日本の道路標識   - 役に立つ標識が欲しい | プロムナード

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日本の道路標識は、ある意味、難解なロールプレイングゲーム並みに解読不可能なところがやたら多い。なぜなら、その土地を知っている人のための標識となっているとしか思えない、つまり、初めて訪れる人のための標識とは思えないものがたくさんあるからだ。


拙宅のあるところには国道17号線という道路があるが、この17号線、実は4本もある。しかも、ある地点では17号線同士が互いに交差しあい、別のところでは全く独立したまま2本が並行に走る。また一部においては17号線が二つに分岐して別の国道と合流し、その区間では国道が16号と名前が変わる。
「17号線を道なりに進めばよい」というアドバイスで走っている人はパニック必至。



これまでも17号線が3つあったのだが、最近開通した道路にも17号線という名前がついた。これにはもう、驚くというより笑うしかない。同姓同名の生徒がたくさんいるクラスの担任先生の苦労が想像できるというもの。


こんな状況だから、自宅のある場所を説明する上で道路名で説明することが出来ないのだ。「国道17号線を北上してxxxという交差点を右に」と説明したところで17号線が4本もあるから「一番右の」とかいう追加情報がないと、まともにくることが出来ない。



それと殆どの道路に名称が無いので道の説明を行う時に、「xx通り」という説明が出来ない。おまけに住居表示もてんでバラバラだから、幸いにして目的近辺に到達できたとしても、現地でうろつくこと甚だしい。

こんなの、どうです?どこに向かう道なのか??鳩山に行きたい人だけの看板。こういう看板、税金で作られているのだから、納得いかないよねぇ。




カーナビがあればOKとか、そういう話じゃない。バイクで行く場合などはカーナビなんてないから(高価なバイクは別でしょうけれど)、頼りになるのは道路標識のみ。そんなときに、同じ名前の道路が4つもあったら、たまったもんじゃない。

そもそもカーナビを前提とした行政とは如何なものか。



小生、他の国の事情について詳しくは知らないが、日本の道路標識、はっきり行って先進国の道路標識としては恥ずかしいレベルだと思う。



米国の場合、道路標識は極めて合理的だ。そもそも住居表示が道路名であるため、総ての道路に名称がついているから、道路名だけで目的地の場所が大体見当がつく。しかも、幹線道路の様に長い道路の場合には、交差点を挟んで道路の名称が変わるので、目的地の位置を特定するためには大変好都合だ。因みに住居表示も、左側が奇数、右側が偶数となっているので目的地に到達することが簡単に出来る。



米国では、道路名称がたびたび変わるため、最初は戸惑うが、システムの仕組みを理解できれば大変合理的であることが分かる。目的とする場所のある道路を走っていて、ある交差点を過ぎて道路名称が変わってしまったら生き過ぎということだ。しかも、総ての道路に必ず名称がついていて必ず標識が出ているから、自分の位置を特定する上で便利なこと、この上ない。

また、交差点で運転席から正面に見える標識は、交差する道路の名称となっているので、事前に右左折する道路を把握できる。

こんな矢印だけの標識なんぞ、何の意味があるのかさっぱり分からない。こんなのに税金使っているんだよね?
正直、日本の行政の頭の悪さが露呈していることに他ならないと思う。


しかし、考えてみると、

こんな道路標識でちゃんと目的に行けるということは、ある意味、日本人はもの凄く勘が鋭いのか、或いはこんなロールプレイングゲームを屁とも思わない忍耐強い民族なのかもしれない。