晴れ、時々・・・
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久々の夜ライブ

以前ご紹介したことのある

いけばなの先生であり

前衛芸術家の友人ユリさん






これらは先月の個展の作品の一部


その彼女からのお誘いで伺ったのが

漫才師ぼんちのおさむちゃんのライブ


ユリさんのご友人ミチヨさんが

時々彼のバックで

ピアノを弾いているらしい


場所は大阪曽根崎のビルの5階

ニューサントリー5(ファイブ)


其処で食事をしながら飲んで

演奏前のミチヨさんともお喋り


音大出の明るく感じの良い女性ニコニコ


お客様は見事に50代以降

ほぼ60代後半から70代メイン


中にはホールインワンを11回ひらめき電球

と言う偉業を成し遂げた高齢男性も



そしてユリさんはボーイに頼んで

おさむちゃんを我々の席に呼び付け

「おさむちゃん、はいプレゼントドキドキ

と「おさむちゃん」のネームが

刺繍されたタオルをプレゼント


私は大昔の漫才ブームの時から彼を

存じ上げているが 実物とは初対面


「ユリさん、彼を知っているの?」


「ううん、ミチヨちゃんから

話聞いていただけ」


「・・・・」


ユリさんは元々東京の人

別れたご主人が大阪人


離婚後も大阪に住み続け

大好きな芸術に目覚め

生み出す作品が次々知事賞受賞

その才能の豊かさに感心してしまう


そんな彼女が大阪のおばちゃん

みたいな事を平然とやってのけることに

これまた驚いたびっくり

プレゼントを自ら渡しに行くでは無く

彼に来させるなんて、ね泣き笑い


7時半からライブが始まり

おさむちゃんは味のあるしゃがれ声で

時折観客を笑わせながら

YesterdayやMy wayなど

楽しげに歌って魅せた

おさむちゃんも楽しそう音譜


1時間の前半が終わったらユリさんは

隣の席のやはり昭和歌謡を歌って

ライブ活動をされている方々の

女性ボーカルに向かって


「ねぇ?このライブの何処かで

貴女歌ってくれない?


