「いやぁ、ホームページを出しても、一件も問い合わせがないんですよ」

 

何が問題であるかは、会社のホームページはこうあるべきという既成概念にとらわれて、本質が見えない。

 

なぜ、このホームページは問い合わせがないのか?

 

答えは簡単である。

 

ホームページのすぐ目につくところに、電話番号が載っていないから。

 

クリックして、クリックして、探して、やっと会社概要のところに小さくあるだけだからです。

 

「あっ。そうですね。気がつきませんでした・・・。でも、メールの問い合わせは左からできるようにしてあるんですよ。」

 

なぜ、ホームページを見た人は、メールで問い合わせしなければならないのか? 

 

電話でもいいのではないのか。

 

「会社概要まで入ってもらって、一番下のほうに載せてはいるんですが」

 

ホームページ訪問者に、電話番号を自分で探してかけて来てとなっていて、問い合わせが少ないと不満なのである。

 

しかし、ほとんどのホームページはこのような出し手の自己満足、訪問者のことを考えていない作りになっている。

 

ホームページ作成会社のほとんどは、技術志向、かっこいいデザイン志向で、売るためにはどうしたらよいのか、

 

問い合わせを増やすためにはどうしたらよいか、

 

ビジネスにつなげるためにはどうしたらよいのかという、商売感覚や経営者感覚でホームページを作っていない。

 

ホームページを作品と呼ぶ作成会社もあるようだが、芸術のように見た人を心地よくさせればいいのではない。

 

いいホームページとは、売上につながるホームページである。

 

見栄えのいいホームページがいいホームページではない。

 

インターネットやホームページは特別なものではない。

 

ビジネス、商売のひとつの道具に過ぎないのだ。

 

ホームページで一番大切なのは技術ではない。商売やビジネスの感覚である。

 

売れているホームページは、インターネットだからといって高度な技術や、特別な機能を使っているわけではない。

 

インターネット上だからといって、商売であることには変わりはない。

 

パソコンやインターネットに詳しい人が運営しているホームページの99,2%は赤字である。

 

お金をかけた、かっこいいホームページがまったく売れてはいない。

 

ショップ1年後に残っている割合は74%しかありません。

 

実に、26%のショップが1年以内に廃業しています。

 

起業してから5年以内に倒産する確率は90%だと言われる。

 

100人が起業すると10年後まで生き延びる人はわずか4人です。

 

起業独立した100人のうち96人は継続的な利益の創出ができずにビジネスに失敗している。

 

計画を考えず、すぐに安易に「儲かる商品」を探しますが、世の中には「儲かる商品」はありません。

 

世の中には「儲かる商品」ではなく儲かる方法と儲かる考え方があるだけです。だから、同じ商品を扱っても、儲かる人と、儲からない人が出てくる。

 

インターネット・ホームページは、いやIT業界は、「最新技術」だと言うが。

 

ITなんて、たかがビジネス、商売を反映させるひとつの道具に過ぎないのだ。

 

ITを導入したから、売上が伸びるわけではない。

 

インターネット・ホームページを使えば儲かるわけではない。

 

根本的には商売である。使い方、やり方、具体策の実行がカギを握るのである。

 

売上を伸ばすには実際の店舗に見たてて、いいお店を作ればよい。いいお店であれば商売繁盛。悪いお店は潰れる。

 

インターネットだからといって、特別難しく考える必要はまったくない。

 

お客さんにとっていい店・いい会社をインターネット上に作ればいい。

 

来社したお客さんに、突然社長が、長々挨拶したり、聞いてもいない自社の歩みを、最初に語り出す会社があるだろうか?

 

ホームページは、電子会社概要ではない。

 

商談するオフィスそのものである。また、商品が並べられている電子カタログでもない。

 

相手の知りたいことをフォローしてくれる、気の利いた店員のいるお店そのものなのだ。

 

売れる売れない以前に、間違っている人が非常に多いことがある。

 

前提として、インターネットで販売するということは、インターネット上でカタログ販売することではない。

 

インターネット上でお店を開くことである。

 

経営者自身がホームページをカタログと考えるか、お店と考えるかで売れる売れないが決まる。

 

実際に考えてみると、商売の基本はいい接客である。

 

どんなに立地条件が良くても、いい商品があっても、接客が悪ければ、売り上げは上がらない。

 

では接客とは何か? 

