廃墟には、文字通り「国破れて山河あり」を感じさせるスポットがたくさんある。
もちろん国が破れたわけじゃないにしても、廃坑になって久しい鉱山、特に金鉱山などの跡地などを訪れると、一体ここの何処に作業者たちの宿舎や子供たちの通う学校、或いは病院などがあったのかと目を疑うほどに自然回帰した光景に驚くこともしばしばだ。当時の記録を紐解くと、今となっては全く想像できないほどの活気溢れる街並みが描かれている。
それらの街並み、エントロピー増大の法則に従って今はもう自然に戻り、その流れは全く不可逆的だ。
人々の息吹はおろか、木造の建築物など、影すらない。しかし、よく見ると、学校の校門と思しきコンクリートの門柱などは今でも残っていたりする。今は毎日その校門を通る子供たちの姿こそ見ることはできないが、当時の光景に思いを馳せることは可能なのだ。
明治時代に建造された鉄道の隧道もしかり。中には群馬県にある旧碓氷峠の隧道や橋梁の様に、遺産登録されているものもあるが、それは稀有なケースであって、殆どの建造物は放置されたままとなっているために、人々の目には入ることはない。
くだんの写真にある隧道にしても、現役の頃には人々の喜び、悲しみ、楽しみや苦しみ、といった数々のドラマを運ぶ列車が、そこを一心不乱に通過していったことだろう。そして、そういうドラマが展開することを楽しみにしながらも、建設工事の犠牲となった無念の人々が、そこにはたくさんいたのだ。
何も語ってはくれないが、今そこにある隧道は
「それを感じてくれ」と訴えている。 何が見えるかよりも、何を感じ取れるか。
たしかに不気味ではあるけど、それを乗り越え、そこで静かに瞑想すればハイテク時代で鈍化してしまった感性と共に、忘れてはいけない何かが蘇ってくる。
廃墟や廃線跡に佇むと、そんな気がするのだ。
