成功していない人、運の悪い人。

どうもここまで来たけど。

 

この人いい能力があるのに。

 

いまいちだなーという人の特長があります。

それは「出し切っていない」。

出し切った人には、天はいろんなものを与えてくれる。

一生懸命働いたら手がすり減っただとか。

歩いていたら足が減って無くなっていたということはない。

一生懸命使ったものには、手に皮もできるし、豆もできる。

いろんなことがでてきます。

出し切ると、どういうふうに幸せになるんだよというと。

例えば畑の話というのがある。

筋骨たくましい人っていますよね。

そういう人が300坪畑を耕せるのに、まあいいか200坪しか耕さないとする。

中には体力の弱い人がいて、一生懸命頑張っても50坪しか耕せない人がいるとする。

200坪耕す人から見るとだらしないように見える。

あいつは50坪しか耕せない。

この50坪の人は全力を出し切って50坪を耕している。

全力を傾けている人は、やがては筋肉もついてくるし、少しずつ良くなっていく。

51坪、52坪となっていく。

やがて100坪になくかもわからない。

もう片っぽの人とは、300坪耕せる能力があるのに200坪くらいしかやっていない。

だんだん筋肉も衰えてくる。

それ以前に、なぜかこの50坪しか耕せないで51坪、52坪と伸ばした人には、運のいいことが続くんです。

そうすると200坪耕していた人は相手のことを見ていて。

なんであんな奴が運がいんだと。

神も仏もねえじゃねえかと言うけど。

神も仏もいるからそのことがわかる。

あんたが全力を出してない。

片っぽは全力を出しているということがわかる。

神も仏もいるからわかるの。

いなかったらあんたのほうが上になる。

片いっぽのほうは次から次へといいことが起きる。

全力を出し切ってないほうにはなぜかよくないことが。

事故に会ってみたり、ちょっとお金が入ってきたら、病気になって出て行ってみたり。

悪因を残して消えていく。

全力を上げている人には、次から次へといいことが起きる。

これは力の話です。

仕事にもいろいろな知恵というものがある。

この知恵がいっぱいに浮かんだ時に、相手にこれを出し切れるかなの。

いい知恵だから自分だけのものにしておこう。

人に教えない人がいる。

教えない理由は聞かなかったからというの。

そのことがあるかどうかわからないもの聞くわけがない。

知ってたっていいじゃないの。

それ知ってた、もう知っていると相手が聞けば。

知ってるよと言おうが知らないと言おうが。

自分のことを気にかけてくれてる。

この人は自分のことを。

知恵を出し切ろうとしている人なんだ。

それを出さない。

力も出さないから筋肉も衰える。

それと同じように心で持っているいいアイディアやなんかも出さないからそのまま腐る。

新鮮ないいアイディアを1年後くらい使わなくなってから。

腐りかけたものをこれどうと配るけど。

腐ったもの配られたら嬉しい人いるかい。

あんなもん食べたら腹痛起こすよと言われる。

だから精いっぱい自分が力尽くして出すの。

出しつくすと幸せになるの。

畑を全力を出して耕すというのは体力がない人だったら。

ポスティングする。

来てくれたお客さんに一生懸命にしゃべる。

そういうことをしている人にはなぜか幸運が続いてくる。

だから全力を出し切ってるかどうか。

300坪耕せる人は300坪耕す。

こんなもんでいいかなとか。

この程度でいいよ。

その出し切らなかったものは体の中で腐り、運勢を悪くする。

だから全力を出し切ってもらいたい。

知恵も惜しまないでもらいたい。

こんないいアイディアだったら、分けてあげようと言った人はどんどん知恵もくれるし運もくれる。

出し惜しみしてケチにしている人は、こんな能力があるのにここまでしか行かない。

なぜか不幸が訪れている。

物事は1、2、3、4、から始まる。

言葉はあ、い、う、え、お、から始まる。

あが凝縮してたまっているのが頭です。

