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Minahei

ライター戸塚美奈のブログです。

ほったらかしの畑のトマト。見た目はさておき、行くたびにけっこうとれている。完熟でないものも、収穫したあと台所で転がしておけば色づいて来る。

ビギナーだし、ろくにお世話もできないからと中玉トマトにしたけれど、これなら大玉トマトもできたかも。来年は大玉トマトにチャレンジしよう。

子どものころ、実家の畑で作っていたトマトは、ほんとうにおいしかった。大きなトマトをざっくりと輪切りにしてかぶりつく。トマトは嫌い、と言っていた、埼玉から泊まりに来たはとこが、目の色を変えて、おいしいおいしいと採りたての完熟トマトを食べていたのを思い出す。

 

もう一回、あのトマトが食べたい。

 

無農薬、無肥料、植えっぱなしでできるかな? と思ったけど、できた。完熟のトマトを切って口に入れた。「あっ、あの味だ!」

昔食べたあのトマトのようなジューシーさはないけれど、まさしく、あのトマトの味。土とおひさまの味。

マドレーヌを紅茶にひたして食べて思い出がよみがえり……というのはかの有名な『失われた時を求めて』の長い長い小説の書きだしの部分だが、野人の私の場合は、マドレーヌじゃなくて、トマトだったみたいだ。トマトをかじって、子どもの頃の思い出や故郷の田園風景が一気によみがえって来た。

 

イラストレーターの奈良美智さんが、子どものころに見ていた風景をもう一回見たい、その思いで那須の自宅の周りを手入れしているということをツイッターに書かれていた。

私も、そう。

 

 

 

 

週末ともなれば、ケーブルテレビでやっている「寅さん」を欠かさず観ているうちのダンナ。もう何回も観ているのに、何度も観てる……。この人、だいじょうぶなのだろうか?これじゃ真性ご隠居ではないか。

やることいっぱいのアタシ、つき合ってられません、と家の内外バタバタ行き来しながらも、つい、ウッカリ、足を止めて観てしまったりして。

今回はゲストに俵万智さんが出ていた。「ちょっとちょっとこれ見て」と、ダンナがわざわざ巻き戻して見せてくれた。俵万智さんが一首詠んでいる。

――自己責任 非正規雇用 生産性 寅さんだったらなんて言うかな――

「どう、寅さん、なんて言うと思う?」とダンナが聞くから、思わず、

「そりゃ、『それを言っちゃあ、おしめえよ』でしょ」

と言ったが、

どうなんだろう?

生産性上がって、それで幸せなのかい? あんた、心はつらくないのかい? 

さくら、寅やの人たちも、なんて言うかな、と想像をめぐらせてしまった。

 

今回の寅さんは、秋吉久美子ヒロインの回。数ある寅さんシリーズの中でも、名作だと思う。最後のほう、寅さんが柴又を去るシーンを足を止めてついうっかりまた観てしまった。「お兄ちゃん、もう行っちゃうの?」 のいつものシーンだ。じゃあな、去っていく寅さん。さくらは、寅さんがサイフを忘れているのに気づく。ぜんぜんお金の入っていないサイフ。さくらはそっとお札を何枚かしのばせ、「お兄ちゃんお財布忘れてるわよ」と追いかけて持たせ、柴又の駅まで、みつおに見送りに行くように頼む。駅まで送ってくれた甥っ子に、寅さんは腹巻からさっとくだんの財布を取り出し、「アレッ」と言いながらもお札を一枚取り出して渡す。「これで参考書でも買えよ」

 

お金のない身内に、さっとお札を渡す。寅さんの中にはよく出てくるシーンだ。今の私たちは、お金なんかそうそう渡しちゃいけない。お金を渡したら甘やかしになる。そんなふうに思っている。「努力の足らない人に、情けをかけてはいけない」と思っている。

でもそれは、お金を渡したくないというケチくさい気持ちの言い訳でしかないんじゃないだろうか。

自分もかつかつで苦しいからではない、自分はたっぷりあるのに、人にはあげたくない。努力していない人(と断定してるだけ)にはあげる必要はない。人は、金持ちになればなるほど、ケチになるのだ。

 

沢村貞子さんのエッセイ『私の台所』に、「松の葉」という下町浅草の習慣のことが書いてある。

贈りものは難しい。だから、気持ちだけ、懐具合によってわずかに現金をわたす。その袋に小さく、「松の葉」と書いたそうだ。そのように、下町ではわずかな現金をやりとりする習慣があったという。

