京成電鉄の消えた駅  - 道灌山通、寛永寺坂、そして博物館動物園 (その4) | プロムナード

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京成電鉄は、JRとの乗り換えには日暮里駅が便利な東京と千葉を結ぶ路線であり、京成電鉄沿線の住民たちは、みな京成電鉄の車両を京成電車と呼んでいた。

 

今回はその4。以前の分は次の通り。

 

京成電鉄の消えた駅  - 道灌山通、寛永寺坂、そして博物館動物園 (その1)

京成電鉄の消えた駅  - 道灌山通、寛永寺坂、そして博物館動物園 (その2)

京成電鉄の消えた駅  - 道灌山通、寛永寺坂、そして博物館動物園 (その3)

 

3-2-3.寛永寺坂駅

 

この駅は、開業してからその駅舎が長期間存続していた唯一の駅だ。京成電鉄が駅舎を倉庫会社(台東倉庫)へ貸与していたために、外部からの圧力がなかったためだと考えられる。開業当時はこの様な感じだったという。

 

昭和10年頃の寛永寺坂駅。

Web Magazine 「昭和からの贈りもの」から

 

この駅の沿革を次に示す。

 

1933年(昭和8年)12月10日 - 開設

1945年(昭和20年)6月10日 - 営業休止

1946年(昭和21年)11月1日 - 営業再開

1947年(昭和22年)8月21日 - 休止

1953年(昭和28年)2月23日 - 廃止

2015年(平成27年)末      - 倉庫会社が退去

2016年(平成28年)8月     - 駅舎跡の解体開始

 

この営業停止は、運輸省が行った接収による。駅の上りホームはネジ工場、下りは作戦本部になったそうだ。終戦後、倉庫会社(台東倉庫)への貸与は1953年4月から始まった。

 

寛永寺坂駅舎跡 2015年3月31日 筆者撮影

 

寛永寺坂駅舎を利用した倉庫  2015年3月31日 筆者撮影

 

寛永寺坂駅舎を利用した倉庫  2015年8月7日 筆者撮影

 

寛永寺坂駅階段 (Webから)

 

駅内部の写真はNet情報に数多くあり、出典不明だが、この「出口」が右書きとなっている写真は有名な写真だ。

 

2015年末に台東倉庫が退去して施設は再び京成電鉄へ戻った。駅舎から15段の階段を下り、連絡通路を経て上下線ホームに下る29段の階段が2箇所あるという。

 

下の写真は2016年2月の駅舎、そして解体された2016年9月の写真である。

 

寛永寺坂駅跡 2016年2月28日 筆者撮影

 

寛永寺坂駅跡解体工事 2016年9月10日 筆者撮影

 

工事発注者は京成電鉄株式会社、解体工事期間は平成28年(2016年)8月18日から10月15日となっている。

 

駅のホームはかなり以前に解体されているものの、トンネルの通過中に一瞬であるが、2016年9月現在でも下り線の右側車窓からは、ホームや階段の痕跡を見ることが出来る。

 

2016年9月 筆者撮影

 

3-2-4.寛永寺坂駅~博物館動物園駅

前述した様に、建設に当たっては様々な障害があったため、路線は図のように蛇行している。

「京成の駅 今昔・昭和の面影 100年の歴史を支えた全駅を紹介」抜粋を元に筆者加筆

 

博物館動物園駅

博物館動物園駅は、京成電鉄駅で最も親しみの深い駅だ。いや、京成電鉄に限らないかもしれない。行く先は科学博物館だった。小学校低学年の頃には母親に連れられ、高学年では友達と乗り降りした。当時の京成電車は、いわゆる「青電」。はっきり記憶にある。

 

この駅の建設当時、地上駅舎の景観が周辺の歴史的建造物と合致するかで審議されたという。そのためか、現在もその姿が保存されている。この駅の沿革を次に示す。

 

1933年(昭和8年)12月10日 - 開業。

1945年(昭和20年)6月10日 - 9月30日 - 日暮里 - 上野公園間、運輸省接収で営業休止。

1976年(昭和51年)6月16日 - 12月15日 - 日暮里 - 京成上野間改良工事に伴い営業休止。

1997年(平成9年)4月1日    - 休止

2004年(平成16年)4月1日   - 廃止

 

廃止された理由は、老朽化が進んでいたこと以外に一日平均の乗降客数が250人程度と少なかった事が筆頭に挙げられるが、営業時間が朝7時から夕方6時までと限られていた事や、ホームの有効長が短かった事により6両編成は停車できず、停車が4両編成車両に限られていた事、それによって昼間の時間帯には停車する車両が1時間以上空くということもあった様に、利便性に様々な問題があったことがある。

 

博物館動物園駅跡 2015年3月31日 筆者撮影

 

博物館動物園駅跡 2016年9月10日 筆者撮影

 

 

博物館動物園駅跡の標識 2015年3月31日 筆者撮影

 

この駅の地上入口はもう一つある。それがこれだ。こちらの方は説明がなく、人もあまり通らないので知らない人が多いと思うが、実は当時の動物園の正門はこの付近にあり、動物園へのアクセスはこちらの方が便利だったのだ。しかし、正門の移転に伴って利用客は減ったと言う。

博物館動物園駅跡(動物園側の入口) 2016年9月10日 筆者撮影

 

Wikipediaより

 

下りホームの階段を上ったところにあるこの「有名」なペンギン壁画は小生の記憶にも鮮明にある。当時も落書きがたくさんあった記憶があるが、休止2年前の落書きと思しき「こち亀95」という文字も見える。

 

Wikipediaより

 

休止直前のホームの様子。老朽化が進み、シュールな光景となっている。

 

このホームは非常時の避難路として利用するべく、現在でも電灯をともしているので、上り側下り側とも車窓から見ることが出来る。その様子をYouTubeに上げてあるので、貼っておく。

 

https://www.youtube.com/watch?v=VkF_Wfypmo4

 

3-2-5.博物館動物園駅~京成上野駅

 

博物館動物園駅の通りを挟んだ反対側に写真に示す通気口がある。

 

博物館動物園駅 付近の通気口 2016年9月10日 筆者撮影

 

電車はそこを通過して左右に大きくS字を描いて東京美術館の横を過ぎ、京成上野駅へと向かう。その間に幾つかの通気口がある。

 

国際こども図書館正門内側の通気口 2016年9月10日 筆者撮影

 

東京都美術館裏側の通気口 2016年9月10日 筆者撮影

 

通気口からは、車輪のフランジがレールと擦れあいながら、大きな軋み音を立ててS字カーブを走る音が聞こえる。これをYouTubeにUploadしてあるので貼っておく。

 

上野公園の通気口 2016年9月10日 筆者撮影

 

https://www.youtube.com/watch?v=x-1p24POZdM

 

- 続く