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Minahei

ライター戸塚美奈のブログです。

今はいい天気なのだけど・・・・。

天気予報では、これから崩れて雨のよう。


ゆうべも雷ごろごろで、愛犬がヨダレを垂らしながらフトンの周りを歩き回るものでよく眠れず。


現在午後2時、今のところ快晴!というのに、

犬はこのとおり・・・・・机の下の私の足元から離れず。

まだ降るのかな、やっぱり。




あと1時間したら、仕事に出かけてしまうのだけど、このコ、だいじょうぶかなー。


どうして犬は雷が苦手なんだろう?

犬によってはまったく平気だったりするらしいのだけど。


電気を怖がっているので、放電できる場所なら大丈夫、というもっともらしい説を聞いたことがあるけど、ウチの犬は、花火大会の音もダメだから、その説は違うと思うのだ。


ドッグトレーナーのタムラさんに、

雷の日に迷子になってしまうと、犬はわけのわからないほうに走り出してしまって、絶対に元の家に戻れなくなってしまうから、雷の日は注意して、といわれました。

犬にとって雷とはなにものなのであろうか。


それにしても、こうお空の様子が不安定だと、洗濯物が不安でおちおち仕事もしてられません。


昔叔父にもらった、「いたずらあまのじゃく」という絵本を思い出します。

今手元にないので詳細うろおぼえ・・ですが、


雷様の子どものような子鬼の姿のあまのじゃくが、洗濯物を干しているばあさんをからかって、

雨を降らせたり、一転、晴天にしたり。ばあさんは、洗濯物を干したり取り込んだり、ウロウロまごまご。

いたずらに満足したあまのじゃくが、

おおきくかかった虹を自慢げに見ていたら、

きれいな娘が通りかかる。

「おれさまが作った虹だぞ。おれさまはなんでもできるんだ」

「じゃぁ、あんたはあの虹を渡れるの?」という。「できるとも!」

得意げに虹をのぼるあまのじゃくに、娘が「じゃぁ、あんたはその虹を消すこともできるの?」

調子に乗って虹を消したら、あまのじゃくはまっさかさま・・・。尻もちをついて、大恥をかきましたとさ。


こういう日は、

洗濯物を気にしながら、おろおろ、おろおろしていた、あの絵本のばあさんを思い出すのです。


夏はしかたないんですけどねぇ・・・・。


どうしても外に洗濯物を干したい!ので、少しでもお日様がでているとジタバタと干しにかかるのです。

ダテに家で仕事をしているというのもあきらめが悪くて困ったものです。

お日様のにおいが好きなんだい!


今まででもっとも悲惨な例。

ウチに長男の友だちが大勢泊まりに来る日。

盛大にフトンや肌掛け類をほしてヨーカドーに買い物に行き、帰ろうとしたらザーザー降り。途方にくれたことがあったっけ。




日曜日、家の窓から見えた大きな虹。


あまのじゃくが絵本の中で渡ってみせたような見事な虹でした。


さぁ、仕事に行く前に、洗濯物を取り込んで。

仕事から帰ってきたら、

犬のよだれでべろべろになった家じゅうの床をぞうきんがけしなければ・・・・。



先週の日曜のこと。

買い物から帰ってきたら、家にカブトムシがいました。


ご近所のKさんが、息子たちのために持ってきてくれたのです。



ちょっと小さめで、しっかりしたカブトムシ。

でっかいカブトムシと戦わせて、でっかいカブトムシを投げ飛ばしたら面白いだろうなぁ、なんて考える。


しばらく遊んだあと、

さすがに長男が近所の森に逃がしてきました・・・・。


Kさん、いつも家庭菜園の野菜などをくださるのですが、

「あ、ニラ、チビちゃんに預けといたから!」

とかおっしゃるのです。


次男、高3なんですけども。


実は私も前日、犬の散歩中にカブトムシ見かけてました。

素通りはできず、でもメスだったし、しかも、「これを持ち帰って、どうする?」という疑問が激しくわいたので、やめたのですが。

とっておいて、つがいにすりゃよかった、と、ほんのちょっと思いました。


カブトムシを見つけたワクワクというものは、いくつになっても変わらない。


そういえば、今年はまだタマムシを見てないなぁ。

一か月前に道路につぶれてたのを見たんだけど。

ここ数年、毎年タマムシを見るのです。一昨年なんざ、連日家に飛んできた。


ポケモンGO、、、人が作ったもので遊んで何が面白いんだろう?

ディズニーランドも好きじゃない私はまったく興味がわかない。


だれかに操作されて統制されているようで、なんだか気持ちわるくて仕方ない、とわめいていたら、

ウチのとうちゃん、

「あ、そうそう、『ハンメルンの笛吹き』みたいだよなー」って。


それよりなにより、まるで国家の一大事のような報道ぶりは何? 一企業の宣伝あんなにやってどーする??

