【旅日記】諏訪の桜名所はお城だった | お出かけ大好き  みみみのごはん

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先日、青春18きっぷで長野県諏訪市へ行ってきました。

 

 

前回は太養パンで朝食をとり、桜の名所に向かって歩き始めたところまででした。

旅をしたのは4月1日。

東京ではすでに桜は見ごろを迎えていましたが、諏訪市では早咲きの桜が満開で、ソメイヨシノはまだ満開にはなっていませんでした。

 

桜の名所を探していたら、なんと「高島城」というお城があることが判明。

どんなお城でしょう?

楽しみです。

 

道順はもちろん、Google先生の言う通り。

 

えーっと、この橋が「への字」になっているように見えるのは気のせいですよね?

…うん、だって車も通っているし、きっと気のせいだ。

 

そして、JR上諏訪駅から徒歩20分、太養パンから15分くらいで見えてきたのが!

 

※撮影 2023年4月1日

お堀だ!

そして桜が綺麗。

高島城の角櫓

 

さらにこの先には。

 

高島城 天守閣が!

 

4月1日では、まだ諏訪市では桜は咲きはじめ。

名所では蕾のところも多く、せっかくだから少しでも咲いている所は無いかと探して、たどり着いたのが高島城でした。

よかったー、少しでも咲いていて!

 

高島城は、1598年(慶長3年)に築城されました。

当時は諏訪湖の水が城の際まで迫り、城が湖上に浮いて見えたので「諏訪の浮城」と呼ばれていたそうです。

初代城主は、高島藩主 諏訪頼水。

10代藩主 忠礼までの270年間、諏訪氏の居城となりました。

 

しかし、1871年(明治4年)、廃藩置県いより城郭の撤去が決定。

1875年(明治8年)には天守閣の撤去が終了、翌年には本丸跡が「高島公園」として一般に開放されました。

 

しかし、諏訪市民の強い要望があり、1970年(昭和45年)、天守閣、冠木門、角櫓などが復興されました。


現在天守閣は、郷土資料館、高島城史料室、展望台として公開されています。

 

冠木門を抜けて

 

すぐ右側に高島城がありました。

 

ああ…毎度おなじみ、高い所が苦手問題。

今回も外観だけでどうぞご勘弁を。

 

とりあえず、手前の階段だけでも上がって、より近づいてみました。

…あれ?

 

なんだろう、この身近な感じは。

は、茶色いからだ!

お城と言えば、先日見に行った松本城のように黒漆で真っ黒だったり、姫路城のように漆喰?で白かったりしますよね。

茶色いお城、珍しくないですか?

 

一般的にお城の屋根は瓦葺ですが、高島城は杮葺き(こけらぶき)でした。

杮葺きとは、木のうす皮を幾重にも重ねて作るのだそうで、その印象からか、全体に茶色っぽいお城だったのだとか。

なぜ瓦で無かったのかには諸説あるようですが、諏訪の寒冷に耐えられる瓦を調達できなかったからという説が有力です。

ちなみに、現在のお城の屋根は「銅板葺き」になっているそうです。

 

早咲きの桜が満開になっていて、地元の方がたくさんいらしていました。

公園は無料で入れるので、地元の方の憩いの場所になっているようでした。

 


 

 

「なんとかお城と桜を一緒に撮りたい」の会(笑)

 

 

 

サンシュユ(山茱萸)

 

アオサギもお花見に来ていました。

 

とってもお花が綺麗で、何よりもたくさんの方が楽しんでいるのが良い公園だなぁと思いました。

 

が。

 

最後の最後に、同行者が冠木門でえらいものを見つけてしまいました。

 

 

え。

い、飲食禁止??

 

…そうなの?

 

いや、何も見なかったことにしよう。

だってみんなお花見楽しそうだったもん。

よそ者は早く去るに限る。

 

というわけで、今回は高島城のお話しでした。

高島城に上ると、諏訪湖が見えるそうです。

皆様はぜひ、お城に上がってみて下さい!

 

旅はまだ続きます。

次回もまたご覧頂けたらうれしいです。

 

 

 

 

 

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