~自分に甘い最近のトップたち~
最近の地上波放送局はよく燃えていますね。
その原因はどれも自分たちの思い込みで突っ走り、視聴者を置いてけぼりにし、馬鹿にし、意見を聞かない、そして最後には視聴者か誰かのせいにして責任逃れをするからでしょう。
これってなんか思い当たる感じしませんか
はい、これって典型的な「だめんず行動」なんですよね…
この燃えちゃってる企業を自分の彼氏、または彼氏が勤める会社や彼氏の実家と考えたらどうでしょう
「絶対原因はあんただよね」って周りに分からないように聞いてみたり、口に出さないまでも、彼氏に分かるように「じとー」っと見つめてたら分の悪さを感じて「いやいや
違う違う
悪いの俺じゃねぇーし
悪いのは、あいつとこいつで、俺は何にも関係ないし」と、言い訳して、誰かをスケープゴートにして逃げようと必死な人…
あなたの周りにもいませんか
企業のトップという下駄をはかせてもらって…と言うか…下駄以上の…シークレットにもなっていないシークレットブーツと言うか、もはやサーカスなどでしか見かけないような高足曲芸のような履物を履かせてもらっているから何となく「偉い」とか「凄い」とか思ってしまう人がいるというだけで、やっている事は身近にいる「だめんず」と何ら変わりのなり…いや、もしかしたら「だめんず」なのに企業のトップにいられるという意味では「だめんず以上の厄介な人物」なのかもしれませんが…そういう人物という事でしょう。
今、燃えている企業の共通点は他にも「謝罪が出来ない」というものがあり、のらりくらりと逃げ回ったあげくに謝罪するという「時間がかかり過ぎ謝罪」や「散々煽りたおしておいて『皆、やっちゃダメですよ』と、急に視聴者を悪者にして『俺たちが注意しときました』みたいないい人ぶるためのなんちゃって謝罪」や「そもそも謝罪する気のなり逃げきり誤魔化し報告」なんていうのもありましたね。
これらが意味するのはプライドの高さです。
自分たちがやらかしておいて急に視聴者を悪者にしていい子ぶるのは、それだけプライドが高く「自分たちが悪い事をしました。」という「負け」で終わらせたくないから最後は自分たちが「指導(注意)してあげた」という上から目線で終わらせないと気が済まない、負けた気がするというほどプライドが高いって事です。
まぁ、ロケで一般の方から指摘されてもそれを認められず「一般の方々と我々は違うんです」と、末端のスタッフが言い放つくらい社内にプライドの高さが蔓延しているようですから…
危機管理では炎上した場合、即謝罪するのが鉄則です。
炎上などの会見で失敗するのは謝罪に徹しなければいけない場面で「言い訳」を入れてしまうからです。
謝罪に徹しなければいけない場面で「言い訳」を入れてしまう理由は、「追及が怖い事」と「プライドが高いから」です。
言い訳を入れてしまうと、言い訳に沿って「自分は悪くない」という方向に持って行かないと自分の中で矛盾が生じ「矛盾を指摘される」という事になりかねない…(言い訳を入れた時点で矛盾は生じているんですが「怖い」という思いから論理がおかしな事になっていることさえ分からなくなっている場合も多いものです。)プライドが高いと自分の間違いや矛盾が認められないので、まぁそもそも謝罪する事が難しいのです
つまり、言い訳の長さや、言い訳の多さがプライドの高さを表しているって事です。
最近では、謝れない企業が多い中、あまりにも潔過ぎて視聴者がビックリした会見がありましたね。
はい、テレ東の「激録・警察密着24時!!」です。
この謝罪会見で石川社長は「もうやめたい。やめます」と述べたうえで、一切制作はしないと答え、この番組の制作や放送を取りやめる考えを示しました。
勿論、番組に問題がありBPOが入るほどの事態ですから大変な事ではあるのですが、多くの人はまさか番組を即やめるとは思っていなかったけれど「そこに何らかの病巣があるのなら一旦は切り捨てて取り除く事が大事」という潔い決断に好感度は上がりました。
人は「金」や「権力」「立場」などに執着しだすとそれらを失いたくないために「失わなくていいように」行動し始めます。
それが多くの人から非難されても「金」や「権力」「立場」を失わないのであればどんな事でもするようになりますし、誰彼構わずスケープゴートにもするようになります。
こうなると、独裁的な風潮が蔓延しだして、組織にいながら下の立場の人たちは従わざるをえなくなり奴隷社員となっていき、小さな独裁国家のようなものが出来上がるわけです。
本来であれば、こういった独裁的な運営がされないように他の取締役や株主などが動くものですが、どうにも独裁的取締役に甘い取締役や株主が多いようで、独裁的な代表を野放しにした結果、今日のような状態になっているように感じます。
これがもし自分の彼氏や彼氏の実家、彼氏の会社だったりしたらあなたはどう思いますか
こう言っても最近では、「「金」や「権力」「立場」があるなら誰かを犠牲にしてもいいんじゃない自分さえよければ」なんて事を堂々と言ってしまう人も少なくありません。
まぁ、視聴率が減ったとはいえ、それなりにまだ影響力のある地上波局のトップの振る舞いがこうだと、影響され勘違いしてしまう人が増えるのも仕方のない事なのかもしれませんね
自分たちの振る舞いがそういった影響を及ぼすと考えないのは、自分の立場などより本当に自分の事しか考えてないからです。
自分の事しか考えられないのは独裁的な思考だからで、独裁的な思考というのはDV的思考に繋がる事です。
DV思考に繋がると言ってもいきなり部下や後輩を殴ったり蹴ったりするわけではなく、組織の場合はパワハラやモラハラからはじまり段々とエスカレートして相手の自尊心を抉るような発言になって行き最終的には相手の尊厳を踏みにじるような発言などになって行き、これがバレると言い訳したり、弱ってみせたり、雲隠れしたりと、今までの勢いはどこへやら…という人が多いのも特徴です。
横暴で独裁的な組織のトップの最後と言うのは往々にして情けなかったり、惨めだったりする事が多いのも特徴です。
それは執着が先行するため「自分の引き際がわからない(決められない)」から。
自分の栄華がいつまでも続く「はず」という思いと、気にしないと思いながら気になってしまう「いつか引きずり降ろされる」という恐怖の狭間でうだうだしている間に時間が経ち、痺れを切らした人たちからトップの座から降ろされる…という事がよくあるからです。
人間的に尊敬できる人と言うのは、その引き際も見苦しくなく鮮やかなものです。
さて、誰が鮮やかに去り、誰が見苦しくその座にしがみつくのか…
あと数年で結果が出るのではないかと思っています。
このお話が誰かの心のヒントになれば幸いです
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