自分ではゼロからスタートした峯英には到底及ぶはずもないと、そう思っていました。
初めて私が峯英に出会った時の峯英の年齢に近づくにつれ、この話がなかったとしても当然色々なことを考えてきました。
そんな中、ふと思いました。

「...の、その先」

峯英が私に座長を任せるその先、
私が座長を務めるその先、
愛する倭太鼓飛龍のその先、

皆様のご期待をいい意味で裏切れますよう全力で勤めさせて頂く所存です。
何卒よろしくお願い致します。

倭太鼓飛龍 座長 堀江秀幸


桜島・・・。

8月1日、薩摩川内おどり太鼓さんの指導で、7:40分の伊丹発飛行機に乗るため空港に向かう。

気絶しそうな眠さを堪えて、チェックインを済まし、搭乗時間待ち・・・。

あいにく鹿児島は台風が接近していて、飛んでも戻る可能性アリ・・・と。

まぁ、それも仕方ないと待っていたらアナウンスが・・・。

「飛行機の整備不良のため飛べません・・・」と。

ガキの頃、してはいけない改造をバイクや車に施し、オデコに桜の紋章を掲げた制服の方に

「はいっ! 整備不良ね~・・・これは、走ってはいけないんだよ~」と、指導を頂いた事を思い出す。

急きょ、車で新大阪へ向かい、新幹線に飛び乗る・・・が、自由席しか空いていない・・・。

鹿児島まで4時間、座席が無いのは地獄である。

たまたま空いていた席に陣取るが、アタシは身体がデカイ! 拷問のようなシートに体を詰め込み

いざ鹿児島へ・・・。

有馬会長や、娘さんに暖かく迎えて頂き、楽しく稽古をする事が出来た。

そして、翌日・・・せっかくだからと桜島へ連れて行ってもらう。

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あいにく霧がかかっていたが、勇壮な山肌に背筋が伸びたのである。

そして、以前に長渕さんが行われたコンサート跡地へ向かう。

一晩75,000人のファンが集まったらしい。

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モニュメント前で

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素晴らしかった・・・。

途中、音は聞こえなかったが、明らかに噴火したと思われる灰が降ってきて、

車は灰色に・・・肌にピシピシと灰があたる・・・。

そして、目に入れば・・・痛い・・・。

そして、変な匂いがこびりつく・・・。

その後、アタシは鹿児島中央駅から新幹線で大阪に戻り、教室の指導をし、帝塚山まつりの会議

に御挨拶に伺い、自宅に戻ったのだが、大阪に戻ったアタシの身体は、

腐った船の底の臭いが漂っていた・・・。

田中さなえちゃん・・・。

先日、某企業さんの夏祭りイベントに呼んで頂いた。

広大な敷地(ゴルフ場かっ!って、突っ込みたくなるくらい)に、盆踊りの櫓を立てられたり、

別でイベントステージが有ったり・・・。

会社が主催され、社員さんや、そのご家族を招いてのイベントだったが、

1000人以上をもてなす食べ物や、飲み物・・・世の中不景気不景気と言いながら、

大切にする所は、大切にする・・・これは、とても大事やねんな・・・。

そして、MCでタレントの田中さなえちゃんに久しぶりに会った。

最初にご一緒したのは10年くらい前だろうか・・・お互いに覚えていないくらい・・・。

こうして、大阪を離れた場所で、会えるのも不思議なご縁である・・・。

彼女もアメブロをやっているので、ご紹介します!

http://ameblo.jp/sanamount/

独楽10周年・・・。

和楽器演奏集団 独楽さんが10周年を迎え、その記念コンサートに、アタシがゲストで招かれた。

代表の植木さん(以下、親しみを込めて、よーじ)は、鬼太鼓座で修行を重ね、独楽を立ち上げられた。

香川出身で、気持ちの優しい、良い男なのでプライベートでも仲良くして頂いている。

関西は、激戦区と言われる中で、10年積み重ねてくる大変さはアタシも良くわかっているだけに、

彼の記念の日に、少しでも役に立てればと思っている。

いつも、よーじを立てながら、共に舞台に立つ奥さんや、メンバーたちも気持ちの良い方ばかりである。

まだ、多少お席に余裕が有る様なので、ぜひ見に来てください!



http://www.wadaiko-hiryu.jp/live/live.html


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松村公彦ソロコンサート・・・。

14日、無事に・・・というか、大盛況で、和太鼓松村組 松村さんのソロコンサートが行われた。

アタシを含め、関西のグループのリーダー達が、松村さんの為に集まり、ご一緒させて頂いた。

きっかけは、以前の吹田コンサートのプロモーションでラジオに出た帰り、昼間から梅田で飲みなが

らの事である。

松村さんの「大勢で大太鼓打ちたいねん・・・」

自分の事では、中々言えないが、人様の事なら頑張れるアタシ・・・。

その場の酒の勢いで、電話しまくる。

元打打打団リーダー中橋君、たまたま日本に居た和太鼓倭のリーダー小川君、8月に10周年を迎える

和楽器演奏集団独楽の代表よーじ・・・。

皆が気持ちよく応じてくれた。

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どやさ?!?