 

商品説明がうまいことではない。

 

「お客さんに対して、気が利くこと」がいい接客の一番重要な要素だ。

 

例えば、風邪をひいて薬局へ行った際に、あなたが「風なのですが・・・」と店員のAさんに話しかけたとする。

 

「風邪薬は、ルルとパブロンと葛根湯があります。ルルとパブロンは非ピリン系の薬です。葛根湯は漢方です。

 

それぞれ一箱の量と金額は・・・。どれがいいですか?」という受け答えをされた。

 

このAさんの接客をいい接客だと思う人はいないであろう。

 

接客のうまい店員のBさんは、「熱はありますか? のどですか? 鼻水ですか?」や「ひき始めですか?」などを聞き、

 

さらに服装から判断しスーツを着ているのであれば「お仕事の途中でしたら、眠くなる成分が少なく配合されているこの薬がいいですよ。鼻風邪にききますよ」という接客をした。

 

果たしてあなたはどちらの薬局で買うだろうか?

 

Aさんの接客は、ただの商品説明であり、カタログに載っているような性能や分量、金額を伝えるだけである。

 

商品の押しつけともいえる。

 

対して、Bさんは風邪薬を売るのではなく、風邪を治すお手伝いを売っているのだ。

 

しかし、インターネットの世界になるとホームページで商品の性能、分量、価格だけを羅列している会社がほとんどである。

 

ホームページというお店に入ってきた人は、それを買うことによって自分にどんないいことがあるか、

 

それを使うことによって結果どのようなことができるのかを詳しく知りたいのであって、

 

商品の押し売りをされたいのではない。

 

せっかくホームページに入ってきても、顧客は逃げてしまうのである。

 

売る側の視点で商品だけをくどくど説明してもダメ。

 

買う側の視点で接客していこう。

 

ニーズを持った人がたまたまお店に入ってきてくれたならば、そのニーズを満たす接客をし、そのための解決策として商品を知ってもらうことにより、結果購入に結びつくのである。

 

売り手の自己満足・商品の押し売り型から、訪問者の興味のあることから結果買いたくなる接客展開型へ

 

具体的には、商品のことばかりで書く、売り手中心の書き方から、ホームページ訪問者の興味のあることが商品によって解決できることにつなげる接客・展開にすることである。

 

訪問者・購入者にとっては、今、自分が抱えている欲望や問題が解決できるかどうかだけが重要だ。

 

売り手は商品の特性を押しつけがましくアピールするが、ホームページに訪問した人は自分の欲望、問題を満たしてくれるのか、解決してくれるのかに確信が持てて、結果として商品を買うかという心境になる。

 

もうひとつ、売れないホームページが大間違いをしている悪い接客の例がある。それはトップページに表紙を使用していることだ。

 

表紙とは会社のロゴをデカデカと載せ、イメージ写真と各ページへのリンクを張ってあるページのこと。

 

目的が売ることではなく、ただのイメージアップの為であればいい。

 

大企業のCMのように、ただ知ってもらうだけなら意味があるだろう。(現状の中小企業ではそのような余裕のあるところはあるのだろうか?)

 

しかし、インターネットで売上を上げたいのであれば、まったく意味がない。出しての自己満足である。

 

実際のお店で想像してみると、先ほどの薬局の例だと「風邪っぽいかな」と店内に入ろうとすると、入り口の前で看板をダカデカと見せられ足止めされる。

 

トップページに動画を載せたり、音楽が鳴ったりするのは、入り口前で店員の踊りを見せられることに等しい。

 

トップページに表紙を取ってしまい、一番知りたいと思われる情報がないのである。

 

訪問者の解決して欲しいこと、知りたいことをベースにもっと魅力的に表現すること。

 

購入にいたる心理は、実際にお店を見て歩く時もそうだが、まず欲しいという感情がうまれ、その後で信頼できる店か確認する。

 

会社のポリシーやショップのアピールを先に聞いてから、その中で買いたいものを無理して探す人はいないだろう。

 

買おうかな、取引しようかなと思ってから始めて、その会社やお店のことを知りたくなるのである。

 

売るということを考えた場合、接客が大切であるのは商売の常識である。

 

「ホームページはお店である」

「起業には、つよい興味がある。が、しかし今すぐやれるかと言われると自信がない。」

 

「いつか起業使用と思っていた。ただ、真剣に考えるきっかけがなかった。」

 

「将来にチャンスがあれば、と思っている。」

 

「もう既に起業しているが、もう一度土台を見直そうと思っていた。」

 

「起業してみようか、やめようか、正直迷っている。」

 

「すぐに」「かんたんに」「らくらく」起業できる! という本や情報がインターネット上にあふれています。

 

更に、「失敗しない起業法」なんていう本まであります。

 

最初に結論から言います。

 

「すぐ・かんたん・らくらく」で起業はできます。

 

