見えない神経 | 群衆コラム

群衆コラム

耳目を惹きつけて止まない話題の数々。
僭越ながらお届けいたします。

幕末の当時。

テレビやラジオのようなメディアはなかったけれど、

口コミはあった。

これがメディアのようなものだったかもしれない。

しかし、口コミ侮るなかれ。

人から人の口を伝って

人の名前や出来事が

日本列島を駆け巡っていた。



それにしても、

口コミでよくそんなに広まったなあと思う。

人の往来は全国的にあっただろうが、

これまた新幹線のような乗り物があったわけではない。

人が歩いて、人がしゃべり、

人の名前が全国に広まっていく。



そんなことがあるのかと思う。

じつに不思議である。

たとえば今、隣りの市の誰それについて

知っていることがあるかといえば、知らない。

かりに知っていたとしても、

それは新聞、雑誌などで見たものであろう。



この時代の人はよくしゃべったのだろうか。

おそらくはよくしゃべっただけでなく、

面識のない人ともよくしゃべったと

想像する。



口コミだけで情報が広まっていくというのは、

日本全国で伝言ゲームをしているようなものである。

それが勝手に行われるのだから、なんだかすごい。

なんだかすごいとしかいいようがない。



この当時は三百諸藩がひしめきあっていたときで、

「日本」という単位は

人々の意識のなかになかったらしい。

それなのにこの結着力というか見えない神経のようなものが、

広い国土のなかをつないでいた。



技術のあるなしでは測れない、

人のつながりの強さに思える。

こういうものをもっている国は

現在もあるのだろうか。