草食系がもたらすもの  -世界平和度指数が示す世界的傾向 | プロムナード

プロムナード

古いこと、新しいこと
いつでも、どこでも
思いつくまま、気の向くまま

「草食」の定義がいまいち明確ではないようだが、当初の段階で揶揄として用いられていた「恋愛に対する消極性」という意味あいから、現在では「事なかれ主義な消極的体質」の代名詞として使用されている。元々の意味としての草食系とは、即ち「メトロセクシュアル」的なことを指していると思うが、時間が経つにつれてニュアンスが変わることは良くあること。

ところで、日本の若者がおしなべて草食化していると言われている。しかも、この傾向は更に増大する傾向にあるという。

一般的にこの表現を用いる場合、今日ではコンサバとか消極的、挙句の果てにはヘタレまで含めてネガティブな性格に対して総称されるようだが、しかし、この傾向、どうやら悪いことばかりではないらしい。世界最古の経営戦略コンサルティング会社であるアーサー・D・リトルの川口盛之助氏によると、この、

草食化の傾向は全世界的なものだという。つまり、日本は世界に先駆けてトレンドセッターになっているというのだ。

ううむ、マジすか。。。


確かに人間は自然の一部であるわけだから、本能として安定化や平均化を求めてもおかしくはない。そう考えれば、人類の草食化は自然の大きなダイナミズムのひとつのイベントにすぎないわけで、時折現れる「ならず者」にしても、長い流れの中では失脚していくものであり、世界全体がその方向に進んでいるとは考えい難い。

ところで、各国の安全度合いを示す世界平和的指数(Global Peace Index)という指標がある。戦争や犯罪、病気などをパラメータとして指標化したものであるが、2011年に於ける153国の、この結果を見ると日本はアイスランド、ニュージーランドに次いで3位。次いでデンマーク、チェコ、オーストリア、フィンランドと欧州の国が続き、米国はずっと下の82位となっている。この結果と草食化を直接に結びつけることは性急すぎるが、草食の定義を鑑みれば、少なくとも平和と草食性は無関係ではないと考えられる。とすると、必ずしもこの状態を嘆かわしいと悲観しなくても良いということも言えそうだ。

世界平和度指数(Global Peace Index): 2011

     

      

                  出典:2011 Methodology, resuts and findings  Institute for Econimic & Peace
                   http://gtmarket.ru/files/news/2011/global-peace-index-report-2011.pdf

草食化についてとやかく言うのは小生等の様な世代の輩が主であって、即ち、「そんな弱腰でどうするんだ」と若者たちを恫喝する場合に、草食化への憂いみたいな表現で批判している。しかし、草食がもたらす新しい文化というものが着実に進んでいるということも確かであり、しかもそれが世界的な傾向であるとするならば、それを甘受しても良いのかもしれない。

但し、消極的という姿勢が平和をもたらすのかどうか。何も起きないことは平和であるといえるのか。自然の摂理にかなうべく平均平和を求めて草食化することはよしとしても、人間が人間らしくあるためには、新たなことへ挑戦する態度を失ってしまうと、自然が人間に与えた使命を放棄することになる。


人間は元来雑食動物なのでデジタル的に草食と肉食に分けること自体不可能であり、いきおい、人類は草食性と肉食性の両方を持つアナログ領域に存在しているのだと思う。

人類は他の動物とは異なり、生活を安定させるということを超えて血を流す戦いをしてきた。今のように情報が流通していなかった時代には、自分達が何のために血を流しているのか正しく把握する術がなかった。だから生きるために戦っているのだとだけ考えた。しかし、今日のように情報流通がリアルタイムで行えるようになると、それが欺瞞であることが瞬時に理解できるようになる。

本当のことが判るようになったために、意味の無い戦いを続けることに辟易し始めている。だから安定を求める。草食化する。こういう方向性にあると考える。


草食人間というと、どうしてもネガティブイメージがあるが、言い方を換えれば、ある種の癒し系とも言えると思う。人間は自然の一部であるから、平均化や安定状態を求める。癒されているという感覚は、いわゆる精神的な安定状態をいうわけだから、それを求めるということは、即ち自然の流れともいえるわけだ。もし世界的に人類がその方向にあるということは、早い話、これまでの戦いに、人間どもは、いい加減疲れちゃっている、ということかもしれない。 

かつては独裁者や新興宗教の教祖サマの様なカリスマに付いていくことで、人々は自分の立ち位置を確認しあった。しかし、今日の様な時代になると、マスコミが煽る「強いリーダーシップの誕生」よりも、案外、草食系的な発想と行動を執るリーダの誕生の方が、却ってみんながまとまっていくかも。