ハチヨの七転びハチ起き人生

 

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なんつーか私ひとり振り回され

母の歩行器のお試し期限が来て、正式レンタル契約に呼ばれて行った。


レンタルひとつ決めるにもいちいち関係者会議が開かれる。

母を交えて総勢5人でミーティング。


そこで母が、食事がまずいだの、伯母(母の姉)が(目が見えないのにひとりで食べさせられて)かわいそうだのと涙ポロポロこぼして少女のように泣き出し、

施設長が優しく説得に時間をかけ、なんとかなだめたが、、、


悲劇のヒロイン病メソメソ症候群優しさ勘違いが部屋に戻っても延々続き、ウザいので買い物に出た。


で、1時間後、買い出し物届けに再訪したら、なにやらアハハオホホと笑い声が、、、爆笑飛び出すハートキャッキャ


近所の友達おばさまがふたり遊びに来てて、

お茶っこパーリーでいぎなり盛り上がっていた音譜クラッカー


さっきのどんよりジメジメモードはなんだったんだよ


気のせいかな、私ひとりが悩み振り回されてる感,,,絶望


母のこの能天気ぶりに、いまだに慣れないあたしもどーなのドクロ


私の負担は減らない

母が施設に入ったら、私は楽になるだろうと思っていた。

 

安全面では心配が無くなり、社交的な母はヘルパーさんや他の入居者とも話が出来て問題無い。

週一のデイサービスには楽しんで通っているし、

施設内のお習字教室にも参加している。

自宅にいた時よりも生き生きしてるし歩き方もしっかりしてきた。

 

だがしかし、食堂の食事が美味しくなくて見るのもいやだとメソメソ泣くのだ。

たしかに、ここの食事は評判が悪いらしい真顔

 

部屋にはミニキッチンがあり、冷蔵庫もレンジもトースターも用意した。

が、自分で作る工夫も気力も衰えた。

 

私も自分のことで精一杯、今のところ毎日通って買い物や話相手にはなっているが、

毎食の世話までは出来かねる。


私の負担が減らなければ、施設に入ってもらった意味が無いネガティブ

 

そこで冷凍宅配弁当を注文中。

夜だけは、コミュニティの場を兼ねて食堂利用してもらい、朝と昼は自力で食べてくれるよう。

もし、これもまずいと言われたら、どうすればいいのだろう、、、

 

伯母は、ほとんど歯が無いから柔らかい特別食で、これまた不味くてたまらんみたいだが、

諦めの境地で食堂に連れて行かれる。

それを見て母がまた「かわいそうだ」と言って泣くあせる

 

年寄りにとって唯一の楽しみである食事を、どうかお願い美味しいと言わせてはくれまいか

 

パーここのは美味しいよ!とおすすめの冷凍宅配弁当ご存知でしたら教えてくださいパー

 

幸子の部屋

 

病み上がり第一弾 東松島ロックフェス

ブルーインパルスの訓練飛行を見学出来る『道の駅東松島』にて、

ロックオン東松島という野外フェスに出ますた音譜

 

脳梗塞復帰第一弾ということで、ヘドバンはほどほどに

足はふらつきましたが、楽しく演れた。

 

福島県白河市在住の親戚ACOあこ(長年会っていないがSNSで繋がっていた)が、

地元のジャズクラブで歌っていることを初めて知ったのだが、

連休中観光がてらファミリーでフェスを見に来るというので、

なんならついでに歌っていきなよ~と

飛び入り参加してもらった。

 

フェス前日に2時間音合わせして、本番は見事な歌いっぷりと

ステージ慣れしたパフォーマンスで客席をノセてくれました飛び出すハートアップ

ありがとう~ビックリマークキスマーク

 

いや~やっぱ楽しいね音楽て爆  笑音譜

左腕は問題なく弾けてますグッ

 

台風接近中で雨が心配だったけど、終始降らずに済んで助かった。

あたし晴れ女なんでウインク

 


