この9月にドイツで開催されたIFAにて、パナソニックは往年の名機ブランドである「Technics」ブランドの復活を宣言した。最高級のPure Audio Systemである。
その後、日本でもCEATEC等でお披露目されたため、様々なところで紹介記事が満ち溢れた。
このブランド名はパナソニックが旧松下電器産業時代に建立したハイエンドオーディオブランドであり、今日では既に消滅してしまった名前であれ、特に欧州では根強いファンがその復活を願っていたブランドでもあった。
かつて小生が米国出張の際に、旧松下電器産業のオーディオアンプの技術者を乗せたレンタカーを運転中、その方が隣を走る車をみて「あ、Technicsブランドのステッカーが貼ってある」と叫んだとき、同社のエンジニアの夢はTechnicsの復活であることを知った。そうだろうとも思った。目を細めながら曰く「ヨーロッパのお客様は今でもテクニクスブランドの製品を持っていることが自慢で、その復活を待っていると聞いているんですよ」。
それ以来、その方だけではなく、別によく知る方にも事あるごとに「Technicsの復活は?」とよく話題にしていたのだったが、今回の復活を知り、小生はまるで自分のことの様に喜ばしく感じている。実際、このテクニクス復活に関する技術責任者は、小生が十余年来、懇意にさせて頂いている方だ。国内のみならず米国で何度もお会いさせて頂いた方でもある。
音が映像と大きく違うことは、音は切り出すことができないということ。映像の場合には時間的に刻々と変化していても、その一部を切り出して拡大したり縮小して評価することが可能だが、音はそうはいかない。いきおい、評価方法は異なるのだ。
映像は様々な媒体で再現できるが、音声はスピーカでしか再現できない。評価の土俵、即ち媒体はたった一つだけなのだ。。そこで職人の技が奏功する。深い知識や長い経験が勝敗を決める。
だからこそ日本の技術には一日の長があるわけだ。
今日びの映像技術は、ともすればプラモデルが如く、既成のSOC群を繋げれば作ることができる。がしかし、音声技術は別。とかくAVと称し一絡げにされるが、AとV、実は別物。
いきおい、音の評価が「力強い音」「厚みのある低音」「透き通る高音」といった表現になる。この表現は、物理的な計測値、すなわちdB(デシベル)で表されるダイナミックレンジや周波数特性といった数値化ができない(いずれできるようになるのかもしれないが)。今こそ、そういった感性の世界が再度見直される時期に来ていると、小生は考える。
日本の持つ技術とは、即ちたぶんにアナログな技術だと思う。ゆえに一朝一夕には確立できない。そこに底力がある。
日本の技術を今一度棚卸し、このTechnicsの勢いが他の日本企業に対する刺激となることを祈りたい。