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なかなか、この絵面は見れないと思う。


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この、あえて衣装を揃えることなく、それぞれの衣装で集まる事に面白さが有ると思う。


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そして、もう一人のゲスト、中西圭三さん。

突然のサプライズの申し入れにも快く応えてくれ、エンディングでハッピーバースデーを熱唱し

てくれたのである。

そして、ずっと、松村さんを支え続けてこられた奥様の初恵さん。


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素晴らしい打ち上げでの1シーンである。


本当に、充実感と達成感に満たされた一日であった。


おまけ・・・搬出しながらのクボジュン・・・お茶目な笑顔である。

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鶴になれなかった 耀ちゃん・・・。

出水高尾野へ、倭太鼓飛龍ご一行に、川原の兄弟が一緒に来てくれた。

この時期に鶴など居るはずも無く、記念写真を撮ったりしていたが、

たまたま来られた老夫婦が「あちらに一羽だけ居たよ・・・怪我して飛べないみたい・・・」と。

がぜんアタシたちは張り切った!

兄弟が、老夫婦に場所を訪ねてくれると「案内してあげる」との事。

喜び勇んで、鶴に向かって真っしぐら!!!



田んぼの真ん中に居たので有る。



遠目にも怪我をして毛が抜け落ちているのが分かる。



でも、そこに居てくれたことだけで感動なのである。


そして、我々に背を向けていた鶴に向かって耀平が熱唱しだした・・・。


「父ちゃん綺麗だなぁ~・・・15000羽のぉ~・・・鶴の群れたちがぁ~」


その時、背を向けていた鶴が、こちらを向いた!


そして、その光景に耀平は、撃沈し、ボロ泣きである・・・。


泣きながら熱唱する耀平・・・。


そして、感極まった耀平は、ズボンの裾をめくり、裸足になり、鶴に向かって走っていった・・・。


怪我をしていたはずの鶴が、大慌てで逃げていった・・・。



鶴になれなかった耀ちゃんの話である。


鶴になったようちゃん・・・。

6月22日鹿児島県 阿久根市で行われた「双月の宴」初日。

こんな豪華な顔ぶれでスタート♪

薩摩剣士隼人・・・御当地ヒーローで子供たちに大人気。独自の発音が有るのだが、文章で表せないもどかしさ・・・。

薩摩川内おどり太鼓・・・アタシと同じように舞踊家の有馬ルミ子先生が創られたグループ。 やはり、踊りをふんだんに取り入れた作品は、圧巻であった・・・。

火の神乙女太鼓 爽・・・平田さん率いるグループ。物腰穏やかな平田さんが「基礎ばかりやっててねぇ~・・・」と、謙遜して話されていたが、改めて基礎の大切さを感じられる素晴らしいグループである。

鹿児島毘沙門太鼓響流・・・マッキー率いる今回の主催団体である。「峯英さん・・・今日は、少しだけ飲みに行きましょか・・・!」と、6軒ハシゴする豪傑である。

野武士・・・ご存知、福岡爆裂男気集団である。 アタシの大切な兄弟分 川原が大将を努めています。

アタシは、団体行動が出来ないので、組合とか、協会とか苦手であったが、九州太鼓連盟の皆さんの

結束の強さ、思いやり、暖かさ・・・心から感動を覚えたのである。


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皆が手分けして、会場の設営や、バックヤードのお世話など、何から何までお世話になりました。

そして、阿久根から、福岡に向かう道中の・・・誠。

最近、一番嫌いな誠の、この表情・・・。

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イラッとする一瞬である。


そして、長渕ファンなら、絶対に知っている「国道3号線を飛ばし、東シナ海を左に見て・・・」

ご存知、「鶴になった父ちゃん」の舞台である出水高尾野に向かった・・・。

そこで、うちの自称長渕剛である及川耀平が舞い上がった・・・「鶴になった、ようちゃん」である。

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この物語は続く・・・。