「あーちゃんを生んでくれてありがとう」という「令和元年母の日」の母からの言葉に思わず涙‥‥ | ダウン症児のママはシンガーソングライター MIMOの「ギフト」な日々

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昨日は令和初の母の日。

毎年恒例のカーネーションを

母に届けた。

弟夫婦からも

綺麗な紫陽花が届いていた。

花好きな母は

花に囲まれただけで

気分が上がる様子。

ここ数年

持病がちょっと悪化気味で

私が外来通院に

付き合うことが増えた。

でもまだまだ元気でいてほしい。

 

「大切な母だから。」

 

なーんて思えるようになったのは

実はあーちゃんが生まれてからのこと。

実はとーっても

仲が悪かった私たち母子。

いつも喧嘩ばかりだった。

大人になりきれない母。

それに反発する私。

実は父とも

あまり話したことが無かった。

結婚式の「花嫁の手紙」に

書く内容がないくらいだった。

もちろん両親の夫婦仲も良くはなく

いつ離婚するだろうと

幼少期からビクビクしていた。

あーちゃんが生まれてなかったら

きっと私は両親の元を

とーっくに遠く離れて

暮らしていたことだろう。

 

 

そんな私たちにとって

 

「ダウン症のある

 ”あーちゃん”の誕生」

 

は青天の霹靂だった。

私たち家族は

雷に打たれた気がした。

天罰だとも思った。

母は外を歩く健常の子を見ると

 

「チクショウ!」

 

と思って泣いていたらしい。

私は

 

「もう人生終わった‥‥

 早く死にたい」

 

とさえ思っていた。

私たちは本当に

未熟な人間だった‥‥。

 

 

 

でも最初に変化を見せたのは

私の父(あーちゃんのじいじ)だった。

初めてあーちゃんを見せたのは

未熟児治療のために入院していた

病院の窓越しだった。

おくるみの中で眠る

小さなあーちゃんを

まるで仏様を拝むように父は

まぶしく愛おしい顔で見つめた。

今まで

見たこともないような表情だった。

 

「この人、

 こんな顔するんだったっけ?」

 

と娘の私がびっくりしたほどだった。

それからというもの

父は人が変わってしまった。

「あーちゃん命」人間に

なってしまった。

あーちゃんが退院してきてからも

とにかく育児に参加してくれた。

あーちゃんが何かひとつ

できるようになると

泣いた。

この人泣くんだ?と

私は軽く引いた。笑

 

 

母もだんだんと

「あーちゃんの魔法」に

ヤラれはじめていた。

 

「なーんて可愛いんだろう!」と。

 

同じく「あーちゃん命」人間に

変わっていった。

今まで別々の方向を見ていた

「高齢夫婦」がこの歳にして

「あーちゃん命」という

共通の趣味を見つけて

「同じ方向」を見だした。

そして今、母はこう言う。

 

 

「私はね、

 じいじがこんなに

 あーちゃんのことを

 可愛がる人だって、

 こんなに優しい人だって、

 初めて知ったの。

 私はあーちゃんを

 こんなに可愛がっている

 じいじを見て、

 じいじのことが

 本当に大事で

 大好きになったの。

 今が一番幸せかも。」

 

 

だと。

娘が赤面するほどの

アツアツぶりだ。

たいがいにしてくれ。笑

 

 

と、ここまで茶化して書いたが

私だって立派な

「あーちゃん命」の

「あーちゃん信者」になっていた。

 

 

「この子のためなら死ねる!」

 

を通過し

 

「この子を守るためにも

 絶対に死ねない!」

 

という心境にまで到達した。

あの日死にたかった私は

いったいどこに

行ったんでしょうね?笑 

 

 

人間の心とは

こんなにも変わるものなのだ。

心は

 

「揺らぎながら学び、

 揺らぎながら学び」

 

を繰り返しそして

それぞれの幸せの形にたどり着き

悟っていくものなのだ。

 

 

あの時早まらなくて

本当に良かった。

状況というものは

時の流れのように

年々

日に日に

いや一秒ごとに

変わっていく。

だから

「一時の感情」に

流されてはダメなのだ。

 

 

そして

両親と私との関係も

変わっていった。

愛しくて愛しくてたまらない

我が子「あーちゃん」を

こんなにも愛おしく

思ってくれる両親。

ありがたくてありがたくて

何度泣いたことだろう‥‥。

これは

「あーちゃん」が存在しなかったら

絶対に湧いてこなかった感情だ。

 

「親っていいモンだなぁ‥‥」と。

 

感謝しなきゃな‥‥。

大事にしなきゃな‥‥。

いつまでも長生きして

あーちゃんのこと

夫婦で可愛がってくれよな。

そしていつのまにか

私にとって

 

世界で最高の「両親」

 

にまで昇りつめていた。

この人たちのためにも

あたし

頑張んなきゃな、と。

 

 

令和元年母の日。

母は私にこう言った。

 

 

「おねえちゃん

 あーちゃんを生んでくれて

 ありがとう。

 この子がいるから

 私たち夫婦は

 こんなに仲良くいられる。

 いつまでもお姉ちゃんと

 こんなに近くで密に

 親しくしていられる。

 頼られることも

 親として嬉しい。

 そしてお姉ちゃんのことを

 いつも頼りにしてる。

 私たちは幸せよ。」

 

 

ジワーっときたのを

悟られたくなくて 

私はうつむいた。

此の期に及んでまだ

こういうシーンには

照れ臭くなる私です。

 

でも、すべてのことに

意味はあるんだなぁ‥‥。

辛い過去も

試練も。

でも言えることは

すべてのことが

「ストン」と落ちて

穏やかな気持ちで

「感謝」できる時

すべてのことは報われる。

これ以上の幸せなんて

ない。

誰がなんと言おうと

私は今

幸せだ。

 

 

あーちゃんのおかげで

私たちは家族は

本当の「家族」になれた。

私たち家族に

「必要」だった子だった。

我が家ではあーちゃんを

「神様からの預かりもの」

と呼んで愛しまくっている。

親バカ

じじばばバカで

結構です。笑

 

 

 

父よ

母よ。

「花嫁の手紙」の内容が

イマイチで

あの時はごめんよ。

今なら想いは

溢れてるよ。

「蝉しぐれ」は

私から二人への

ラブレターだよ。

いつも‥‥

ありがとね。

長生きしろよ。

 

 

 

 

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