あー、そうですか、経済効果ですか。

最近の世の中理解できないことばっかりです。

怒ってる私に、「ま、最初だけだと思うよ」とクールな次男は言いますが。


虫は、それぞれ個性があって、出会いかたもいろいろ。

どんなにさがしてもいないときにはいないし、さがさなくても飛んでくることもある。

その年によっていっぱい出たり、まったくいなくて、どうしたんだろう、と思ったり。

自然ってもの、思うに任せぬ部分があるからおもしろいのだよね。


長男が、「電車にセミが入って来てさぁ、女子高生がキャーキャー言ってたいへんだった」って言ってた。セミのほうがかわいそうだ。

「セミぐらい素手でつかまえろい!」と言ったら、

結局、捕まえて、セミを窓から出したのは、「おばさん」だったらしい。


若い時分、どんなに虫が怖くてもだいじょうぶ。

男の子の母親になったら、セミもカブトムシもカブトムシの幼虫も平気になります。見つけたら素通りできずに手をのばすようになるから。














昨日、今年初めて、夏の帽子をかぶりました。


麻とコットンのニット帽で、10年以上も前にヨーカドーで買ったもの。

買って以来、夏のおでかけ帽はこれ1個。浮気もせず、ずーっとかぶっているという代物です。


それを頭にのっけて、鏡を見てみたら、なんだか違和感。


買ったときには「ちょっとだけでかわいいかも」と思った小さなお花のモチーフが、

50を目前にした顔になんともそぐわないのです。悲しいことに。

ラブリーではなく「こっけい」な感じといいますか。


モチーフ部分をとりはずしました。


はずしてみたら、ずいぶんと帽子全体の色が褪せていることにも気づきました。

でも気に入ってるし、まだかぶります。

たぶん、この帽子、死ぬまでコースです。

(最近持ち物は全て「死ぬまで使うか?」が基準になっている私・・・)


で、はずしたモチーフがこれ。






かわいいでしょう。


帽子からは外したけど。

捨てられない。


この帽子を買ったのは

ちょうど長男次男がサッカーを始めた時。


ヨーカドーで買った帽子、サッカーのときにちょうどよかった、と思ったまま、

何年もかぶり続けてしまったのでした。


夏のサッカー観戦は、いつもこの帽子と一緒。

練習を観に行くときも、試合を観に行くときも。

雨に濡れたこともあったしね。

黒のTシャツにチノパン。目立たない小さなお花のモチーフのついた帽子が、夏の定番スタイルでした。


歓声も涙もみんな知っているこの帽子の小さなお花。


ずーーーっと大事にとっときます。

断捨離なんてするもんか。


何かに使おかな。

選挙です。

巷では盛り上がってないとかいろいろ言われている今回の参院選ですが、わたしはとても楽しみです。

結果がどうこうではなくて、最近、自分が選挙に行くこと自体が楽しい。


じつは、こんなふうになったのは、2年前からのこと。

それまでは、「ああ、、投票したい人なんていない」「どの政党も気に食わない」「どうせこの一票を入れたって」というふうに考えてしまう、ありふれた日本人でした。なんとかかんとか、「まぁ、それでもこれならいくぶんマシだろう」としぶしぶ投票というぐあい・・・。


それがどうして、選挙が楽しくなったのか。


一昨年前。

ローマから帰国中のライター田島麻美さんと新宿でご飯を食べていたときのこと。

ここ数年の日本の政治のおかしさを散々二人で話まくった挙句、

私がぼやいたのです。

「なのに、どこの政党も、情けないんだよね。ろくな政治家が出てこない。だから毎回、いったいどこに入れたらいいの? って感じになっちゃう」

と。

そしたら、田島さんが、叫んだのです。


「どこでもいいんですよ!! どこの政党だろうが、誰だろうが。まともな人に入れようとするから難しくなるんです。選挙でいちばん大事なことは、自分が、現政権にYES、なのか、NO、なのか、それだけですよ。

現政権にNOなら、そのNOを、どこだっていいから、自分の一票で投票するんですよ‼‼ それが、選挙です‼‼」


目から鱗が落ちるって、ああいうときのことを言うのではないだろうか?


ああ、そうだったんだ。

選挙権を得て30年。選挙とはつまらないもの、という鱗が落ちたんです。

なんとまぁ私は、私の一票を無駄にしてきたことか!


