パワーエレへの酸化ガリウム  - 自分向け覚書 | プロムナード

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昨今、話題となっている酸化ガリウムに関して最近知ったことなどを交え、間違った解釈もあると思うが覚書としてまとめておく。飽くまでも自分用なので、文責はないです、為念(^^

 

酸化ガリウム概要
III族のガリウムとVI族酸素の化合物である酸化ガリウム(Ga2O3)は、結晶系としてα、β、γ、σ及びεという五つの異なる結晶をとるが、α‐Ga2O3は、結晶格子定数による結晶構造が同じで化学成分が異なる2種以上の物質が互いに混合して形成される「混晶」構造が作り易く、いきおい、酸化ガリウムと同等のコランダム構造を呈するサファイア(酸化アルミニウム:Al2O3)基板上に酸化ガリウムの薄膜をエピタキシャル成長させ易いというメリットがあるという。
                    
その結果、10μm以下の薄膜形成が可能となって熱抵抗が低くなるため、SiCの熱抵抗とほぼ同等の値となっている。以下は、TO220パッケージタイプSBDでの熱抵抗比較の値である。

           
                      α‐Ga2O3       13.9℃/W
                        SiC:           12.5℃/W

この値だけを見るとSiCよりも熱抵抗が高く見えるが、チップサイズはSiCよりも小さなサイズであることからSiCとの比較で遜色のない値が得られるらしい(ただし、それぞれのチップサイズの具体的な値は不明)。

サファイアを用いることで、コスト負担はないか気になるところだが、サファイア基板に酸化ガリウムを霧状にして吹き付けるミストドライCVD法によって製造可能なため、高価な製造設備を必要とせず、さらに低温の融液成長法によってバルクの製造が可能であることから、大口径で高品質な基板が低コストで得られるという。さらに、このサファイアは酸化ガリウム結晶を成長させるためだけに使われるので、結晶成長後に除去し、再利用することについても研究を進めるとのことであった。また、今後はGaO‐On‐GaOの研究によってサファイアを用いない製造も目指すため、さらなるコストダウンが期待できるそうだ。


酸化ガリウムの物性定数を次に示す(これらの値は研究機関によって若干の差異がある)。


          
(*1):酸化ガリウムに就いてはαの数字が不明なので、結晶系の異なるβの数字を記載するが、物性としては同等と思われる。
(*2):電子移動度はバルクの状態での移動度を表す。


1.酸化ガリウムの最も大きな特徴は、価電子帯と伝導帯との間に存在する禁制帯(バンドギャップ)が大きいことにあり、それに伴って絶縁破壊電界の値も大きい。パワー半導体で重要な要素であるオン抵抗は、ドリフト層の濃度と厚さに依存することから耐圧とトレードオフの関係にあるが、次式に示す通りオン抵抗は絶縁破壊電界の3乗に反比例するため、絶縁破壊電界が大きいということは即ちオン抵抗の値が小さいということになるので、高変換効率や低発熱システムの構築が可能といえる。


          
 
               WD: 電極からの距離(電界が生じている幅)
                   Ec: 絶縁破壊電界(絶縁体が電流を流すようになる電界の強さ)
                    電圧が半導体デバイスの耐圧(Vb)になった時の最大電界強度
                   q: 電荷素量
                   ε: 半導体の誘電率
                  ND: 不純物イオン密度
                  μe: 電子移動度


また、バンドギャップが大きければ高温での動作が可能である。シリコンなどの様にバンドギャップの狭いデバイスは、高温になると結晶を構成している電子が熱で励起されて自由電子となることから電気抵抗が一気に下がり、いわゆる熱暴走をきたすことがあるが、酸化ガリウムの場合には、その様な現象は起き難いのではないかと考えられる。

2.電子移動度は電子が結晶中を移動する速度(Electron Mobility)を示す値であるが、ドーピングや薄膜化を経ると、これらの値は表中の数字よりも小さなものとなり、スイッチング速度などに直接影響する。酸化ガリウムの場合にはこの値が他の半導体よりも小さな値となっており、スイッチングなどのアプリケーションに於いては同じワイドバンドギャップであるSiCやGaNよりもTon/Toffは劣る。 

3.絶縁破壊限界は、バンドギャップに依存し、この値が大きいほどデバイスの小型化が可能となる。 

4.バリガ性能指数は、パワー半導体に於けるFOM(Figure Of Merit)指標の一つで、電子移動度、誘電率及び絶縁破壊電界強度の積で表される材料固有の限界性能指標を示す。この指数が大きいと、同じ耐圧で比較した場合に、よりオン抵抗の小さなバイスの製造が可能となる。

5.熱伝導率は熱の伝わり方を示す値で、値が大きいほど放熱効果がある。酸化ガリウムの熱伝導率は、酸化物であることから表に示される様に、低い値となっている。値が小さいということは、放熱し難いことを示し、即ち熱抵抗は大きいということを示す。従ってパワー半導体として用いる場合には、何等かの放熱対策、即ちヒートシンクを用いるなどの熱設計が必要と思われるが、他の化合物半導体よりも低オン抵抗であることにより熱損失が小さいため、熱伝導率問題は相殺されるかもしれない。また、バンドギャップが大きいので高温動作すると思われるが、保証温度はまだ公表されていない様だ。

研究機関に於ける酸化ガリウムの位置
米国研究機関での研究動向によると、大学及び国立研究機関に対する国家予算はGaNから酸化ガリウムへとシフトしているという。その理由は、既にGaNの研究開発は民間、即ち商売ベースへとステップアップしているため。このことにより、米国ではこれまでの窒化ガリウム研究者がこぞって酸化ガリウムへと「鞍替え」しているらしいが、これもまた興味深い変遷だ。

ビジネスポテンシャル
SBDはスイッチング特性がよく、逆回復時間が短いことから様々なアプリケーションで使用されているが、酸化ガリウムによるSBDはシリコンのSBDよりも逆回復時間が短いことにより、リンギングの収束が急速であることから高速なスイッチング動作が可能としている。これらのことから、モーターアプリケーションに於ける高効率化へのソリューションを提供できる可能性はあると思われる。

一方、これまではN型のみで製品化可能なSBDに対し、酸化イリジウムを使ってP型層を作ることに成功しため、今後はFETの製造も可能となったという。
              

                 
 

そのFETがノーマリオフ(エンハンスメントモード)であるならば、

            GaN:      高速スイッチング
       酸化ガリウム:  高効率

という具合にパワーエレクトロニクスを棲み分けすることが出来ると思われる。

因みに、富士経済が昨年3月にまとめた「世代パワーデバイスに関する市場予測」によれば、2030年段階での酸化ガリウムパワーデバイスの市場規模は1450億円と、そのポテンシャルを高く評価している。