しかし、その起業が成功するか、失敗におわるかは、別の話です。

 

「失敗しない起業法」なんてありません。

 

起業された方は、雇われている時より、熱心に、しかもトイレの中でも、お風呂の中でも、頭の中がいっぱいで、眠れぬ夜を過ごしながらどうやって、やっていこうかと知恵を絞っています。

 

それでも、現実は1年持たずに、廃業してしまう企業家・会社が多くあります。

 

安易で準備のない、突発的な起業はやめたほうがいいと思います。

 

起業するのなら、成功する確率を少しでも高くする「努力」と「準備」が必要です。

 

一時しのぎや、小手先の方法論があふれていますので、そう思われてもしょうがないでしょう。

 

しかし、本当のことなので「努力」と「準備」なき起業は、起業できてもすぐ立ち行かなくなる可能性が高いですよという話をします。

 

成功する起業ができるかどうかは、「運」「タイミング」「人との縁・巡り合わせ」はもちろんの事、強烈な願望と揺ぎ無い意志。

 

そして、①自分に必要な能力が身についているか、②起業前に考えるべき事を考えているか、という最低限度の「準備」や「仕込み」が最重要のポイントになります。

 

起業もビジネスも、「計画」通りは行きません。

 

綿密な「計画」を経てた方が成功するわけではありません。

 

しかし、ビジネスや商売を成長させていくには、「準備」や「仕込み」が必要不可欠です。

 

成功を持続する商売やビジネスは、表面にでてくる、儲かった、儲かった、という華やかな話の裏には、頭を使った、手間のかかる「準備」や「仕込み」が必ずあるものです。

 

人は学習する動物です。

 

子供の頃、TVをみていて、宿題をやりなさいとお母さんに怒られた時、「わかっているよ!今やろうと思っていたのに!」とこう言ってましたね。

 

実は、「わかっていた」のは本当ですが、「今から宿題をやろう」とは思っていなかったはずです。

 

夏休みの絵日記を、最終日までほったらかしにしていて、カレンダーを見ながらその日あったことと、お天気記号を思い出しながら無理やり仕上げたはずです。

 

「大切だ」「やろうと思っている」事は、このようにして先延ばしされてしまいます。

 

夏休みの絵日記のように、急に、つじつまをあわせて仕上げるほど、起業は簡単ではありません。

 

もし過去に、先延ばしして成し遂げられないことがあったなら、起業しようという思いだけは先延ばしすることなく、せめて準備だけでも早めに始められることをお勧めします。

 