沢村さんのお母さんは、たしないへそくりをわずかずつでも、都合して、祝儀袋に入れて、出入りの人たちに渡していたそうだ。

「みんな苦しい人たちだからね、すこしずつでも余裕のあるものは、足りない方へ渡すんだよ、そうしないと、流れが悪くなるからね」

沢村さんは文章の中で、今では世間が「なんとなく豊かになり」「みんなが中流意識を持って」現金のやりとりには気まずさが残るようになってしまった、と書いている。

どうしてだろう?

いつから、だれが、お金を人に渡しちゃいけないと言い始めたんだろう? お金ではなく、商品を買って贈れと言い始めたんだろう? いつ、だれがお金を贈ったら、半分のお金で商品を買って返せと言い始めたんだろう?

 

寅さんの映画の中には、下町のお金のやり取りのようすがよく出てくる。寅さんが祝儀袋にお金を入れて(入っていないこともあるが)もったいぶって渡す。おいちゃんもおばちゃんも寅が一人前になったと喜ぶ。あんなシーンが日本の下町中には日常的にあって、沢村貞子さんのお母さんが言うように、お金がさらさらとうまく「流れ」ていたのかもしれない。

 

夏休み、遠方に出かける次男にガソリン代と小遣いを渡しながら、いいのかな、と微妙に不安になっていた。「大学生には定期代以外渡しちゃダメよ」「あんまり小遣いをあげると、某有名女優のバカ息子みたいになるよ」「若い人を甘やかしちゃダメ」そんなことを言われたりして、気になっていた。でも、さくらだって、お金をそっとわたしてる。いつもさくらに助けてもらっているから、寅さんもみつおに小遣いを渡そうとするのだ。考えてみたら、定職を持っていない学生がお金に困るのは当たり前だ。

 

「あのさ、小遣いとガソリン代、渡してよかったのかな、って気になってたけど、寅さん観て、渡してよかったんだって思ったよ」とダンナに言うと、

「あたりまえだろ? 子どもや若い人に金を渡さないで、いったいどこで使うんだ。そのために俺たち働いてるんだろ?」

って。

そうだ、そうだよね。それがあたりまえのことなんだ。

ご隠居、いいこと言うねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い梅雨が終わって夏が来て、梅干し作りも無事終わり、キュウリやトマト、ピーマンなどが収穫時期。放置農法のため、取れすぎて困るというようなこともなく、毎日少しずつとれたものを大事に食べている。

↑ある日の収穫。これは7月末のもの。

6月、ご近所に「モロヘイヤの苗」という貼り紙で安く苗が売っていた。ほくほく10本も買って帰り、シュビよく庭のコンテナの一番いい場所に植えた。モロヘイヤは夏、スムージーにも使えるし、おひたしもおいしいしで、大好きなのだ。のだが、どうも出てくる葉出てくる葉モロヘイヤとちょっと様子が違う。「なんだか変だな?」と思いつつも大事に育て、成長したらピーマンだった・・・。ピーマンでよかった。唐辛子だったらどうしようかと思った。10本もあったし・・・。モロヘイヤのほうは、それからあわてて種を植えた。これじゃいつになったら…としょげていたら、お隣のTさんからモロヘイヤの苗をもらった。かくして、遅ればせの大量のモロヘイヤ、庭と畑で成長中。

かたや、毎年苦もなくスクスク成長するゴーヤが、今年はまったくダメ。わざわざ通販で苗を取り寄せて2回目にチャレンジした株も、もう風前の灯だ。ダメモトで、買ってきた鹿児島産ゴーヤの種を植えてみたら、めでたく発芽し、太い丈夫そうな茎でもある。それで最後のチャレンジ。ご近所さんに聞けば、みんな今年のゴーヤはダメだとのこと・・。7月に日照量、気温が足りなかった。仕方ない。そういう年もある。

あれやらこれやら野菜作りの本を読み、ノートに「畑計画」を一生懸命考えながら書いたけど、思い描いたようにはぜんぜんならないものだな、と思う。でも、予想外のことが面白い。

やってみなければわからない。そして、やってみれば何かにはなる。

 