所詮、

どんな政策があるのか、公約があるのか、一生懸命検討したところで、実際に政治が始まってしまったらどうなるのはわからない。

経済だって、完全破たんでもしていれば別だけど、よくなってるのか悪くなってるのか、そんなもん、

100年後のエコノミストでなければ判断などできないのじゃないだろうか。


「いくぶんかまし」なほうを選んで投票するのであれば、結局与党を選ぶほうに傾くのは自然の道理だ。

でも、

現政権に疑問を感じているのなら、

現政権で、自分の生活に不安を感じているのなら、

自分の一票を使って、現政権に、「NO」を突きつけるべきなのだ。


国家社会主義ドイツ労働者党が台頭してきたとき、他の政党はバラバラで、連合してくいとめることができなかった。善意だけはあるが凡庸、日和見主義、あるいはモスクワ直結の共産主義。そうした議員ばかりでグズグズになってしまった。


今がそのときと似ているとは言わないが。


でも、頼みになる野党がいない、まともな政策を出してこれないからといって、現政権に「YES」に票を投じることほどおろかなことがあるだろうか?

もちろん、現政権を圧倒的に支持するかたは、柏手を打ちつつ「YES」に投じていただきたいと思う。


結果はどうあれ、わたしは自分の一票、力を込めて投じます。










やっと大きな仕事が片付いて、やれやれ、やっと気になっていた家事ができる。

と思ったとたんに、掃除も、料理も、裁縫も、すべての家事がやりたくなくなるという困った事態がまた発生しておりました。

が、あることをきっかけに、体が動くように。

月曜日、東京ガスのかたが、コンロのお掃除に来てくださいました。

ダメになったコンロを買いかえたのが一年前。点検+お掃除+電池交換を無料で、ということだったので、

無料というのも怪しいけれど、とりあえずお願いしました。

来てくださった女性の仕事ぶりをこっそり拝見していたら。

ごとくやバーナーなどをとりはずし、小さく切った食器洗いのナイロンたわしや、「激落ちくん」を小さく切ったものに、

ごく少量の洗剤をつけ、コシコシ、コシコシ、と洗ってる。「お湯を出してもいいでしょうか」ということだったけど、お湯を流すのもごく短い時間。

なんだかその様子を見ていて、ははぁ、掃除というのは、ダイナミックに、力任せに、一気に、やるんではなくて、

こまねずみのようにチビチビと少しずつやるものである。と気づいた次第。

私ときたら、掃除といったら、水をザブザブ流して、大量の洗剤で泡だらけ・・・・。

で、終わったあとはどっと疲れたあげくに、手は洗剤でがっさがさ。

ガス会社の方がおっしゃるには、洗剤はコンロを傷めるのでなるべく使わないで、重曹を使うといいですよ、とのこと。

 

いたく感心した私、ガスの方がお帰りになったあと、同じように小さく切ったナイロンたわしなどを使って、あちこちコシコシ磨き始めて、キッチン周りはピカピカに。

洗剤は使わず、結局、水とナイロンたわしと「激落ちくん」だけできれいになってしまったので、掃除が終わったあとも手はガサガサせず。それに、へんな洗剤臭も残らずさわやか。

プロのお掃除を見物するのって、じつに勉強になるなぁ。

 

その日、

電池交換もしてもらえる約束だったのですが、じつは我が家はコンロ使用が頻繁で、2、3ヶ月前に交換していました。「じゃぁ、これは予備においていきますね」と単1電池二個、いただきました。

東京ガスさん、なんか下心があるはず、と思ったら、それは、電気を東京ガスのほうに任せてくれたら、月々がぐっとお得になりますよということでした。なるほどそういうことね。

 

ところで、翌日。

また調子こいて掃除していたら、前日の東京ガスの方が、お見えになったのです。忘れ物?

「スミマセン! 私、昨日、電池おいていきましたっけ?」

手には単1電池2個。

「あ~、昨日、いただきましたよ」

と言うと、

「え~⁉ ホントですか? ホントに? あらァアタシったら……」

私は、彼女の手の電池をじっと見・・・・・。

正直者よ、おまえはえらい! ではこの電池もおまえにやろう。 って泉の精みたいに、その電池くれるかな?と思ったけど、くれなかったよ。

で、

「あの、これ昨日お話した電気の件なんですけれど、よかったらぜひお読みになってください!」

って、くれたのは電力のファイルと立派なパンフレット。

 

夜、

ダンナに、

「正直なアタイに電池くらいくれたっていいじゃんね?」

と言ったら、

「バカだな~、電池なんて、言い訳に決まってるじゃないか。昨日、電力のパンフレットのほうを渡すのを忘れたんだろ? だから、電池忘れたふりして、パンフレット持って来たんじゃないか~。営業の基本だよ」

だって。

ちぇ。

 

まあいいや、おみこしを上げてお掃除を始めるきっかけになったから、

わたしにとっては、とてもおトクだった出来事だったということで。