もう上手いのか下手なのか

よう分からんオッチャンの歌より

(発言が怖いわあせる

貴女が美声で歌ってくれる方が

いいから ちょっとお願いね」


良くまぁ〜そんな厚かましい事を

平然とお願いするもんだ滝汗


そしてピアノのミチヨさんも呼び付けて

「ちょっと飛び入り参加で

彼女出してあげて?」などと

プロデューサーみたいな事を

指図… いえ頼んでいる


この日ユリさんは白のトップスに

ピカソの絵のような華やかな柄物の

パンツを履く個性的な出立ち


隣の方も「只者ではありませんよね?」

と恐る恐る聞いて来る泣き笑い


一昨年目頭と鼻の間に癌が出来

オペ出来ず今も薬で何とか治療しながら

お花のお稽古と作品を作り続けている


もう彼女は怖いもん無し

なのかも知れない



そして30分後第2部が始まったら

4曲目に飛び入り参加の

ミュウミュウさんが

ピンキーとキラーズの

「わ〜すれられないの〜」の

『恋の季節』を


懐かしい〜キューン


客席大盛り上がり音譜


そのあとおさむちゃんもsing sing sing

70代くらいのドラマーのスティックさばきも

見事で 割れんばかりに拍手喝采ビックリマーク


やはりライブって演者と観客を

一体化させ 盛り上がると

楽しいものですね〜ラブラブ


アルコールも入るから

全員ノリノリ音譜


久々にとても楽しい夜だった


歌の上手い下手より

いかに演者も客も皆が楽しく

盛り上がれるか、なんだな〜



おさむちゃん自身は73歳の割に

若々しい格好はされていたが

元来優しいタイプの方なのか

彼のうちうちのご友人グループと

飲んで静かに談笑されているのが

一番彼らしく感じた


昔は漫才全盛期

彼もそのまま続けることに

不安を感じ途中役者に転じた


そして再び元相方とコンビを結成


先日2回目上方漫才大賞を受賞され

とても嬉しそうニコニコ



ところでユリさんの先月の個展


個展終了後 ユリさんから電話


「あのさ〜miekoさんが帰った後

あの場にいらしたお客様が

『ユリさんCAのご友人がいるの?』

と聞いて来たから

『居ませんよ、なんでですか?』と

尋ねると先ほどこんな人が

来ていたでしょうと言うから

miekoさんのことだと分かった


次にもう1人が

『いや、新地のママよね?』と

(幾ら画廊が北新地の近くだからって汗


画廊のお嬢さんは

『いや、ブティックのオーナーでしょ』

(紺のワンピースの

地味な格好だったのですけど汗


もう皆miekoさんを色々な職業に

例えるから可笑しくておかしくて笑い泣き


『今日は地味だったけれど

昔はメチャクチャ派手な人でしたよ』

と言ったら 

『新地のママは夜は華やかだけれど

昼間は地味なものなんよ』と

未だ言うんよ


『だーかーらー違いますって泣き笑い

って言うたわ


miekoさん どれだけ地味な服着ても

顔が派手だから地味にはならない


それなら顔に負けないだけ

昔みたいに鮮やかな柄物とか

華やかな服を着てよ〜

お願いやわ」




40代50代半ばくらいまでは

耳タコほど「宝塚ご出身ですか?」

ばかり言われて来た


無論可憐な娘役ではありません


でも何故私がそう言われていたのか

未だにワケが分かりません悲しい




そんな私が今では新地のママやオーナー?




ほぉ〜段々貫禄が出て来たってことキメてる






いやはや 今後歳を重ね 

見知らぬ方々に 私は何と

思われるようになるんでしょうね〜












8月のフラワーアレンジメント

今回アーティフィシャルフラワーの

2回目


アンスリウムがアクセントのサマーアレンジ


前回と違って切って

籠の中のドライスポンジに

挿していくだけ


スモーキーカラーが爽やか音譜


そしていつものtea time


そのtea time前に70代後半の

帰化されたマダムが私生活をお話しに


若い頃お舅さんが非常にキツく

口ごたえもせず我慢していたら

ノイローゼになったと言う


韓国ではお年寄り 歳上を敬う

それはとても良いことだと思うが

中々シビアなお話を伺うと

国民性の違いとは言え驚くばかり


また彼女の家はいつ伺っても

綺麗に片付き センスも抜群!

彼女ご自身がかなりの綺麗好きだと

思っていたら 実はご主人の方が

ずっと綺麗好きだそうで

少しでもクローゼットが乱れていると

夜中でも片付けさせられたそう



マダムには

2人のお嬢様がいらっしゃるが

男の子じゃなかったからと

生まれて何日もご主人は顔を

見にも来なかったらしい


それは悲しいですよね悲しい


それでも彼女は耐え抜き

お舅さんとご主人に仕え

今ではすっかり立場が逆転し

ご主人が一生懸命奥様の顔色を

伺いながら暮らしておられるのが

可笑しくて微笑ましいニコニコ


70代後半の奥様と80代のご主人

「今は私が主人を虐めている爆笑

とニコニコ顔で仰る


ご近所なので何十年も前から

良く存じ上げているが

ご主人コワモテの風貌なので

ご近所でも怖がられていたが

私はお茶目な面を存じ上げているので

何とも思わない



昔スリット入りのパンツ(ズボン)を履き

たまたま出会ったらご主人すかさず

「奥さん、パンツ破れてんで〜」


すると奥さん

「アンタ何言うてるの、

これはそう言うデザインなの

何も分からんとそんなこと

言いなさんなえー

ってな具合照れ


またある日は私の前で酔って

マダムを抱き締めて

チューキスマークしようと顔を寄せ

マダムにピシャリと跳ね除けられる


ヤンチャ坊主がそのまま

大人になった感じ音譜


ブイブイ言わせておられた頃は

艶聞に事欠かなかったが

会社を引退されてからは

身障者の弟さんの面倒を最期まで看て

家庭菜園に精を出し 夜の帝王は

いつしか家庭的な心優しい

おじさんになっていた



あ〜 いいな〜〜

若い頃は色々あっても

今は仲良しこよしのお2人ニコニコ



ところであの元気いっぱいなお花の先生

最近転ぶ友人が続出し

捻挫だと思って病院に行ったら

骨折で入院など

色々思うことあり

未だ元気なうちに

いや元気な時からしか

受け入れてくれない

ご自身が入る施設を考えていると言う



えっはてなマーク毎週ゴルフに行き

毎晩一人ご飯を作り晩酌

お稽古前には車運転して

お花を仕入れに行き

お花のレッスンも今年3月

35周年記念パーティを

開いたばかりだと言うのに!?



「だって自立型だから

具合悪くなってからだと

受け入れてくれないじゃ無い?