ロックオン東松島ダイジェスト版

https://youtu.be/RKZyj5Drvw0

 

 

母幸子のサ高住生活

入居から10日。
毎日通って2~3時間、母の話し相手になっている。
きのうは、雨上がりに近くのスーパーへ散歩がてらの買い物に。
 
レンタルの歩行器はすごい!スイスイ歩けているし、買い物かごも載せられるので最高キラキラ
久々の外出に幸子もウキウキウインク
 
幸子は施設内で瞬く間に噂の的になってしまった。
姉妹で入居という珍しさもあるが、幸子の部屋がとてもきれいだと
ヘルパーさんたちや訪問看護師さんの間ですこぶる評判が良い。
 
実家が徒歩圏内だから、必要最小限のものだけを持ってこれること、
季節ごとの服や寝具類も都度入れ替えられるし、
極力新しいものを増やさず、シンプルなレイアウトで居心地は抜群だ。
 
同じ間取りなのに、伯母の部屋はごちゃごちゃしている。
もう必要のないテレビや家具類は、撤去しようとすると拒否され、
無用の長物と化してギューギュー置かれ、本人はその隙間に縮こまって擬態している。
 
母が介護認定を受けたタイミングで、奇跡的にひと部屋が空いていたこと、
神さま仏さまに改めて感謝しまくりの毎日だ。
 
幸子は、週一のデイサービスも気に入って楽しんでいる。
実家に居たときよりも、アクティブな暮らしになった。
ただひとつ、施設の食事が美味しくないと嘆く。
たしかに、私も退院後は塩分控えめで柔らかい冷凍宅配弁当を食べ始めたが、
飽きてきてもうやめようと思う。
年寄り向きのメニューもこんな感じだろう。
 
だから、たこやきと弁当と和菓子やらを買って、ふたりで部屋で思い切り食べた。
体に良くないものはやっぱり美味しいなぁぁぁちゅー
(なぜか幸子はヤンキー座りでたこ焼き頬張る笑)
 
買い食い女子の密かな楽しみ、チートディをつくろうアップ
 
 

仙台幸子の姉が100歳に

施設に入居の伯母がきょう100歳の誕生日を迎えた。

 

そしてその妹の幸子(母)が、3日前に同施設へ入居した。

 

要介護2の認定を受けた母に、安全に安心して暮らしてもらうため、

入ってもらうならここと決めていた、近所のサ高住。

 

私が10年間伯母の世話で通って見てきたから、スタッフも設備も間違いのない施設。

 

入居準備と私の脳梗塞入院が重なって、すったもんだのバッタバタな日々だったが、

無事に事が運んで一安心だ。

 

運よくたまたま、一部屋空いたのも奇跡に近い。しかも静かで景色もよく日当たりも悪くない。

私も住みたいくらいで、毎日顔を出している。

 

で、きょう思わぬ出来事が、、、

 

伯母の担当ヘルパーさんが、伯母の部屋にあった幸子グッズを見てピンときたらしく

母が仙台幸子だということがバレたびっくり

 

もう20年も前のことなのに、

『あ、あのぉ、もしかして仙台幸子さんですか?』

『あ、はい、そうですよ?』

『きゃー爆  笑』

 

ヘルパーさん興奮していたらしい。

幸子もびっくり爆笑

 

それ以上広がることはないと思うが、、、

 

幸子がこの施設を気に入ってくれたこと、

デイサービスにも楽しく通ってくれてること、

歩行器でスイスイ歩けるようになったこと、

実家に居るときよりも、私との会話がはずんでること、

 

とても良い流れだ飛び出すハート

 

 
おはぎとフルーツでお祝いしたよ音譜
 

おはぎ大好き飛び出すハート
 

100歳と93歳の姉妹

 

 

粛々と断捨離中〜バイカー編

退院後は、また断捨離熱が高まってんだけど、

何から手を付けようか、、、

押し入れ奥に鎮座する写真の山に目がいった。

 

