先日、お客さまとのツアーで松山を訪れた時に、私の気になるお店を再び訪問してきました。




タルトで有名な
「六時屋」さんです。




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松山にはいろいろなタルトの会社があるんだけど、地元の人が圧倒的に支持してるようなのです。




北海道小豆に、無添加で、
そしてこの会社だけは一本一本を職人さんが丁寧に手で巻いていらっしゃる。




甘すぎず、ほのかな柚子の香り。




この上品すぎる味は、昭和天皇より再度の御用命をいただいたのが誇りであろう。




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なかなか再度の御用命という銘菓は聞いたことがない。




私の存じ上げている松山が本社の上場会社の社長さんも、この六時屋さんのタルトを手土産にされてるそうな。


この社名の由来は



「針はまっすぐ 正直に」




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その時計の針に例えて「六時屋」さんとされている。


その本店に訪れるのですが、実にいい空気がながれている。とても気持ちよく買い物をさせていただける空気は、何だろうかとかんがえてしまうほどに。



ぼくも経営者の端くれとして、何のためにを考えさせてくれるような気持ちになるお店。



針はまっすぐ 正直に。



いい言葉じゃないか。



そうでないと、
社員も可哀想だし、



自分が生きてきたことを否定されるような気がしてしょうがないじゃないか。


やはり誰のためでない、
お客さまのためだけでもない、


自分の人生のためではないかえ。
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昨日からミムラ名物、
ミムラ温泉ミステリーバスツアーに来ています。



どこに行くのかわからない。
何が起こるかわからない、
という一泊二日の旅です。


しかし、
そんなツアーに二十数名。


よく信頼しておいでてくださりましたよね(笑)




企画はすべてミムラの手づくり。
バスの中もガイドさんいなくて、
ユージ平田の世界で笑わす、笑わす。
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そして、先回りしていた社員が所々でどんどん仮装をして乗り込みます(笑)

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先乗りの車の中では早めに着替えて待ってますので、周りの目が恐い(笑)

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そんなこんだで


とにかくお客様を喜ばす。



あっ、
朝から頑張りすぎて
途中で疲れてこんな人もいますが(笑)


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エンターテイメント

ジュエリーカンパニーとして、


お客様に楽しんでいただける会社にします、の続きは



明日のココロだぁ~。
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昨日は休みでしたが、朝からヒーヒー言っておりました。


営業本部のある福山本通商店街が30数年間続けている「七夕まつり」の準備でした。


一週間前に朝早くから竹やぶに仲間たちと入って、45本の竹を切り出します。



45本たって、切ってはみたものの七夕の笹に使えないものもたくさんありまして、結局、数人で100本ぐらいを切り出してトラックに積み込みます。


そのあとは参加の幼稚園に竹を配って回り、飾り付けをお願いするのです。





そして、
今週はその飾り付けを終えた笹を回収するのです。


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いちごが乗っかった幼稚園や(笑)、
ヒロシマという英字を反対から読ませる名前の幼稚園とか、それはそれはいまは個性的でないと幼稚園も少子化に負けてはおられない。




もっと個性的に笑顔で迎えてくださる先生❤(笑)

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キャー♪───O(≧∇≦)O────♪


アホかいな。


運が良い年は、
先生が子どもたちとちっちゃなプールでピチャピチャ。


などを横目に眺めながら、
汗だくになって重たい竹を担いでトラックに詰め込んだりするんです。


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可愛い短冊もたくさんありますな。

ぼくも会いたい人、たくさんいるんですけど(笑)



今年は7月6日の土曜の夜に、
たくさんの園児たちが商店街に集結します。

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いいですか、みなさん(笑)



ブログとかFacebookの投稿とか、
人の意見にすぐに批判する人(笑)




ぼくのブログを批判するのは仕方ないかもしれないけど(笑)




カープが勝っても素直にモノの言えない、そこのわたし(笑)




とにかく、すぐに上目目線とか
批判的に感じる人がいますよね。




意見に賛成とか反対とかじゃなくて、
反応の仕方よ問題なんですが。



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これはね、
「自我」らしいんですなぁ。




自分が素直でないことが、
こうやって「批判的な」ものの言い方になって、



どこで勘違いするのか、


いつの間にか


その批判的な物いいが


「優越感」へと脳の中が認識されるらしい。


これは実は自我がそうさせる。





優越感を感じるから、また


批判的な目になる。





気をつけないといけないのは、

素直でない自分は


じぶんを守るために


批判的な精神を優越感にする。





じぶんを守るために


権力を持ちたがる。



すべて自我が、


自分の自信の無さかららしいよ。





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あれれ。


どうしましょ(笑)




そんなつもりではないのに。




みんな





そう言う(笑)

客観的になんて、
どこまであるんだろうか!?


というお話を客観的に書いてみたい(笑)




人は客観性を得てして求めたがるものではあるが、日本人というのはどうやらその傾向がひどく強い民族らしい。




他人が話をする上で、
報道を見極める上で「客観性」というものを探す。




だれだって、そうでしょ!



と、言うのがまた日本人的で(笑)




NHKが言うから大丈夫とか、



すごい人になると
朝日新聞が言うからその通り、だと。



どうやら、よその国ではそうでもないらしい。




アメリカでは、既に70年代から「主観的」であることを前提とした新聞報道が当たり前になってきた。




自分たちの意見を全面に出した新聞構成なり、テレビ報道を崩さない。



「人間に客観的は、あり得ない」


というのが軸だ。




だから、
新聞は署名で書く。
自分たちの意見に責任を持つからだ。




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ひるがえってこの国は、
「客観性」という誠にあやふやなことを大事にしたがる。




それは、
読者がそれを求めるからだ。
色のついた意見を本気で耳を傾けなくなる。




客観性とは何ぞや、
と聞かれた客観的好き(笑)の国民はこう答える。




国が言ってるから。




政府の発表が正しいにきまってる。
無条件に正しいのだ(笑)
どうなんだ。




最近では原発発表しかり。





そんなことは日常茶飯事で。




話がややそれましたな(笑)


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皆、人は
主観的にしか話が出来ないのです。
脳みそは、主観的以外なにものでもないから。


たとえば、

人が笑ったという「事実」でさえ、



脳が受け取るのは




「にこにこ」


なのか


「ほがらかに」


なのか


「ニヤニヤ」


なのか(笑)



これも主観的にしか伝えられない。


悪意が先入観としてあれば、ニヤニヤと思ってしまうだろう。



だから、



他人の言葉に




ひどく振り回されることは




ないんだよ。