震災・津波・原発事故など、極限状態に追い込まれながらも、取り乱すことなく皆んなで協力し合う日本人の姿は、世界を感動させました。
これは、同じ日本人としてとても誇らしいことでもあります。
しかし、物事は何でも陰陽二つの側面を持っています。
私たちはどうしても「いい所」ばかりに光を当て、闇の部分にはフタをして見なくて済むよう、無かったことにしたがります。
しかし、極限的ストレス状態におかれた被災地の現場では、そんなにキレイ事だけで済まされるような状況ではなかったようです。
目の前で家も家族も友達も津波に飲み込まれ、その叫び声がいつまでも耳に残ったり、浜には亡くなった人達の遺体が打ち上げられ、その中に自分の家族の姿を見つけたり…。
そのようなことが続くと、私たちの感覚センサーは次第に麻痺してきます。
そうなると、何も感じられなくなり、だからこそ、もっと強い刺激を求め、強い刺激を受けることで益々感覚が麻痺していく…。
そんな中で、被災地では、救援物資の列に大人が割り込んだり、
影で子ども達やボランティアできた女性にいたずらをしたり…
そんなことがあったとしても、その現場にいない私たちが裁くことができるでしょうか?
また、同じような状況に置かれた時、「自分だけはそんなことは決してしない!」と果たして言い切れるでしょうか?
そんな中、立ち上がったのが「マブリットキバ」でした!
そして、割り込んでいる大人の元に行って
「こら! お前割り込んだな! そのようなことは、このマブリットキバが許さんぞ!」
もし、同じ人間が言ったならば
「俺だって腹が減って死にそうなんだ!
そんなことキレイ事言ってられるか!」
と反撃してきたかもしれません。
そうなると、同じ人間の畠山さんとしては、その人の気持ちも分かるが故に、それ以上突っ込むことが出来なかったことでしょう。
しかし、畠山さんは、マブリットキバのコスチュームと仮面を付けることで、人間を超越した存在として身を置く事ができました。
それによって、相手も我に返って、素直に自分の過ちを認めてくれたのです。
いたずらをされた女性も、普通なら誰にも言えず泣き寝入りで終わってしまい、いつまでもその傷を引き摺ることになっていたかもしれません。
しかし、マブリットキバが懲らしめてくれたお陰で、
そのことは過去のこととして終わらせ、今を生きることができるようになったのです。
どんなに素晴らしい事、理にかなったことだとしても
同じ人間同士の言葉だと、どうしても反発したくなることがあるものです。
しかし、人間でない存在から
「人間として何が大切なのか」を説かれると、
素直に耳を傾けられたりするものです。
私は、このことを「目覚めのアニメ」を通じて感じました。
震災・津波で愛する人達を亡くした事は、とっても辛く悲しいことだと思います。
肉体を持った人間としての視点では、それは当然のことであり、その感覚感情を味わう為にこの肉体があるともいえます。
だからこそ、無感覚・麻痺させるのではなく、その感情を十分味わい切る事で、下がった波が上がって行くように、感情を切り替え、破壊のエネルギーを創造のエネルギーにシフトさせて行く事ができます。
だからこそ、起きた事を祝福していく視点が必要になってきます。
こども達は、このことに気づき始めているのではないでしょうか?
「被災地 山田町復興物語1」でも書きましたが、
「子ども支援ボランティア」から言われた「過去の山田町の再現」に反発した子ども達は、マブリッドキバの元を訪れました。
そして、「どうせ創るなら、未来に自分達で本当に創り出したい町にしたい! そして、私たちに勇気をくれたAKB48グループメンバーとの絆を形に残せるようにとジオラマの中にAKB48のお店やステージを作成したのです。
私は、これだけの試練を体験し乗り越えた東日本の子ども達の中にこそ、次の時代を担うリーダーが現れると確信しています。
そして、その子達によって東日本の大人たちが目覚め、
東日本の人達によって、西日本、そして日本全体が目覚めて行く。
そして、日本人が本来の日本人精神・武士道精神
を取り戻した時、
世界全体が目覚め、新しい人類の進化が始まる…。
と本気で思っています。
私は、山田町を訪れ、この子ども達が自ら創ったジオラマ、そして「正義の味方」でも「悪の味方」でもなく
子ども達を守るヒーロー「マブリットキバ」の存在をする事で、
「行ける!」と思いました。