だからお盆休みで帰っていた娘と孫連れ

どう?と一応見せておいたニコニコ」と



病気知らずで人並み以上にお元気でも

そう言うことを考えるのか…









「で、今夜は大阪の

バルチカ03で飲み会やねん爆笑ラブラブ










先生

施設はもっともっと先で良いと思う…汗












悲しい現実

最近あるご老人が何度も診療所に

来られるそうだ


先日 昼休みの時間帯に

診療所のインターホンが鳴り

私が出て行くと

唇を真っ白にしたお爺さん


泡を吹いている!と

慌てて家に居た夫に伝え

対応してもらったら

「しんどい、なんとかしてほしい」

と来られた様子


唇が白かったのはコンビニの

ソフトクリームを食べた跡だったらしい


そして翌日夜 夫は不在

私はお料理の先生の宅飲みによばれ

10時過ぎに帰宅


インターホンにまたあのお爺さんが

暗い中我が家を訪れていた録画画面


見ると夜の9時50分


翌朝 診療時間に来てくれたそうだが

受付さんに9時頃に来るよう

言われたから昨夜行ったと話したそう


わざわざ朝と言わずとも分かるだろう

と言うのはこちらの配慮不足


紙に書いて渡しても

失くす確率高し


お分かりの通り認知症も入っている


ケアマネさんも子供たちもほぼ

放置状態なのか

電話しても繋がらないらしい


これは子から親へのネグレクト?


コールバックがあっても

良さそうなものなのに


と書きながら もしかしたら

子から親へ電話しても

耳が遠くて直ぐに取れていないのかも


しかしケアマネさんですら

そうなのだろうか?



そしてまた今度は私も良く知る

未亡人


お盆休みで休診中にも拘らず

腰が痛いから診てほしいと夕方ピンポーン


これまた夫が先日沢山

湿布薬や塗り薬を渡した話をすると

「あら、あれ何処に置いたかしら?」


この方も認知症が進んで来ている


それより幾ら伝えても

水分を摂取しないそうで

「今日は午後から何も飲んでいない

喉渇かないし」


夫は慌てて水を入れ

彼女にその場で飲ませる


息子さんや娘さんも前から

連絡がつかないと

夫から聞いている


数年前までは会うと

「息子一家が来るから

娘たちが来るからニコニコ

道で逢えば楽しげに会話されていたのに


どちらのご老人も独り暮らし


子供たちもそれなりに理由は

あるだろう


でも子供たちがそう言う状態で

果たして他人がそこまで介入して

やってくれるだろうか?

やって良いものだろうか?



最後にご近所の90代後半のお婆さん

つい最近までとてもお元気で

ずっと自転車に乗り

お買い物をされていた


ご主人を早くに亡くし

子供もいない 何十年とお独り暮らし


大変な資産家だとは

共通の税理士さんから

聞いてはいるが

生活ぶりは至って普通


良く手作りのラッキョウ漬け

新生姜の甘酢漬け

実山椒の佃煮

旬の煮物など美味しいものを

色々くださるので

私も旅先や出掛けた先で買っては

お渡ししていた


しかし7月初めの猛暑で

お婆さんは体調を崩し入院

今は退院されているが

そこに今居るのがお婆さんの甥


資産家の彼女に

「おばさん、お金たっぷり遺してね」

と昔から言っていると

税理士さんから

密かに聞いている


年に一度程度しか様子見に

来ない東京の70代くらいの甥


税理士さんはお婆さんに

「そんな事考えず

好きに使いなさい」と

助言するも 年老いて

そうそう欲しいものは無いもの


海外旅行するにも体力は無し

ブランドものにも興味無し


せいぜい美味しいもの

こだわりのものを楽しむ程度



その甥が主治医である夫に

「近くに居ながら

どうしてちゃんと診ていないんだ

一人で暮らしていたら

大変だと分かるだろう?」

と言って来たらしい


僕は施設に入っている母親が居て

頻繁には来られないのだから

要するにお前がちゃんと診ろ

と言う事らしい


夫がそれなら◯◯さんを施設に入れては

いかがかと提案すると

そんな事は私たち家族で考えるから

口出しするなと言うそうだ


加えて去年だったか

この甥の息子夫婦が

大阪見物にやって来て

皆が帰った後の寝具の洗濯が大変だと

お婆さんがこぼしていたのを聞いて

私は他人事なのに心底

腹を立てていた


90代のお婆さんに

私でもうんざりする事させて

知らん顔して帰る⁈

なんてね



ったく どいつもこいつも悲しい





それにしてもそれぞれに

事情があるとは言え

明らかに認知症がある

体力も衰えて来ていると分かりつつ

独り暮らしの親を 見て見ぬふり

出来るものなんですね




憎たらしい口を聞きながらでも

夫と2人暮らせていられるのは

とても幸せな事なのですね




そして今は度々帰省したり

仕事帰りに立ち寄ってくれる

息子たちだと思っているけれど

そのうち私一人になると疎まれ

放っておかれてしまう未来が

あるかもしれないと

今から肝に銘じておかないと

いけませんね







身近なご老人を見て

色々考えさせられる

今年のお盆です













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