えぇ、何回目でしょうかね、、、たぶん4回目くらい。

デジタル化以前の、紙媒体のプリントが、まだしこたまあるんですよ。

 

何度か整理して大量に破棄したんですけど、

フォトグラファー時代に、アフォみたいに撮ったやつ、厳選したのにまだまだあって。

 

人生のシーンごとに、記憶の断片をカタチに残すがごとく、撮りためていったのね。

 

作品はね、選別しやすいの。

でも"思い出"の写真は、なかなか捨てられなくて、困ったもんだ。

 

でも、とりあえずきょうは、バイカー時代のプリントを1.2kg破棄した。

 

30年間のバイク人生のうち、10年はハーレー乗りを被写体に撮り続けた。

行く先々(北海道メインに全国)で出会った旅人たちはすごい人数にのぼる。

ひとりひとり覚えている。

 

そんな中で、若くして亡くなった仲間が5人ほどいる。

 

写真の中では皆楽しそうに笑っている。

本当にあの頃は毎日がおもしろかったね。

北の短い夏を、ただひたすら走って、目的地で会って、飲んで笑ってテントで寝て起きて荷物積んで、また走る。

 

来年もここで会おうね!と、毎年里帰りの幼なじみみたいになってた。

 

天国でもハーレーに乗ってんのかな。

君らの写真は捨てないよ。

 

デジタルは画期的な発明だけれど、紙で残る写真プリントは、なんだかいいね。

素敵な記憶が、手に掴んで蘇る。

 

記録(思い出)写真なんて、自分が死んだら何の価値も無くなるわけだが、、、

生きてる間は持っててもいいかな、にしても多すぎるってばさ💦

 
 
 出会った中で一番ファンキーだった三人組
 
美瑛のライダーハウス蜂の宿 
 
 あたし  蜂の宿を出発するとき
撮る側だから、自分の写真はあまり無い
 
 蜂の宿の常連が、毎年ここを起点に道内へ散っていく。
私も、北に上陸したらまずはここへ落ち着いた。
 
 もうイヤになるほどキャンプした。
 
 出会った中で一番おもしろい人。
私を"バンビ"と呼んでいた。
巨大な荷物のてっぺんにいつもバナナを一房挟んであって、あちこちのミーティングで会うたびに「おぅバンビ!食うか?🍌」と差し出された。
天国でもバナナ積んで走ってるだろうか、、

 

リハビリに楽器はサイコー♪

リハビリ兼ねて、来月のライブの音合わせに

リードギターとふたりでスタジオ入りした。

 

念のためずっとイスに座って弾いたけど、やっぱりすごく楽しいな音楽って。

 

頭の中は、奏でる音の波間にゆらゆら揺れて漂う感覚。

気持ちいい以外にない。

 

左手の感覚を失った時は、もうギターが弾けないかもと思ったけど、

絶望感はさほどでも無かった。

それは、もう充分楽しんだと思えたから。

老後の趣味にバンドやろう!って募った仲間と、2年半、

ライブ三昧の日々を送ってきて満足。

 

コンスタントに出演してるチームは、全員人柄もテクも申し分の無いメンバーに恵まれた。

 

左手復活して、あともう少し演れるかな、ワクワク💞

 

私にとっては、車の運転ができなくなる方が絶望。

もしも右手(利き手)が不自由になったら、おひとり様にはキツイ。

 

老いてからの"やりたいこと"に、"きっといつか"は来ないかもしれない。

 

この歳になって、自分は習うことが好きなのだとわかった。

プロの教えを吸収するのが心地よい、そして少しづつ上達するたび褒められるのが超嬉しい。

 

もう一度ドラム習いたい。

 

新曲の練習とセトリの構築
オープニングは、ヘドバンはできないけど、
デスメタルギターソロからの”帰ってこいよメタルバージョン”

 

 

