こんにちは!
このブログにお立ち寄り頂き、ありがとうございます!
アドラー心理学勇気づけリーダー、マインドフルネスコーチのジュバ智子です。
私の住む地域(ドイツ北西部)は朝方かなり冷え込んで、霜が降りました。車のフロントガラスがカッチカチに凍っていて、乗車前に解凍作業。いよいよ冬が近づいてきました。
庭のもみじが一気に紅葉して、真っ赤です。久しぶりに見えた青空と一緒に。
昨日のブログ記事には、
マインドフルネスを続けることで私の中にどんな変化があったのかを書きました。今日は、対人関係にどんな影響があったかを書きますね。
対人関係面での変化は私の中の変化とつながっているので、↑の記事を読んでいない方は、そちらを読んでからの方がわかりやすいかと思います。
自分の感情に振り回されなくなったので、人の感情にも影響を受けにくくなりました。特に怒りの感情には耐性がつきました。
同僚がなぜか朝からブリブリ怒って機嫌が悪くても、娘が理由もなくとげとげしくても、「機嫌が悪いんだな。まあ、そういう日もあるさ」「今はかなり怒っているけど、そのうち気持ちが変わるだろう」くらいに考えられるようになりました。
自分の怒りだって、(油をそそがなければ)勝手に鎮火していくわけですから、相手も同じだろう、と思えるのです。
相手が沈んでいる時は、「今日は不思議に静かだね。私に何かできることがあったら、言ってね」くらいの優しい声がけはしますが、それ以上は、相手が望まない限り、踏み込みません(アドラー心理学の「課題の分離」の考え方です)。
必要になれば助けを求めてくるだろうし、ちょっとした気分の落ち込みならば、何かの機会に上向きになるからです。
自分に感情・気持ちの浮き沈みがあること、感情も気持ちも常に流れ変わっていくことがわかったことで、同じ人間である相手にも同じことが起こっていると考えられるようになってきたのだと思います。
「あんな考え方をしてるなんて、許せない!」というのが、なくなってきました。もちろん、「え?それ、あり得ないんだけど」と思うことは沢山あります
でも、そんな自分の感情を眺めているうちに、「まあ、考え方・物の見方は人それぞれ、着たい服を着ているようなものだから、この人は、今はこういう服を選んでいるんだろう」と思えてきます。
その人が来ている服は、その人しか脱ぐことができません。だから、私がどうこうすることではないのです。自分だって、自分の価値観や信念があって、自分が見たいように世界を見ているのですから、相手も同じですよね。
また、自分と大きく違う価値観を持っている人に対しては、その価値観を持っていること自体は理解しても、同意はせず、一定の距離を保てるようになりました。
パンクなコーデが好きなのに、無理に和服の人たちと仲良くする必要はないと思っています。「和服」というスタイルがあることは理解しつつ、パンク仲間と楽しくやればいいのです。そこで「和服派の人たち」をディスる必要はないのです(私はパンク好きでも和服派でもなく、ユニクロ派)。
以前は、頭の中で、話している人・話している内容に対して「正しい・間違っている」と常に自分の善悪判断を入れてしまい、主観ばかりが頭の中をグルグル。
人の話を聴いていても、頭の半分(以上)では「なんて言い返そうか」「どう弁明しようか」等と次の一手を考えて、場の雰囲気や話(会議)全体の流れまで見る余裕が殆どありませんでした。
「結果を出そう」と思って、判断したり、次の発言の準備をしていたのですが、結局は、自分は一旦置いておき、人の話をフィルター無しにしっかり聞く方が、建設的な話し合いができて、結論も速く出せることがわかりました。
また、話が堂々巡りになっていることに気づいて軌道修正ができるようになり、攻撃的・愚痴混じりの発言があっても、攻撃と愚痴を外して、何が言いたいのかを聴きとれるようになってきました(実際は攻撃と愚痴だけで内容がないことも多いけど…)。
「自分が何かをする(しないといけない!)」モードから、「マインドフルでいる」モードに変えることで、視野が広がり、自分のアンテナが捉えるものも変わったと感じています。
…ここまで書くと、私がクールな人間に見えるかも知れませんが、そんなことはなくて(笑)、感情の起伏もある、失敗も沢山する、ごく普通の人間です。ポジティブな感情・気持ち・思考は満喫して、ネガティブな感情はしっかり観て、自分自身との付き合い方を日々学んでいる、そんな感じです これから時々、私自身のこともブログに書いていきますね!
あなたの毎日が豊かで軽やかでありますように
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