小生、東海道新幹線には大体2週間に1度は乗車するのだが、東京から乗車する前に調達する弁当は、押しなべて崎陽軒のシウマイ弁当が定番となっている。かつて様々な弁当にトライしてきたが、値段が少しずつ上がってきているのが少し気になるものの、結局コストパフォーマンスを鑑みて、結局このシウマイ弁当に落ち着いてしまう。部品構成はご飯のほか、シウマイ5個、厚焼卵、鮪のつけ焼き、赤い縁取りつきの蒲鉾、鶏の唐揚、筍、杏の甘煮、切り昆布、千切り生姜、及び小梅。ある意味、汽車弁当の元祖かもしれない基本形でもある。
聞けばこのシウマイ弁当が誕生したのは、なんと昭和29年だったそうだ。それを知ったのはつい最近なのだが、聞く前からなんとなく世代的な整合感は感じていた。
ところで、このシウマイと言う言葉、本来はシュウマイ、或いは焼売と表すのが普通なのだが、「シウマイ」で検索すると完璧に崎陽軒のシウマイに誘導される。つまり、崎陽軒の商標の様なものなのだ。これは凄いことだ。なまじっか商標登録するよりも「シウマイと云えば崎陽軒」という方程式が確立されているということなのだ。考えてみると、スゴイ戦略でもある。調べてみると、日産約2万食の生産高だそうだ。人気が高いことがわかる。今や、ある意味横浜の顔のひとつだ。
さて、実はこのシウマイ弁当に就いて少し問題が生じた。少し、ではあるが。
それは、弁当に内包されている醤油ボトルの蓋が固すぎて開けられなかったということだ。なんだ、些細なことだと思うなかれ。醤油がさされていないシウマイなんぞ、それこそ醤油抜きの寿司とか玉子かけご飯みたいのものだ。味のコラボレーションというのは食材と調味料が共振することで昇華するというものだ。
従ってこれは大問題だった。もちろん力任せに蓋を捻れば開いたかもしれないが、醤油が飛び散って服にデカイ染みが付いてしまうかもしれないという恐れから、それは躊躇した。とはいえ、隣の席が空いていたことを幸いとして歯に加えてまわしてみたり、いろいろ試してみたのだが、総てダメ。仕方なく醤油無しのまま、共振しないままの食材を味わうこととなった。
これは何とかしなくてはならない。そう思った。小生の様な犠牲者が多発することはよろしくない。些細なことからファンが突如としてそっぽを向くことは、芸能界のアイドルの押メン変更と同様だ。
そこで現物の醤油をそのまま持ち帰り、必要なデータ、即ち製品名、製造ロット、購入年月日、購入場所が書かれた包装紙や売店のレシートなどを取り揃え、不具合状況を説明するレターと共にお客様相談室へ送付した。日産2万食のうちの1つかもしれないが、消費者の声は届くだろうと考えての行動だった。
それから一週間後、崎陽軒は生産管理・技術課から署名つきのレターと共にシウマイギフト券2枚を送ってきたのだ。
レターは自動応答の様なものではなく、症状を踏まえた上での具体的な善後策として「製造メーカーに対して、醤油ボトルの蓋を閉める工程でトルクを再調整するように指示した」と書かれたきちんとしたレターである。
小生的には今後対応されていればいいと言う程度にしか考えていなかったので、ここまで対応してもらえるとは思っていなかった。
アッパレである。
逆に礼をいいたいくらいだが、この場で謝意を書き記すものとする。
近年、クレーマという人種が蔓延っていると聞く。特に高齢になると相当厄介らしい。まして最近はツイッターの様なSNSで何でもかんでも、あることないこと瞬時に世界中へばら撒くことが出来る時代となり、一般消費財を販売しているメーカーはさぞかし大変だと思うが、中には品質改善のアイデアや対策ヒントを提供してくれる情報提供者もいる。今回の小生の行動はそんな大それたものではないが、それなりの対応策を講じてもらえるのであれば、品質改善への貢献が出来たのではないかと思う。
一般消費財に限らず、改善改良を進めるにはユーザの声を反映させるのが一番だ。企業はそういう声を聞く耳を持ち、なおかつ役立つ情報かどうかを見分ける選球眼が必要だろう。そうした関係が出来ればWin-Winの構図が出来上がる。
今回の件で、崎陽軒の対応は立派だったと思う。もちろん他のメーカーと比較した結果ではないが、絶対値として正しい方法で対応したと考える。
今後もシウマイ弁当が新幹線弁当としての主食となりそうだ。






