守護霊さまに見守られてる

減塩食は、それほど気にならない。

朝食1g、昼夜で2gづつでやっていけそう。

練り物は一度茹でて塩抜きしたり、

調味料はごま油や減塩醤油、マヨネーズなどで対応できるし、あんまし悩まなくて良さげ。

入院中からの清い食事のおかげで2kg体重減。


退院してからは、のんびり断捨離を進めている。

入院前のことを振り返ると、

"ゴミを出しておいて良かった"

"洗濯物干してなくて良かった"

"冷蔵庫満杯でなくて良かった"

"猫トイレ補充した直後で良かった"

"猫の特別療養食届いてて良かった"

"腰痛を完治させておいて良かった"

"左腕麻痺だけで良かった"

"お隣が猫友さんで良かった"

"母の施設入居が進んでる途中で良かった"

"発症が家の中で、朝で良かった本当に"


今回、絶妙なタイミングで不幸中の幸いが重なった。

ご先祖さまのどなたか存じ上げませんが、目に見えない不思議な力が働いたことはヒシヒシ感じている、感謝します🙇


やることを後回しにしない、丁寧な?暮らしを心がけ、いろんな方面でさらなる断捨離に突入💪


七丁目の夕日
きのうは少し散歩してみた



減塩スタート


早速きのうから、1日塩分5グラム以内の食生活へ。

スーパー行って、食品の裏ひっくり返し塩分量凝視。


塩分ゼロって、ヨーグルトかフルーツか生野菜しかなくない?

意識しないで買って調理したら、軽く5グラムいっちゃうよ?


今まで買いまくってた弁当や惣菜をチェックしたら恐ろしくなった。

お菓子も買う気失せた。


病院食みたいの作ってみたけど地味やな〜😮‍💨

例えばちくわって予想以上に塩分多い。これを輪切りにして野菜やビーンズと混ぜてサラダにして、ドレッシングかけたらアウトだ。

オリーブオイルだけで充分。みたいな🤔


他にも、美味しくしようとすればどんどん塩まみれ。

これじゃ身体壊すわけよ。


で、1日目でもう挫折しそう😩

ネットで減塩弁当冷凍宅配検索しまくりの、魚メインが選べるやつ注文してみた。

1食2グラム以内。あとは朝と昼で調整すればなんとかなるかな。


悲しいかな、外食はヤバいから極力避けなくちゃ🫩


世の中の食品一般、外食産業は、減塩とは程遠いこと実感。


お菓子を控えよう(やめたくない🥲)と思うだけでも進化かな。


最後の病院食
はんぺん美味しかった。たぶんダシのみで調味料無し、充分イケた。

⑨脳梗塞で緊急入院


10時に退院。

2日半快適に過ごした個室をあとに、初めてひとりで1階に降りた。

日曜なので院内は閑散として、会計スムーズ。

タクシーで帰宅。


玄関を開けると、ニャーンというかわいい声でチャー様が出迎えてくれた😭💞

いつものように赤ちゃん抱っこしてなでなでギュ~して見つめ合う🥹

あぁ、幸せ


シャワーで6日分の垢落とし、入院バッグの整理、洗濯、パソコンチェック、保険請求etc


夕方お隣の猫友さんが高3の娘ちゃんと一緒に訪ねてくれた。

ふたりで1日2回チャーの世話だけでなく、部屋の不具合ヶ所直してくれたり、帰宅直前に窓開けておいてくれたり、、、


娘ほどの年齢差なのに「お母さん🥹」と呼びたくなるほどの存在感でもって世話になった。

娘ちゃんはここに越してきた時、まだ赤ちゃんだった。その子が来年就職だっつーからたまげるね。


お隣さんとは猫が繋げてくれた絆だ。


インスタのストーリーズを見てくれてた友人たちからも「ゆっくり休んで」と言ってもらうが、片付けたいことが山だ。

りすシステムの覚書を訂正や遺言書作成など。


おひとり様の人生を選んだからには、最後まで自由と自己責任を抱えて備えていく。


シャバに出た瞬間
空港が近いから、病室からも飛行機を眺めていた


おりこうさんで留守番してくれたチャー様😸

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