ミー♀とおっぱい -2ページ目

何て言おう

少し間が空いてしまいました。


そういえば、まだ自己紹介らしきこともしていませんでした。


マー48歳♂ ミー43歳♀、共に神奈川県出身、今は日本の真ん中へんに


住む。2人でお店を経営、3人の子持ち、長男15才、次男13才、三男10才


長男は今年高校受験である。


1月末日、この時はまだ、ミーが乳がんになった事を誰にも話していない


というか、言えない。ミーは自分の両親に、何て言ったら良いかな~


ビックリするだろうな~を繰り返す。


出来る事なら内緒にしていたい。とも言っていた。(そんな訳にもいかないが)


しかし、ある日突然 電話しよっ、とダイヤルした。


もしもし、お母さん、私・・・あのさ~、驚かないでね、私乳がんになっちゃった・・・


受話器から☆*#£%★♪〒@と言葉にならない言葉が。


電話を切ってから聞くと、義母(ミーの母)は大泣きしていたらしい。


私は以外だった。そんなに取り乱す人ではないと思っていた。


何か相談するといつも、何言ってんの、そんな事でどうするの!


そんな事ぐらい何とかなるわよ!とかいって、励ましてくれていたのに。


さすがに娘が「がん」になったと聞かされれば、落着いてはいられなかったのだろう。


それから2日後、神奈川県から駆け付けてくれた。

告知から

あ~これが、がん告知ってやつか。


テレビで観た事ある。何で?なぜミーが?


食事を済ませ仕事場に戻り、思った事がこんな感じだった。


そう思っていると急に涙があふれた。


涙があふれるって感じたのは初めてかもしれない。


歳のせいか若い頃と比べて涙もろくはなっていると思っていたが


こんなに無心?で泣いた記憶がない。


しばらくして冷静さを取り戻した。


何を、どうすれば良いのか、さっぱり解らない。


とりあえずインターネットで、「乳がん」と、検索が始まった。






検査結果

1月16日


この日が来てしまいました。


昨日までは早く聞きたい。と思っていましたが


いざとなると不安です。


一緒に行こうと思っていましたが、


仕事の都合が付かず、ミーのみ病院へ。


仕事をしていても、心ここにあらず。


1人僅かに希望の灯を燃やしていました。


ミーが帰って来たことには気が付かず、仕事をしていました。


そろそろお昼ご飯なので自宅へ。自宅は職場の


すぐ隣。ミーは食事の支度をしていました。


どうだった?   乳がんだって・・・


言葉が出ません。  本当に?・・・



この先どこで治療をするのか等、先生がご主人と


よく相談してきなだって


その時の会話はあまり覚えていません。

あの日からの始まり

08年・12月某日。胸の異常に気付くミー。


何か左胸の表面に凹みがあるらしい。


3年間検査を怠ったとのこと。


少し離れた町の乳腺外科へ


電話帳で調べ電話するも


人気?な病院らしく、1月半ばでないと、診て貰えないらしく


そのままお正月を迎えた。


年明け、近くの市民病院に乳腺外科があり、専門医もいるらしく


とりあえず、そこで観て貰う。


09年・1月8日。マンモグラフィー&超音波検査で異常発見。


胸に針の様な物を刺して、細胞を採取して大学病院へ検査に


廻すらしい。


結果が出るまでの1週間、こんなに長く感じた事は子供の頃以来だろう。むっ