ミー♀とおっぱい
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手術当日

2月12日午後3時30分に手術室に入る。

手術室に行く前、処置室で話が出来た。

でも、かける言葉がない。


ミーは最後に自分の胸を見て急に涙ぐんだ。

左のおっぱいともこれが最後の別れだ。


先に手術を終えた人が帰って来た。

術前の検査に来ていた人だった。

傷は小さいので・・・看護士さんの

声が聞こえる。

温存出来たのか。


ミーさん、手術室に行きますよ。

と言われ看護士さん2人がベッドを移動させる。

手術室の前までベッドの後を付いて行く。


私も手術は経験ある、足を骨折し手術した。

折れた骨の中に、金属の棒を入れ

固定する手術だった。

の時もベッドに寝かされたまま

ミーを含む家族に見守られ

手術室に入った経験者だ。

あの何ともいえない不安な気持ちは

痛いほど解る。

しかし大きな違いがある、それは

私の場合は、折れた骨を繋げば良い。

ミーの場合は、付いている物を

取ってしまう手術だ。


手術室の大きなドアが開く。

じゃーな!


運ばれている間、手術室に入って行くミーに

なんて声をかければ良いか、考えていた。


がんばれよ!かな?、でもがんばるのは医者か。

ミーは麻酔で寝てるだけだしな~


いってこい!?それじゃ天国行っちゃうみたいだしな~


考え付かないうちに、出た言葉が じゃーな!だった。


ドアが閉まり、とりあえず待合所で待つことに。


比較的大きい病院なので手術の患者が多い。

まさに出たり入ったり状態なのだ。

私と、三男、ミーの母、みー子姐の

4人で来た。


小4の三男は予定していなかったが

当日の朝、どうしても行きたいと言い出し

急遽学校の連絡帳に、5時間目は早退

させて欲しいと書いた。


ただ早退してみたかっただけ、とも受け取れる

喜び様に思えるが。(笑)


帝王切開の出産を待っている家族は

和やかに話をしている。


6人で来ている家族の男の人3人は

皆似た顔をしているので兄弟か。

お父さんの手術を待っている。

こちらも和やかだ。


待つ事3時間。

とうとう待っている家族は、うちだけとなった。


と、手術室のドアが開き、執刀医が出てきた。

全員、説明室とやらに通される。

すると先生が、お子さんは見ないほうがいいかな

何の事か解らず、三男だけ扉の外に。


するとタッパーの様なケースを開けた。

切除した左のおっぱいだ。

色々説明を受けた。

義母と、みー子姐は

ハイハイと説明を聞いている。


私の耳には入ってこない。


そこには見覚えのあるおっぱいがある。

乳首の形はミーのものだが


しかし色が違う。

まったく血の気がない。


部屋を出たとたん義母が泣き出した。

やはり乳がん経験者のみー子姐が

励ましてくれた。


なぜ自分の子供がこんな目に遭わなければ

ならないのか。

親として本当に辛いと思う。




入院

話は前後しますが、


2月11日

きのうから入院しました。

医師から手術の説明がありましたが

どうしても仕事で行けず

私の両親とミーの母

とミーで聞いたそうです。


仕事を切り上げ

子供たちを連れて病院へ。

ミーが手術の説明をしてくれましたが

前回、医師から大体の事は聞いていたので

そのとおりだった。


左乳房全切除、リンパ節を調べ

リンパ節に転移は本当に無いか

術後の後遺症 等など

以前行った違う病院での

検査結果と、今の先生の検査結果に

若干のズレがあるらしい。


改めて、しかも本人から聞くと

何ともいえない気分になる。


ミーの入院した病棟はがん病棟らしい。

部屋は4人部屋、3人共がん再発で

再入院の方々。

3人の方には悪いが、相当凹んでいた。


帰りに1階ロビーまで見送ってくれたが

涙ぐんでいた。

眠れただろうか。


いとこ

私には母の兄弟の子供、つまりいとこが

私を含めて12人居る。

12人中、男は私1人。


ハーレムキスマークなのだ。

そんな事はど~でも良い


その中の1人が乳がんを患って

10数年になる


みー子姐


本当は、みー子姉となる筈だが

姐な性格だ。


今のミーと同じ年、42歳でに乳がんになった。


今も3ヶ月に1回は病院に行っているらしい。

実はミーが行っている病院も紹介してもらった。


以前ミーが電話で、検診でも1ヶ月先になる。といわれたが

そこは、さすがのみー子姐だ。

来週の月曜日診て貰えるようにしてきたから。


どんだけ~グッド!な技の持ち主なのか。


頼りにしてまっせガッツ







告げておかなければならない人達には一通り告げた。

ミーの友人達にもだ。

2人とも神奈川から来たので、どうしても子供つながりの

友人になってしまうが、皆よい人達で励ましてくれた。

抱きしめて泣いてくれる人もいた。


困った時はお互い様、協力するから何でも言って!

とてもありがたい。

甘えさせてもらおう。


私自身これ程の宣告をされた事がないので

ミーの心の中は理解出来ていないと思う


比較的明るいと思うと、ドーーーンと

落込んでいる時がある。

その繰り返しの様に見える。

自分でも言っているが、明るい気分の後には

今まで感じた事のない程の暗~く

重~い気分が襲ってくるのだと。

その繰り返しらしい。


そんなミーに、元気出せよ!とか、大丈夫だから!など

とても言える雰囲気ではない、ただ黙って見守るしか

方法はない。


変化はこんな所にも出ている。

何せ我家は、私も含め男4人。

まっいっか!な性格の男が4人も居るのだ。

今までなら物凄い雷が、ドカーンと、しかも同じ所に

3回位落ちたと思うほどの剣幕だった。

しかし今は、皆気を付けてはいるが、落ちる筈の

雷が落ちない。病気以前とは明らかに違う。




子供たち

ミーの親には告げた、次は私の両親と子供たちだ。

さて、子供たちに何て

どうやって事実を告げようか悩む。


ま~私の両親はビックリはしたが、冷静だった。

まだ子供たちには言わないでくれと頼む。


ミーとミーの母と3人で、病気と治療法の説明の為

病院へ 数十分待たされ診察室に通された。


事前の検査結果と超音波画像を見せられながらの

説明。乳がんを宣告されると、乳がんとは?みたいな

事が書かれた冊子?をくれる。2人で何度か読んで

いたし、ネットでも調べていたので先生の説明は理解できた。

しかし母は読んでいないのでちんぷんかんぷん。

やはり事前の情報収集は大切。

ミー♀とおっぱい

家に帰り、食事を済ませ子供たちに告げる。


ちょっと話があるから集まれ。


最近何か我が家の異変に気付きはじめていたらしい

深刻そうな顔だ。キッチンの椅子に座らせる。


お母さんが病気になっちゃたんだよ。


手術しないといけなくなった。

まだ時期は決まってないけどな。

手術しないと治らないから。

皆で協力していこうな!

3人とも無言でうなずいた。


長男は、やっぱりなって感じの顔をしている。

三男は小学4年生、泣き出した。

それを見て涙が出た。

とても辛い宣告だった。


数日後長男に、気付いてた?と聞くと

だって最近ネットで乳がんのことばかり調べてたじゃん!

と言われてしまった。反省。

その時長男だけには、乳がんである事を伝えた。