頭というのは無限の広がりを持つ。

物事が次から次へと生まれる。

一から始めるのはどういうことですかといったとき。

一とは今いる場所なんです。

今自分がいる場所から始めなければいけない。

人間というのは本来幸せになるようにできている。

自分が今まで歩いてきた道というのがある。

その人が向いたところから成功への道に行ける。

正しい方向に向いて、成功の道に歩き出していくとどういう結果が起きるかというと。

自分を高めてくれる試練、その困難を乗り越えるとご褒美がもらえる。

報酬がもらえる。

だから困難はどこに行ってもある。

ところが成功じゃない方向に行った場合は困難が出てくる。

それを乗り越えるとどうなるかというと報いがくる。

報酬のほうも報いも同じ字なんです。

だけどもえらい違いなんです。

なんでも間違った道も苦労なんです。

そこで苦労を乗り越えたら幸せになるということはないんです。

間違った道で乗り越えると、この道は間違ってますよという、教えるために出てきた困難だから。

これを乗り越えたらもっと困難が来るんです。

だから、努力しても努力しても結果が報われない人は必ず成功でない道を行っている。

成功の道に出てきたことは一つ乗り越えればご褒美がもらえる。

また一つ乗り越えれば、また一つご褒美がもらえる。

一つの例の話をします。

旦那が暴力を振ってどうしよもないと、あんまりひどいんで駆け込み寺まで行って。

駆け込み寺まで行ったならば、そこで初めてお経を聞いた。

そのお経のすばらしさに自分がすごく感銘した時に。

こんな素晴らしい体験をさせてくれたのは旦那さんなんだ。

だから私は旦那のもとに帰るといった人がいた。

ダメです。

暴力を振るのはおかしいです。

分かりますか。

お経はお経で聞けばいいんです。

帰ったらろくな事はないんです。

もっとひどい目に合うだけなんです。

分かりますか。

常識外れの人と付き合っていたらダメなんです。

いつかこの人が立ち直ったら、そんなことに構ったらいけないんです。

仕事でも何でも自分はどんなに努力してもどうしても上手くいかない。

上手くいかなかったら自分は違っているんじゃないか。

その間違っていることをずっと押し通しているのは我なんです。

見る目がなかった。

お知らせが出ているのに見る目がなかった。

よく見ていない。

自分の我が強い。

そんなことなりっこない。

冷静さを掻いている。

もしかしたら、自分は間違っているんじゃないか。

成功の道を歩きながらも、常に自分に出てきた困難を乗り越えたときは報酬。

神様からのご褒美、幸せ感、本当によかったな。

これをいただいていますか。

乗り越えるたびに、ご褒美じゃなくて報いが来ているんだ。

そのことをわからないで、ずっと行けば行くほど大変なんです。

成功から遠ざかっちゃう。

幸せからも遠ざかっちゃう。

自分の道でないの。

勝手に変な解釈をしているの。

駆け込み寺に行くほど殴られているのに、この人のおかげでお経を聞けたと思うのはこじつけです。

それってそうだねと言う人もいるかもしれません。

でも私は言いません。

あなたの今を見てください。

あなたには困難が襲ってきませんか。

とんでもないことが起きませんか。

そういうことをしていると、本当に泥棒にも合うし強盗にも合う、殺されてしまう。

そっちじゃないです。

行く道が違うんです。

自分の今いる位置から成功のことを考えましょう。

経済の事もそうです。

今から経済の事を考えれば、正しい道というのは分かるんです。

自分は新規の客を取らなければいけない。

それもどうせやるなら勢いをつけてやらなければいけない。

仕事はうまくいきだすんです。

成功する人も上手くいかない人も大した違いはないんです。

ニコニコしてやっているか勢いよくやっているか。

いやいややっているか。

それで違うんです。

成功の道には神様からのご褒美があるんです。

失敗の道に行かしたくないから、そっちじゃないそっちじゃないと困難が出るんです。