心は鍛えたり強くすることはできない。

なぜかといえば科学的に心は存在しない。

便宜的に心と読んでいるだけで、心は情報処理現象のこと。

強化や鍛錬はできない。

では、心にネガティブが宿るのはどうしてなのか。

それは生物進化の中での生存技術。

同じ失敗を繰り返さないためのリスク回避の技術。

これが時々味わっている嫌な気持ちです。

嫌な気持ちの原因となる嫌な思い出は、脳に貯蔵されているのではない。

思い出には取り出し口、大脳辺縁系の海馬が思い出のノブ、その海馬を回して開ける手こそが偏桃体。

その手が慌てて強く引き出したりする、それが強く思い出される、それが情動を印象ずけていく。

偏桃体、海馬、それが前頭前野に送られと思い出にキャッチコピーをつけていく。

それが嫌な思い出になる。

大体付けられるキャッチコピーは決められています。

許せない、身震いがする、などそういうキャッチコピーがつけられて脳の中に記憶として貯められていく。

嫌な気持ちとして貯蔵されていく。

だから、それに類することにちょっとでも課すると嫌な気持ちが発生する。

たまに、なんでこんな嫌な気持ちを思い出しちゃったんだろうということはありますよね。

誰にであると思います。

原因がわからないけど、とにかく嫌な気持ちになる。

どうしてかというとちゃんと貯められている、思い出として嫌な気持ちが。

それに類することが起きるとリスク回避の技術ですから、何よりも理由とか横に置いといて、まず嫌な気持ちになる。

想うという気持ちの仕組みでありますが。

家に置いてある時計の文字盤、これを図に書きなさいと言いますと書けない。

知っているものは記憶に入らない。

海馬は失敗の記憶でノブが回され、偏桃体が恥をかいたと舌打ちすることによって側頭葉に投げ込まれる。

失敗の記憶こそが危機対応の知恵となる。

人は失敗駆動型によって生存技術を上げる。

システムの一つである。

人の記憶は過去の失敗の集まりである。

失敗のほうを記憶するようにできている。

だから気にするのはおやめなさい。

失敗や危機回避は反応が遅れると生命の危機に陥る。

偏桃体は海馬への情報を働きかけ、増幅して側頭葉に投げ込み、特に深刻化させて記憶させる。

これはこういうことである。

本を読んでいるとき、そのページを何度も何度も押し付けて開き、開き癖をつけることがある。

そうすると本を閉じた後にも、盛り上がるでしょう。

脳とはそういうことをする。

何回もその失敗のところを開いていると、そこのページが自動的に開くようになっちゃう。

これがマインドコントロールになる。

関連情報が入力されると、ついそのページを開いてしまう。

本を開こうとすると、押し付けたところに開き癖がついているので自然にパット開いてしまう。

これが自殺とか無力感を招く基になる。

側頭葉から視床下部へトラウマが進行すると、自律神経を乱し脳幹へ届くと、生命維持のための生命力そのものが低下してしまう。

失敗したことを思い出していると眠れなくなってしまう。

トラウマ、心理的な傷のことであります。

トラウマは自分では言えない。

自分ではそのことは言えないんだけども、とにかく嫌な気持ちでいっぱいになる。

子供の時、母親のしつけが厳しくトラウマになってというのは解決しています。

誤報として間違っています。

なんだかわからないけどそうしてしまうのがトラウマです。

原因が解っているのはトラウマではありません。

気になって気になったあなたの心理の中で嫌なということで、あなたを金縛りにしてしまうんだったら。

こういうことをしてください。

もし嫌な体験をしたとすれば、その嫌になれることです。

トラウマにしないたっめには、体験を繰り返すこと。

嫌に慣れることです。

偏桃体はノブを回す手です。

どのくらい強く回して、どのくらい急いで回すかを決める。

その最速の強さを記憶しています。

ですから偏桃体に何度も催促をする。

催促に慣れてくる。

そうするとトラウマではなくなる。

前頭前野にパターンを作らせない。

これが一つのやり方。

もう一つは。

嫌な思いを上から見下ろす。

上から目線で見下すこと。

嫌な思いが渦巻くとき、その場から離れて、別の場所、時間から眺めてみる。

ある不愉快の人から嫌な目に遭ったとする。

その不愉快な人の10年先をイメージする。

人に嫌な思いをさせる人に、明るい未来が待っているはずがない。

そんな風に考えるとだんだんその人から受けるトラウマも薄くなってくる。

慰めで言っているのではありません。

記憶とは機能脳科学的で側頭葉の情報のこと。

記憶力とは思い出を刻む力ではなく、思い出す、記憶を出す能力の差です。

記憶はワンセットで詰め込まれているのではありません。

砕けたステンドガラスのように、バラバラにされて側頭葉に落ちています。

それを引っ張り出すときにバラバラが一つに統合されて思い出になるわけです。

まとめて絵にしている。

記憶は意外に当てにならないものだ。

思い出が思い出を甘くし、辛い思い出が辛くしている。

辛い思い出を思い出そうとして辛く統合される。

記憶というのは出来事を順序立てて、時系列できちんと記憶できるものではない。

バラバラなんですよね。

そういう生き物だということを覚えておいてください。

記憶は思い出すたびに都合よく、あるいは都合悪く手作りされております。

プライド、こだわり、被害者意識、この三つが重なりますと楽しい記憶までも辛い記憶に塗り替えてしまう。

記憶を取り出すときに、自分で苦い味付けをし、辛く苦しいというそういう思いを包んで人に話すわけです。

今が辛いとその辛さを過去に探し、あれが辛さの原因であれが辛さの始まりだったと繋ぐため、思い出の間を全部辛くする。

私すごく辛い、いまその辛さの始まりがあの時だったから。

あの時だったから、ずっと私は今まで辛いのというそういう言葉遣いになる。

そうすると全部辛くなる。

その間に遭ったことは全部飛ばしてしまう。

辛さをずっと引っ張りますと、その間を辛く語らないと矛盾してしまう。

今があるのも過去の選択がベストであったからで、ベストの結果が間違いなく今なのである。

今の暮らし、今の仕事、今の収入は、実はベストの選択の結果である。

今日あなたが失敗したとするでしょう。

それは未来のベストのための失敗だと考えれば、今の失敗だってラッキーと思える。

人生で出会う許せないあいつ、私を傷つけたあいつ、裏切ったあいつ、その情動の嫌な人物。

それらの人を心の傷にしないためには、もう一度傷つけなかった裏切らなかったそんなあいつを思い出しましょう。

そこまでさかのぼってしまうと呪うべきあいつではなくなる。