小生、かれこれ5年ぐらい一行日記を付けている。要はメモだが。
日記と言えば小学生の頃に書かされて以来、長くて数か月で続かないのが常だったが、その理由は長く書こうとするからで、一行以上は書かないとすれば案外続くものだ。もちろん書き忘れることもあるが、そんな時は後日必ず思い起こして書き記しておく。書く内容はその日にあった事を出来るだけ一行にまとめる。全部入るわけないから、記憶に残ったことを書く。日記というより、日報の様なものだ。
だが、一つだけルールがある。
それは、「今までやったことがなく、その日に初めてやったことを書く」ということ。これ、実際には一日に一つぐらいあるはずなのだが、意識しないと見出せない。なので、夜になって、もしも本当に今日したことは以前と同じだと思ったら、なんか違うことをやるのだ。簡単なことでいい。例えば階段を後ろから昇るとか、風呂に入る時に右足から入るとか、とにかくこれまでの記憶ではやったことがないと思しき事をして記録するのだ。これが小生の一行日記である。
こうやって続けてみると、数年前のことであっても記されているたった一行を見ただけで、その時の記憶が蘇る。写真を見ると思い出すことはよくあるがそれと同じ。その瞬間のことだけではなく前後のことまで記憶が戻るからフシギなものである。
小生、人間は産まれてから死ぬまで見たものを全て記憶するに足りる脳容積を持つと考えている。生涯100年間に於ける視覚からの総記録量は120TBitになるという。一方、脳細胞の概数は140億といわれているので、これらのシナプス連結を鑑みて計算すると140TBit。 忘れるということは、記録がフラッシュするのではなくインデックスが破損しているだけであって見た記憶は総て残っていると思っている。
http://ameblo.jp/millimeter-wave/entry-11697200390.html
一行日記は、この様に記憶を引き出すトリガーとして働く。そのためには、記憶に残りやすい「それまでやったことがない」ことをして、それを記録する。そうすることによって他の記憶との分離が可能になり、その記憶と連鎖的に記憶していることも後日簡単に再生させることが出来るのだ。
この日記を書き始めたきっかけは、10年日記なる日記帳をリサイクルショップで見つけたことだった。この日記帳、一日が1ページとなっていて10年分に分割されており、同じ日の10年分の行動が一度に読めるという日記なので買った。しかし、これまでの事例の様に、わざわざ日記帳を開くということが習慣とはならず、結局あちらこちら歯抜けのまま1年ぐらいが過ぎてしまったので、それはそのままとなってしまったのだが、一行日記はいいかもしれないと考え、その後は日記帳を使うのでなく、パソコンを使って書くこととし、しかもどのパソコンからも書ける様、日記ファイルの格納場所としては複数端末からのアクセスが出来るクラウドサーバーを用いることにした。
具体的には以前からメモとして使用しているEverNoteを使った。ここに日記ページを設け、PCからでもタブレットからでもスマホからでも書ける様にした。これが奏功し、書き始めてから既に5年の歳月が経っている。尤も、途中でEverNoteの戦略が変わり、複数台数からのアクセスは有料となってしまったので、しかたなくアカウントをEverNote pulsにアップグレードしたのだが、費用といっても年間3100円だし、EverNoteは他にも使っているので、アップグレード後の容量が1G/月まで上がるというのは、まぁ有り難いのでもあるので、そのまま使用し続けているところでもある。
こうやって、気楽に一行だけ書き綴るという程度の負担は全然苦にならないし、数年前のほんの些細なことであっても、これを見ると全部覚えていることが分かる。しかし、このトリガーがなければ一生思い出さすこともないだろう。むしろ書かないと何か忘れ物している様で歯がゆい。また、数日書き忘れたときなど、一生懸命思い出そうとすると、なんとなく記憶の訓練をしている様で、ボケ防止になるかも、なんて思ったりもしている。
それに、変な事件に巻き込まれたときのアリバイにもなるかもしれない。













