困難は乗り越えても報いは来ることはあっても、報酬は来ないんです。
 

偉そうにしていると馬鹿に見える。

商売していて、客が来ても偉そうにブスッとしている人はバカです。

頭脳労働者同士が戦ったときは、こいつは頭が切れるとか切れないとか考える。

頭脳労働者同士が戦うとだいたいどのくらいの能力があるかわかる。

だいたい相手を見ているとわかる。

商人は頭脳労働者であるということを考えなければならない。

肉体労働者は働いているのがわかりやすい。

頭脳労働者は怠けものに見えるかもしれない。

傍からするとじっとしているように見えるけど考え事をしている。

どっちが大変ですかといったとき、頭脳労働の方が大変です。

だからやりたがらない。

おれたちは頭脳労働者だということを思わなければいけない。

頭脳労働者だということがわかると頭を使いだしてくる。

今から頭を使わないと来年からもっと厳しい世の中になる。

いつも世の中は儲かっている人と儲かっていない人がいる。

バブル景気なんて一回しかない。

アホでもバカでも儲かった時代は来ない。

あの時が間違いであったと気づかなければいけない。

これからは間違いは起きない。

明確に儲かる人と儲からない人がでるだけです。

勝つ人と負ける人が出るだけ。

10人いれば、負けるやつが8人、勝つやつが2人。

ここで大変だと思ったらだめ。

勝った方はめちゃくちゃいい思いをできる。

8人分のものが2人にくるんだから。

勝つか負けるかしかない。

参加しない人は、はなから負けだから。

やる前から負けだからね。

商人は参加しないことはできない。

サラリーマンの人もそうです。

この戦いが始まったら誰も逃げられない。

百姓じゃないんだから、体だけ動かせばよいというものではない。

自分が百姓か商人か判断してやらないとダメなんです。

百姓でも家庭菜園で作っているようなものは売り物にならない。

きゅうりでも曲がっているもは売りもにならない。

自分で作っているからハッピーな気持ちになるけども。

百姓というけど大変なんです。

市場に出して売れるものを作るということは大変なんです。

プロとい名前がついたら大変でないものはない。

頭を使わないといけない。

頭脳を使わないといけない。

頭も使うし愛想も良くないといけない。

食い物屋に行っても感じの悪いところもある。

戦というのは強いやつが勝つんじゃない。

勝ったやつが強いんだ。

勝てばいいんだ。

どういうことなんですかというと。

自分に知恵がなかったら、知恵のあるやつに聞けばよい。

それを独自に考えているから首を取られてしまう。

殿様でも自分より頭のいいやつ良い考えを持ったやつはいないかと探す。

自分で考えてろくな考えが出てこなかったら。

ひとたび上に立ったら大勢の人がいる。

どっちに行ったらお金儲けできるか考えなければいけない。

そちらに連れて行かなければいけない。

ただ、がむしゃらに頑張っています。

がむしゃらに頑張って何とかなるんだったらいいけど。

ならないよ。

間違った方にがむしゃらに行ったら大変なことになる。

どっちが正しいか判断しなければならない。

仲間って必要なんだす。

仲間がいれば誰かが成功する。

全員が間違うということはない。

みんなで助け合ったほうがよい。

成功している人がいたら教えてやればいい。

頭脳労働者は何でもかんでも自分で考えろというわけではない。

人に聞いてやったほうがよい場合は、聞いてとっととやったほうがよい。

助け合うのが本当の頭脳労働者。

大きい会社が潰れたら、失業者が出たら手当を考えなければいけないとか言うけど。

商人が潰れたら、なんかせんとかは聞いたことはない。

私たちは、いの一番で税金を取られてやられるけど。

商人が潰れたら何かしてあげようとか、政治家はひとりも訴えるえるやつはいない。

私たちは負けたら首を取られておしまいなんだ。

政治家より、頭良くなければダメ。

人は仲良くしたほうが良いにきまっている。

楽しく生きていかなければいけない。