野菜づくりをすると、冷蔵庫なんかガラガラでいいわよ、とよく聞き、それはいい!と思ったのも野菜づくりを始めた理由のひとつだが、こりゃまたどっこい、ぜんっぜん、ガラガラになんてなってない。

春大根、そう、「春」大根がまだ冷蔵庫に入っているのだった。それもたんまりと。

春大根うまくできたのだが、収穫が遅れてスが入ってしまった。少しずつ食べる分だけとって、冬大根みたいに畑においとけるんだと思ったワタシがバカだった…。どんどん味が落ちるからおかしいなと思い、7月になって(遅いわ)すべて抜いてきた大根。スが入り、もはや人さまにあげることもできず。結果、大量の大根が、冷蔵庫のすべての段の奥半分を占領していて、今も我が家の冷蔵庫、手前しか使えない状況。

スが入っているから煮物にはまずくて使えない。で、ひたすら、大根おろしにして食べている。ウン、大根おろしなら大丈夫! おろしそば、おろしそうめん、うまいどー。

春大根のつくり方のこと、あんまりちゃんと書いてある本ないなぁと思ったら、こういうことだったのかぁ。

やってみないとわからない。そして、やってみれば、何か、変なものでもできることはできる。

・・・・・・冷蔵庫もういっこほしい。

 

 

 

ご近所のKさんは、活動的。日暮里まで生地を買いに行って素敵な洋服をこしらえてしまうし、自転車に乗って距離のあるスーパーまでお値打ち商品を買いに行く。ボランティア活動なんかに参加するのもマメ。「あたし買い物好きだからね」と笑っているけど、なかなかできることじゃないと思う。私は買い物が嫌い。いや、買うのが嫌なわけじゃなくて、出かけるのが面倒なのだ。心底面倒くさいと思う。なるべくなら家から出たくない。はっきり言って、買い物が嫌いだから畑をやっているようなもので。私みたいなものぐさが多いから、アマゾンやらネットスーパーやらが繁盛しているのだろう。

でもね。お買い物にくらい、トコトコでかけないと、いけません。出不精はデブ性のもと。気をつけなくちゃ。

どうしたらそんなにおっくうがらずにお買い物に行けるようになるの? と聞いてみたいと常々思っていた。その謎が昨日、解けた。

昨日、近所の奥さんたちとおしゃべり中。Kさんが「スーパーのト○プ、フルーツが安いよ!キウイ50円なの」と。坂の上にあるスーパー…。聞いてた近所の奥さんみんなで、「この暑さであそこまで行く勇気がない…」と返すと、笑いながら、「そうか、あたし買い物好きだからね」って。そして、思いついたように「買い物は朝イチで行くのよ!」「私いつも朝イチで行くの」。

ははァ、それだ。

Kさんの活動力の秘密。

ワタシの場合、買い物の用事があっても、朝、どうしても、メールの返事やら、やりかけの仕事やらが気になったりして、まず机に向かってしまう。そして、「あれを買いにいかなきゃ」「今晩ご飯どうしよう」なんて気になりながら、のろのろ仕事をして、はっと気づいたら、もう日が傾いていて、いやいや買い物に出かけるという……。

そうだよ。「朝イチ」で行くんだ。

いいこと教えてもらった。

 

そして本日。私は生まれ変わりました(?)。

朝イチで、今日の買い物、ではなく、畑に行ってまいりました。朝イチだけどすでに暑い中、決死の覚悟で・・・・。

トマトいっぱい収穫。帰りに無人販売でタマネギも買い、これで今日の用足し終了。

さあ、あとは思いわずらうこともない。クーラーの中で仕事がんばるぞう。

 

梅雨は明けたから梅干し干した。でも雲が多くて、カーッとした夏の日差しがない…。

まだ誰に一票を入れるか迷っているけれど、当然、私の大事な一票を、野党に入れる。

なぜ与党に入れないかといったら、以下の2点。

 

・原発即時停止。原発推進する選択など、ありえない。

・消費税増税なし。急には無理だろうが、消費税は0でいい。ぜいたく品にだけ消費税をつければいい。

 

思い余ってある人に電話をしてしまい、頼むから〇○党に入れるのはやめてくれ、と、まるで〇明党のおばちゃんのように電話で頼んでしまった。近しい人とはいえ、選挙前に電話してそんなことを言ったのは初めてだ。もとから考え方が違うのはわかっていたが、相手が困っているのがわかり、やっぱり、そんな電話をすべきではなかったと反省した。そもそもしゃべって人を説得できるようなタチじゃない。

