の宿題で、
これを直接お母さんに聞くために
実家に帰りました。
実家近くのベビーシッターの仕事と
母の病気発覚と入院で
ちょうど帰るタイミングが舞い込んできた。
夜ご飯を食べて、
なんだか言い出せずに心臓バクバクだった中、
私が妊娠できなくてこの1年間辛かったことから
伝えようとして、
話始めて早々ボロボロ涙が出てきました。
子どもが欲しいけどできないこと、
生理が来るたびに泣けてくること、
病院に行ったこと、
心屋というところで心のことを学んだこと、
そこでは幼い頃の出来事や感じたことに目を向けること、
私はできる子になって自分が一番「できないこと」を許せていなかったと気付いたこと、
当時は分からなかったけど、
ほんとはもっと甘えたかったこと、
ほんとはもっとわがまま言いたかったこと、
ほんとはもっと仲良くしたかったこと、
泣きながら少しずつ出てくる言葉をそのまま伝えました。
そして、
「お母さん、私妊娠できなくてもいいかなぁ。」
と小さな声で言いました。
そしたら、
「えっ?妊娠してほしいとか全然思ってないよ。『目の前にいるあなたが私の娘』だから、何があるからとか何がないからとか思ったことないよ。それより、そんなに妊娠できなくて苦しんでるみさちゃんがどうにかならないか心配。」
と答えてくれました。
そして、
お母さんは幼くしてお母さんを亡くしたから
「お母さん」というものが分からなかったこと、
どう接したらいいか分からなかったこと、
自分も甘え方が分からなかったから、
甘えられ方が分からなかったこと、
同僚や友人に急に親しげに腕を組まれたりすると体が固まること、
あの時はがむしゃらで
離婚して寂しい思いをさせたことは申し訳ないと思っている、
あなたたちが他の家庭に生まれてたらもっと幸せだっただろうなと思うこともある、
と伝えてくれました。
続けてこうもいいました。
「できなきゃと苦しかったこともあっただろうけど、そうやって頑張ったことで今のみさちゃんがいて、得られたこともいっぱいあるからね。」
母の人生にもいろんな出来事があって、
今の私のように落ち込んだり、突っ走ったり、
上がったり下がったりしながら生きてきたんだなぁ。
そして、苦しかったことも
それはそれでいいんだと、今に繋がっているんだと母に教えてもらいました。
そしてもう一つ聞いてみたこと
「お兄ちゃんの方をいろいろ気にかけているように見えて、お兄ちゃんの方が可愛いだろうなぁと思ってた。」
そしたら、笑いながら、
「それはない(笑)可愛さはどっちも同じよ!
気にかけてたのは、私がいなくなった後にお兄ちゃんがのたれ死んだら、みさちゃんに迷惑がかかると思ったから自立して欲しかったからよ〜(笑)」
と言ってくれました。
私の知らない愛情がそこにありました。
言いたいこと伝えて、聞いて、
いろいろ思い巡らせながらその日は眠りました。
*************
翌日、仕事があったので帰る時間に。
駐車場の途中まで送ってもらって、
バイバイと別れてなんとなく振り返る。
目に映った母の背中がとても小さく見えて、
涙が溢れてきました。
声が出ず、ひたすら後ろ姿を追いかけて
実家までまたたどり着く。
ボロボロ泣いてたたずむ私を見て
母はびっくりしたような戸惑ったような表情で
私の荷物を持ってまた駐車場まで送ってくれた。
そして車の運転席に乗って泣き続ける私。
出てくる言葉は
「ごめんね。ごめんね。。
可愛げない子どもでごめんね。素直になれなくてごめんね。可愛くない子どもでごめんね。」
ただただこう言って泣いていた。
そして言えなかった言葉
「抱きしめてほしい」
その言葉が言えずにただ泣くことしかできなかった。
母は「そんなに泣かないで〜」と言いながら
少しずつ近くに来てくれた。
そして、何も言わずに、若干距離のある
それはそれは不器用なハグをしてくれました。
抱きしめてもらって嬉しさと恥ずかしさで
涙が溢れる。
『あ〜私たちはただ不器用なだけだったんだなぁ。愛情を表現するのも、受け取るのも、ただ不器用だったんだなぁ〜。』
そこにいたのは
ただただ 不器用な母と不器用な娘
でした。
全部愛情だった。
全部愛情なんだ。
そのあとお母さんからメールがきて、
「うまいこと言えなくてごめんね。
か弱いみさちゃんもかわいかったよ。」
と。なんだか恥ずかしく嬉しい気持ち。
気付くと笑ってしまうほどの不器用な愛情
そこにほっこり気付いた2日間でした☆