やっと秋らしい天気になった。
昨日の代表戦は勝ってよかった。あれ以上父ちゃんに不機嫌になられたら困るところだった。もう山口蛍選手が26だって。驚いた。年取るわけだ。清武選手に原口選手の活躍ぶりがスマートで、根性根性ど根性のスポーツ精神というものが過去になりつつあるのを感じた。これまでのサッカー選手には、まぁ勘違いなのだけど、どこか「気持ち」さえついていけばなんとかおひざ元まではいけるんじゃないか、と思わせる要素があったが、今の代表レベルの若い選手たちはみんな技術に圧倒的なきらめきがあって、それは個人の努力や知性で補ってなんとかなるレベルのものじゃないよね、ということがはっきりわかる。プラチナ世代なんて言葉もあった。素人目にも「なんか違うよね」とわかるのだ。ウチの息子たちが小学生のころに、久保くんのような天才少年を目にしていたら、私らも思い違いをせず親としてもう少し少年サッカーというものに対し謙虚でいられたのじゃないかと思ったりして。
息子たちがお世話になったクラブチームが創立20周年ということで、コーチが写真を集めているらしい。長男のスマホに送るのが面倒なので、まとめてDropboxとかでコーチに送りたいんだけどと言うと、長男、一度自分のスマホに送ってくれという。仕方がないからサイズを変えて(ポスターにできるような高画質で撮っていたという)ちょびちょび送付。ああめんどくさい、と言いながら気づいた。彼は、自分で見たいのだよね。確かめたいのだ、自分の足跡を。
なつかしい顔が並ぶ写真を見ながら、みんなどうしているかなぁ、と考える。今まさに選手権目指して頑張っている子もいるし、大学でサッカーをやっている子もいる。中学受験をするからと辞めて行った子、親がチームの方針に納得できずに別のチームに変わった子もいる。みんな、その道でよかったかい?
昨日スーパーで買い物をしていたら、小学校の学童で一緒に仕事をしたMさんを見かけた。長男のひとつ上のお子さんが学童で一緒だった。その子は野球がうまくてリトル、シニアで活躍、走るのも早く、高校は大学付属の高校に野球で進んだ。どうしているかは知らないけど、たぶんその大学に無事進んでいると思う。3つくらい上にお兄ちゃんがいたのだが、お兄ちゃんは中学受験をして私立中学へ。お兄ちゃんは野球で忙しくなかったの?と尋ねると、お兄ちゃんのほうは野球はさっぱりだし、ボーっとしているのでさっさと見切りをつけてある大学付属の中学に中学受験させたとのこと。そのお兄ちゃんもつつがなく大学へ進み、今はもう卒業しているはず。
Mさんの相変わらずきれいな横顔をこっそり見ながら、それにくらべてアタイは親としていったい何をやってきたんだとかなり落ち込んだ。
サッカーをやりたいから中学受験なんてしなかった。もっといい環境でサッカーをさせたいと思ったけれど、長男の意志を尊重してクラブをうつることはしなかった。サッカーにいまいち向いていない、と思った次男も環境を変えないまま同じクラブで活動させてきた。
計画的な子育てをまったくしてこなかったわけだ。本人たちが望む仲間とのびのびサッカーさえしていれば、それでよいと思った。おかげで体は丈夫だし、オタクっぽさのかけらもない健康的な好青年には育った(と思う)が、高校での軍隊的なサッカーには二人ともイマイチなじめなかったし、基礎学力もからきしだ。進学したいと今になってABCの勉強を始めるしまつ。
サッカーはえらく時間をくうスポーツだと思う。時間をかけて技術を身に着け、頭をつかい、チームワークをよくし、あきらめずにど根性で走りこめばけっこう勝てる。小さいものが大きいものに勝つチャンスのあるスポーツだ。プレーしていてこんなに面白いスポーツはない。だから勘違いも起こるのだ。
勉強もしっかりさせつつ、サッカーも楽しむ。それができれば苦労はしないが、両立できるかどうかには子ども本人に、もともとの頭のよさや勤勉さが備わっているか、あるいは、親がたずなをあやつり、しっかり鞭を振るう必要がある。どっちにしたって難しい。
「サッカーで子どもは何を学ぶのか」ずっとこれが知りたくてサッカーのことを見て来たけど、答えはいつまでたっても出そうにない。あと20年後くらいに一杯やりながら長男次男に聞いてみたい。あんたたち、サッカーやってて、よかった? って。
昔の自分がサッカーをしている写真を見て、長男は何を思うだろうか。それくらいは今晩少し聞いてみてもいいかな。少なくともサッカーに明け暮れたあの日々は楽しかったに違いない。親の私だって、ほんとうに、ほんとうに楽しかったんだから。



