お通夜に、超常現象に遭遇 ー 自然科学と心霊現象、宗教的体験 | プロムナード

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先日義母が他界したのだが、その通夜に不思議な事に遭遇したので記しておく。根っからの理系人としては解せない現象ではあったが、家族全員で経験したので夢事でなく、事実。恐らく科学的に説明できることなのだろうとは思うが、まだ謎である。

その現象とは、家族葬にて執り行われた通夜の後、久しぶりに拙宅に息子たちも全員が集まって食事をしたときのことだ。

ふと廊下にあるペンダントライトを見ると、廊下のスイッチが切れているにも拘らずLED球が淡く光っているのが見える。不思議に思い、廊下のスイッチを入れると普通に光るが、スイッチを切っても完全には切れず、淡く光り続けている。家族全員で見たことだから、見間違いなどではない。

 



ケーブルなどの寄生的な静電容量に起因して過渡現象的に残留電圧が発生し、スイッチを切っても電線に蓄積している電荷が消失していないのでその電荷(電子)がエネルギーを得て電荷が消失するまで発光することはある。それは知られていることだ。しかし、家庭用の商用電源である場合などは残留している時間というのは短い時間なのだが、今回の場合、ずっと発光し続けていたのだ。この様なことは過去、一度もなかったことである。

この様な場合、考えられることの一つは漏電なのだが、チェックすべくLED球を別のものに変えると現象は発生しない。もちろん淡く発光していたLEDを別のところに挿入してもスイッチをオフにすれば光らない。なので漏電しているとは考えにくい。光り方はごく淡いので、漏電しているとしても低電圧での漏電ということになるのだが、ソケット部分にて分圧しているというのも考えられない。一方、そのLED球を別のソケットに挿すと、普通に光り、普通に消える。

つまり、そのLEDを廊下のソケットに挿した時にだけ、スイッチを切っても光り続けるのだ。しかも淡い赤い光でずっと。。。


更に驚くことが発生した。子供たちが帰宅したとたんにこの現象は消滅したのだ。つまり、子どもたちが集まっているときにだけ光り、彼等が帰ったあとは全く再現しなくなってしまったのだ。もちろん、その後一度も再現していない。


これまで知られていない現象に遭遇した場合、科学的に解明するにあたり最も大切なことはその現象を再現させて検証し、仮説を立証するということなのですが、それが全く出来ない。何か、妙にオカルトっぽい話だが、これは紛れもなく事実だ。家族全員がそれを見ている。

これは物理現象として現代の科学ではまだ解明されていない、「別」のエネルギーが注入されたことによって発光していたと説明することもできるが、それが何なのかわからないと話にならず、ただのオカルトになってます。

このことを人に話すと、「それは義母さんが『一緒にいるよ』と、アピールしているんだよ」などというが、理解できる科学的説明にはなっていない。

この現象は何だったのか、なぜ発生したのか、そしてなぜお通夜というタイミングで発生したのか。過去にこの様なことは起きたことがあったことがあるのか。。。

お寺の住職にこのことを話してみると、こういう体験を宗教的体験というらしい。アドバイスとしては、「科学的に解明してもいいししなくてもいいし、いずれにせよ、そのことと義母さんのお通夜ということとは、偶然にせよ重なったという事実であるし、そのまま受け入れるとよいのでは」とのこと。確かにそうだ。また、その体験をしているときに、恐怖心を全く感じさせなかったことも、宗教的にも重要なのだそうだ。なにしろ、事実なのだから。

学生の頃、電磁気学の教授の退官講演が学内で行われたのだが、その時の演題は「エクトプラズムの電磁界解析」とかそんなテーマだった。階段式の大教室での講演は立ち見も出る満席で、教授はスライドを使って死体から浮かび上がるプラズマ的な光や念写に就いて、心霊現象自然科学として黒板に向かって数式を書き続けたのだが、あまりに難解な講義に聴講生には「??」であった。しかし「あの先生が言うんだから、なんかあるんだな」というところが正直な感想だったのだが、今回、ふとそのことを思い出した。

フシギな現象、それが解明できないとオカルトと言われるだろうが、説明できない現象はいっぱいあるのだろう。

ひょっとすると義母は、そんなことを教えに来たのかもしれない。