 

消費税はしょうがないんじゃないか、と言うのだ。消費税で誰もがひとしく税を負担するのが公平な道、自分だってそのくらいガマンするつもり、ということなのだろう。私も以前はそこは譲歩してもいいと思っていた。でも、いろいろ確認してみたら、とんでもない間違いだったのだ。

 

以下は、何かに似たような例で説明してあり、非常に納得がいったので、思い出しながら別の例にして書いてみる。

所得が月10万円しかない人と、月100万ある人の生活必需品にかかる消費税の所得にしめる割合を考えたら、そのおかしさがすぐわかる。10万の人は10万円分消費しないと生活できないとして(できないですよね)、月8000円分の消費税を払う。つまり、収入のうち8%も税金をとられる。一方、月100万の人は、贅沢して30万円分の消費をしたとしても、消費税は24000円で、税金の占める割合はたったの2.4%。もしケチして10万円しか使わなかったら、0.8%。

つまり、消費税は、貧乏であれば貧乏なほど、税金を取られるしくみになってる。

もともとヨーロッパなどは、生鮮食品などの生活必需品には消費税の税率が低いなど国民生活のための手当てがされていたもの。それを、我が国はすべて同率にしてしまった。外食だの新聞だのに軽減税率なんて片腹痛い。

 

上げるべきは法人税。

消費税が5%で導入された当初は、法人税率は40%だったのに、現在は23.2%と下がっている。2017年までの法人減税額は累計280兆円。

一方、2017年までの消費税の税収は、349兆円。

大企業減税の分を、消費税が補っているのだ。何が社会保障費のための消費税増税だ。

 

よく言われる、法人税を安くしないと企業が海外に行ってしまう、グローバル競争に勝てない、というやつ。そう言われてここまで来たが、法人税対策で海外に行った企業なんてあるのか? 海外に行くのは人件費その他が安いから。だいたい、大企業なんてタックス・ヘイブンで巨額の税逃れをしているし、もともと日本の場合、法人税には抜け道がいろいろあり、実質ほどんど払っていない会社があったりするらしい。

 

こんなに大企業優遇までしているのに、ほとんど経済成長していないってどういうことなんでしょうね。

 

エコノミストの森永卓郎さんによれば、平成は格差が広がった時代、でも、前半と後半ではタイプが違う、と。平成の前半はリストラ、非社員の増加、派遣切りなどで格差が広がった。平成の後半は富裕層がとてつもなく増えた。この割合は、アメリカに次いで世界2位だと。

100万ドル(一億1000万円)以上の投資家資産(投資できる運転資金。家や車その他の財産のぞき)を持っている富裕層が、316万人もいるのだそうだ。そして、

「この富裕層の大部分が、働いていない。」

 

持っているお金を右から左に動かすだけでお金を生み出せる人たちがこれだけいる。日本に。そしてもちろん世界にも。ズバリ、法人税減税は、その投資家たちの利益になるわけで。(断じて、大企業の下請けであくせく働いている人ではなく)。だから経済成長なんかするわけない。

 

さて消費税。

ある芸人さんが、金塊強盗と一緒に写真にうつっていたとかで、引退というニュースが出ていた。どういう経緯かわからないが、気の毒な話だ。あの金塊事件はなんとなく変な事件という印象があって、やっぱり変な事件だったんだとあらためて思ったが、それについてはここではおいといて、とにかく金塊。金塊なんて重いものを苦労して密輸して何ちゅうタイギなことしとっと!とボンクラな私などは思うが、消費税のかからない国から金塊を密輸してきて、消費税のある日本で消費税つきで売る。これほどぼろい商売はないのだそうだ。もうかった分を元手に商売をすれば雪だるま式にもうかるんだそうで。消費税が高くなれば高くなるほどもうけがでる。(「福岡金塊事件の闇:海外マフィアが暴利むさぼる密輸ビジネス」パワーニュース編集部 参照)

 

消費税、いったいなんなんだ。なんのためのものなんだ?

 

昭和62年のときの所得税の最高税率は60%。今は45%。所得税の税収も減っている。

 

消費しなければ生きられないのに、消費することに税金がかかっているって、やっぱりそもそも何かおかしいんじゃないの?